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四日目の朝。
唐突にアルトゥールは目を覚ました。気力は充実しており、体力は以前より増して、傷はすっかり塞がり掌に深い傷跡を残すばかりとなっていた。
腕の中の友が動いたものだから、シュヴァインもほぼ同時に目を覚ました。
視線が絡み合う。
アルトゥールが腕を伸ばしシュヴァインの頭を引き寄せた。シュヴァインも抗わずそのまま目を閉じた。ごく自然な流れだった。二人は口づけを交わした。数度、唇を重ねたところでアルトゥールがシュヴァインを押し倒し、唇の隙間から舌を這わせる。先が二股に割れた舌と厚い舌が絡み合う。二人は食い合うように口づけを続けた。漸く気が済み、終わるころには良い大人が息を切らして互いの口周りは唾液で濡れていた。
「すまん」
「いや、私の方こそ」
妙に照れくさい空気が二人の間に流れる。けれど互いに支え合い立ち上がった後に、やはり二人はもう一度キスをした。
二人の生活は元に戻った。
いや、戻ったどころか一層親密になった。問題は棚上げされたままだったが、問題の元凶となった娘が目の前にいない以上、火種になることはなかった。
二人はお互いに抱き合って眠るようになった。深く眠るのではないが、夜の番の交代間際にわずかな間、アルトゥールが夜具に潜り込むことがほとんどだったがシュヴァインを抱き寄せる。シュヴァインもそれを拒否したりはせずに束の間の熱い体温を許した。
そして、朝起きた時。アルトゥールの狩りを見送る時。日が暮れ、どちらかが夜具に潜り込む時。二人は口づけを交わした。それはほんの一瞬の挨拶のような時もあれば、激しい若者同士の愛の交換のような時もあった。
そして、そんな暮らしが二月も続いた。
その晩は、早くからアルトゥールが夜具に忍び込んできて、身体の大きなシュヴァインを背後から抱きすくめ、二人して故郷の話や幼い日のこと、お互いの城のことなどを話していた。
若い腕が時折悪戯にシュヴァインの胸板を擽るように撫でる。
「──そして、わたしの母は若くして死んでしまった。母の遺体は河口付近で発見された。前日に橋のたもとに立つ母を見た者がいたから、自死の噂も事故との噂もあったな」
「辛かったか」
「辛くなかったと言えば嘘だし、楽になったのも事実だ。この世のすべての人間への呪詛の言葉を消える寸前まで母は口にしていた」
パチッと生木が音を立てて弾かれる。周囲は静かなもので、虫の鳴き声はするが獣の気配も魔物の密やかな息も、何もなかった。
シュヴァインを抱いていた腕がするりと動き優しくシュヴァインの胸板をトントンと叩いた。シュヴァインはまるで慰められているようだと感じながらもアルトゥールの気が済む様にさせていた。暫くして今度はアルトゥールが口を開いた。
「そもそもの話、諸々の根源であるこの戦争の引き金は人間が引いたというのは知っているか」
「いや、知らない」
不意に始まった三百年前の話に戸惑いながらシュヴァインは答える。アルトゥールがどこか遠くを眺めるようにしながら、呟くように続ける。
「勿論、昔々から俺たち魔物は人間を食っていた。森に近づく人間を攫い、邪教の生贄とされる人間を食らい……そんな俺たちの行動を見て、ふとある人間がこう考えた。魔物は人間を食う。人間は食われる。だが、大人しく食われるだけで良いものか。銃や火器の扱いを人間は覚えた、獣を飼い慣らし家畜として囲い込んでも来た。それならば、脅威である魔物も退治してやれば良いのだと。考えたのが一般の市民であれば何もできなかったろうが、思いついたのが王であったため、それは実行に移された」
「それは、自然な流れだと思うが。誰しも、自分に害を及ぼす者を放っておくことは出来ない」
「いや、それはとても不自然なことだ。自然の世界では捕食者に集団で立ち向かう者などいない。せいぜいが身を守るため逃げ出すか、兎が最後の蹴りを狼に入れてから食われる、そんな程度だ」
言われてみればそうかもしれなかった。この世で唯一、捕食者に集団で立ち向かい戦う者、人間。
「三百年前には、人間の世界の側にも多くの魔物が住んでいた。人間の街や王城を襲い、奪って生きていた集団がいたのだ。俺の眷属がそうだった。俺が覚えている故郷の景色は灰色と赤だ。街は人間に焼かれ、焦土となり、火があちこちで俺たちの眷属を弄り殺しにしていた」
「故郷は焼かれたのか」
「そうだな。だが恨んではいない。ただ不思議なだけだ。何故人間だけがこうも自然に逆らうのか。ウサギは狼やタカを恐れはするが群れになって襲ってきたりはしない。子を殺された、親を亡くした、故郷を焼かれたと恨むこともない」
そんな話をシュヴァインはぼんやりとアルトゥールの腕の中で聞いていた。それは不思議な感覚だった。捕食者へ復讐する人間。それは自然なことではなかったのか。家畜たちがと殺されるときに人間を恨み、その子らが復讐に現れたなんて話は確かに聞いたことがなかった。
言葉を無くすシュヴァインにアルトゥールは何を思ったのか、彼の太い首筋の血管を割れた舌先で舐め上げる。考えがまとまらぬ、と素っ気なく放っておけばその日はどうしたものか、アルトゥールの悪戯は止む気配がない。首筋を何度も舐め上げ、胸板を探る手は力強く胸の肉を掴み揉む様にしてくる。
「おい、擽ったくて考えがどうにもまとまら──」
最後まで言うことが出来なかった。アルトゥールは勃起した己の一物をシュヴァインの尻に擦り付け、羽交い絞めする様にして背後から唇を重ねていた。若者らしい性急な仕草で求められ、いつかこうなる日が来るだろうと薄々分かっていたシュヴァインはとうとうその行為を受け入れた。己の子供と変わらぬ、異種の、しかも魔物と交わる。同胞を裏切るこの行為。けれど、自分も望んでいたのだと相手の衣服を脱がしながらシュヴァインは認める。この若々しい魔物の男に抱かれたくて、仕方がなかったのだと。
「アル、早く……」
「分かっている、そう急くな」
若い魔物の男に甘える自分の声にぞっとする。体中を二股に分かれた舌先で隈なく愛撫され、お返しに若い幹を口に咥える。人間の男と相手の経験がないシュヴァインはその精の味を知らない。だが、低く呻いて口内へ吐き出されたアルトゥールの精を飲み干した時に、その味は何物にも代えがたく、尊い気がした。
最後に、いやその行為の始まりに、若い魔物の雄がシュヴァインの中へと入ってきた時に、痛みよりも更に大きな安堵がシュヴァインを包んでいた。何もかも手放して、背後から己を抱き締め突き上げてくる熱量に全てを任せてしまえば良いのだと気づいてしまった。
「アル、アル……アルトゥール……」
「シュヴァイン、……シュー、……こちらを向け」
長く激しい律動が止み体内の奥に精を放たれる。同時に唇を塞がれてシュヴァインは全てを魔物に飲み込まれてしまう夢を見た。それより毎晩、