火曜日
放課後、昨日の報告をすると前田先生はすると腕を組んだまま、こちらを睨みつけて言った。
「言いたいことはそれだけか?」
「それだけって? 本人にも会ったし母親にも話をしましたよ」
「私は君に何をお願いした?」
「プリントを届けろと……」
「覚えていたか、関心だ。じゃあ、これはなんだ?」
「プリント……」
「君は小学生か?私はプリントを届けろ言ったのだ」
「しょうがないじゃないですか! 西村がプリントはいらないと言い出すし、変な因縁をつけてケンカ売ってくるから」
「母親に会ったのだろう? なぜ母親に渡さなかった?」
「うっ 忘れていました……」
「素直でよろしい。今日はちゃんと渡してくるように」
「今日も行くんですか?」
「当たり前だ。なんだ内申書に件はもういいのか?」
「わかりましたよ。不本意ですが、行ってきますよ」
「うむ、よろしく頼む」
ため息をついて、前田先生に向き直る。
「先生が僕になにを期待しているのかしりませんが、僕が西村と友達だったのは小学生の頃ですよ。高校に入ってから一度も話をしたことはないのですよ。説得しても西村には届きませんよ」
「知っているよ。私はべつに西村を説得してほしいわけではないんだよ。本人が決めたのなら退学も仕方ない。だけどな、一時の感情で人生に傷を残してほしくないのだよ」
「先生、僕の時と全然対応が違いますね?」
「そうか?」
「そうですよ」
・・・
鬱陶しい雨の中、今日も西村の家の前に立っていた」
「さて、どうしたものやら」
考えること10分、やっぱり今日は諦めて帰ろうと思った瞬間、家の扉が開いた。
「いつまで人の家の前でウロウロしているの? 変質者?」
扉から顔だけ出した西村は僕に容赦ない言葉を浴びせてきた
「プリント……」
「いらないわよ」
やれやれ困ったぞ。受け取ってくれそうもないな。
「もう、家に入って!あんたに毎日家の前をウロウロされたら、近所に変な噂がたつよ」
「あ、ああ」
そうかもしれない。僕って不振人物に見えるのかな……
今日は西村の部屋ではなく、リビングに案内された。まあ、当たり前か。
「いい加減うっとうしいから家に来るのやめてくれる」
「僕もできればそうしたい」
「ちっ、なによその態度……」
「いい加減にプリントを受け取ってくれないか」
「そればっかりだね」
「そのために僕は西村の家に来ている」
西村は不機嫌さ全開だった。苛立たしいような、悔しいような、現状に対する不満を精一杯表現していた。
「学校の何が不満か知らないが、僕に当たるのは止めてくれないか?僕には関係ないだろ」
西村は驚いたような、顔をした後、殺意と敵意をあらわにしたような顔で僕を睨み付けた。
「関係ない……そうだよね……関係ないよね。みんなそうだ……」
「西村……?」
「私がバカだった……期待しちゃった……」
「おい、どうした? な、泣いているのか?」
「出ていけ!今すぐ出ていけ!」
「お、おい。なんだよ」
「早く出てけ!」
・・・
結局、西村に家から追い出されてしまった。傘をさす間もなく外に追い出され道路で一人で雨に濡れていた。
「今日もプリントを渡せなかったな……」
「こんにちは」
振り向くと西村の母親が立っていた。
「こんにちは……」
「ごめんね。彩乃の為に」
「いえ……」
なんか居心地が悪かった。西村の母親は僕が西村の心配をして家に来ていると思っている。僕は内申書のために前田先生のお使いをしているにすぎない。
いたたまれなくなって、無言でプリントを西村の母親に差し出す。
「ありがとう。届けてくれたのね」
「それじゃあ、僕はこれで……」
逃げるように西村の家を後にする……つもりだった。
しかし、逃げるように帰ろうとしていた僕の手を西村の母親がつかんだ。
「少しお話しない?」
・・・
駅前のファーストフード店にいた。
「あなたとこうしてお話するの久し振りね。ご両親は元気?」
「ええ、まあ」
曖昧な返事を返す。
「家に遊びに来てくれたのって、いつぐらいぶり?」
「たぶん、小学生の頃以来です。中学は別々だったから」
「そうね。彩乃が迷惑をかけてごめんね」
「べつに迷惑とかじゃないですよ」
内申書のためにとは言えないが……
「学校でも彩乃はあんな感じなのかしら?」
「あ、えっと。学校では彩乃と話をすること、ほとんどないから。わかりません。すいません」
「そうなの?」
「はい」
「彩乃も冷たいわね。同じクラスなれたってよろこんでいたのに」
「僕は友達少ないから、彩乃はクラスの人気者だし、今は遠い存在です」
「ふーん」
「な、なにか?」
「いいえ、なんでもないわ」
そのあとは気まずい時間が流れていく。
彩乃は僕のことを覚えていてくれたのか。忘れてしまったのかと思っていた。
入学式の日も、クラス替えで同じクラスになったときも、決して僕と目を合わせようとはしなかった。他の友だちと楽しそうにしていた。だから、そういうものだと思っていた。
「ごめんね。でも大丈夫、高校を退学なんて認めないから」
「は、はあ……」
「だから、たまには家に遊びに来てね」
「はあ……」
彩乃の母親と別れて家路につく。
なんとも言えない違和感を感じた。彩乃の母親の笑顔がどこか嘘臭かった。なにか不自然に感じた。それでも遊びに来てほしいのは本当のような気がした。
それは僕の勘違いだろう。何はともあれプリントを渡すことができた。これで僕はお役ごめんだ。内申書アップ。彩乃と関わることも、もうない。
清々したはずなのに一抹の寂しさを感じた。それも気のせいに違いない。なんとなくイライラして、走って家まで帰ることにする。
梅雨の鬱陶しい雨は夜も止むことはなかった……