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ブレイン・ジョーカー

宵闇、星あかり

作者: 藤崎 京

 サングラスの要らない夜が好き。

 語尾に星マークを付けて逸希は強く念じる。午前四時を回るが、冬の日の出はまだ遥か先だと漆黒の闇が告げていた。自慢の痛みまくった茶髪も闇に溶けて真っ黒で、身を隠すのには好都合だった。

 任務なら完遂した。自身の受けた損傷を考えれば決して「首尾よく」とは言えなかったが、標的の陥落ならきちんと見届けた。おそらく人間らしい機能を果たすことは一生ないだろう。壊した。

 組織の裏切り者を適切に処分する、繰り返される任務は毎度同じで、そろそろ裏切り者を出さないこと自体が既に限界なのではないかと疑う気持ちは少なからずある。それでもまだ、組織の――自分たちの持つ特別な能力は、世に公表される段階ではない。

 脳内へと響き渡る陽気な音楽に、逸希は顔を顰めながらメッセージの到達を受け入れた。ごくシンプルな仕組みで、それは携帯電話と何ら変わりはない。違うのは携帯電話が脳の中にあることだ。

『何の暗号? さっきの』

 指定着信音はエレクトリカル・パレード、安易に結びつく視覚イメージは電飾。この漆黒の夜に瞬く、光。任務完遂の検査に入っている筈だった恭一郎から届けられる、――希望。だが恭一郎自身は曲の派手さを裏切った控えめな人物だ。毎回このギャップに苦労するが、一度決めた指定着信音はなかなか変えられない。記憶やイメージは携帯電話のようにボタン操作で変更というわけにはいかないのだ。

『サングラスの要らない夜が好き』

 逸希は再送信する。特に意味のない言葉の羅列。率直な嗜好を表現したという点において、意義なら存在するが。

『生きてて良かった、ってことさ』

『怪我してるのか』

『鋭いねえ、恭チャン』

『俺にはそれぐらいしか取り柄がない。そもそも鋭いだけで他人を思いやれないあたり、取り柄ですらないけれど』

『追っ手は一般人だ。こちらから手出しできない。おまけに銃を持ってる。……無事に脱出できそうか? お前、まだ中に居んだろ』

『検査なら無事完了した。ちゃんと壊れてたよ。何を見せたか知らないけど、あれじゃ日常生活も厳しいだろうな。いつもながらに完璧だ』

 逸希は少し苦笑いを浮かべた。相手の思考能力を破壊するのが自分に課せられた任務と知りながら、本来ならば組織に関する記憶と相手の持つ特殊能力だけをピンポイントで攻撃できればそれに越したことはないと、そう思わずにはいられない。ただ、今回の相手に情けを掛ける気にはなれなかった。組織を裏切っただけならまだしも、持っている能力を商売に悪用していた。そんな輩がいるからこそ、未だ自分たちの持つ能力――脳内に埋め込まれたICチップの機能は公にできないのだ。

 相手の脳に直接コンタクトを取る、そんな機能を何の規制もなく野放しにすることなどできる筈もなかった。

『俺が訊いてんのは検査の完了が無事かどうかじゃなくて、お前が無事かどうかなんだけど』

『無事じゃないのは逸希の方だろう。左腕を撃たれてる。痛覚を遮断するのはあまり感心しないな』

『なんで左腕――』

 そんなことまで視えるのか、と恭一郎の鋭さを改めて認識しかけたが、逸希は唐突に言葉を切って通信を終了させた。視界の先には見慣れた長身の影があった。日本人の平均身長を軽く越える長身に、日本人の平均体重を少々下回る細身の影。切れ長の双眸は暗闇で見えなくても、それが誰かは一目瞭然だった。

「無事なら無事って言えよ」

「だって逸希が無事じゃない」

「俺のことじゃなくて、お前のことを訊いてんだよ」

「でも逸希が無事じゃないから」

「あのね。お前が無事だって分かったら俺は安心できるでしょ。そしたら俺の心労は一つ減るの」

「ああそうか。なるほど、了解した」

 言いながら恭一郎は、指先まで血の滴り落ちる逸希の腕を取って銃創を眺める。

 いくら脳に直接コンタクトができて、テレパシーの真似事ができたところでそれは所詮通信手段でしかない。了解した、と言いながらも、本当に理解しているとは思えない恭一郎に、「言葉にしてくれないとわからない」と更に畳みかけようとして逸希はやめた。鋭いが鈍い、そんな矛盾した恭一郎には焼け石に水だろう。

「……なるべく気をつけるよ」

「何を」

「なるべく言葉にするように」

「俺、なんも言ってねえだろ」

 幸い銃弾は左腕の表面を掠めただけで、見た目の派手さに比べて傷は大きくない。防寒スーツの裂け目を更に開き、恭一郎が手際よくハンカチで応急処置を施す。

 言葉にしなくても分かってしまう恭一郎は、だから厄介だと逸希は思う。

「他人の脳みそを覗くのは禁止ですっつー法律をさっさと作りゃいいんだ。そしたらこんな面倒臭え任務なんかしなくて済むのに」

「そんな法律ができたら、俺はついうっかり他人の頭を覗いた時に捕まるよ。逸希は……取り締まり要員に抜擢されて大忙しだな」

「うわー面倒臭えー」

 心底げんなりとした口調で言う。もし、他人の脳内を覗くのが禁止されれば、無遠慮に他人の考えを読み漁ったりはしなくても思いやりの強い恭一郎など真っ先に捕まりかねない、と逸希は思った。相手の考えを読むことが、悪意と善意両方の局面で必要とされていることが問題を難しくさせていた。

 それでもやはり、言葉にしてもらわなければ理解できない、と逸希は思う。

「帰ろう。束瑳には俺から報告しておくから、逸希は医療センターへ行くこと」

 恭一郎が口にした名前に、逸希は更に疲れた表情を浮かべた。恭一郎と同じく長身で、身体能力なら逸希と変わらないが現場に出てくることのない束瑳は、情報部の要員であり逸希の幼馴染でもある。年下の癖に生意気、というよりも恐ろしく性格が歪んでいて、逸希が怪我をしたと知れば手を叩いて喜ぶに違いない。否、目一杯気の毒そうな表情を浮かべながら片方の口の端だけちゃっかり上へ引き上げて、「どうしたの?」などと言うのだろう。

「頭くらくらしてきた」

「だから痛覚を切るなって言ったんだ」

「貧血って意味じゃねえよ」

 最後に布の端をきつく縛る。その光景に痛みが蘇ったような気がした。視覚から得られるイメージが痛覚を呼び覚ます。まるで予防接種の時に針が皮膚を貫く前から泣き喚く子供になったような気分だ。本当の痛みはまだない。痛覚を遮断しているのは無意識だ。

 ふと空を見上げる。夜はまだ明けない。標的に見せた幻覚がそこにはあった。

 星一つない東京の狭い空。絶望にも似た深い闇が高層ビルの影に縁取られて、見上げているのに覗き込んでいるような錯覚に陥る。

 見上げた姿勢の所為か頭がふらついた。あながち貧血なのも嘘ではないのかもしれない。

「帰ろう。後二時間もすれば朝が来る」

 もう一度、恭一郎が促す。

 日の出までは二時間半。日は昇らなくても朝は来る。例え厚い雲に覆われて太陽の姿が見えなくても朝は来るのだ。

「晴れっかな?」

「予報では晴れだって聞いたよ」

「そうか。……なら、早く帰んなきゃな」

 だって、サングラスの要らない夜が好きだから。例え星が見えなくても、例え曇っていても、いつか朝は来る。だから夜が好きだ。自分が見せた幻覚の夜にも朝が来ればいいと願う。例え情状酌量の余地がなくても、やはり救いようのない人間だとは思いたくはなかった。

 それをどう言葉にしようか考えて、結局逸希はやめておくことにした。

 恭一郎には伝わってしまっているかもしれない。それなら伝えずに大事に仕舞っておいた気持ちすら彼には分かるだろう。もしも伝わっていなければ、それはそれで構わなかった。

 お読みくださりありがとうございました。

 いい加減、番外編から書く癖をなんとかしなければいけません(笑)

 今後、連載予定の「ブレイン・ジョーカー」番外編になります。

 本編は今しばらくお待ちいただけると幸いです。

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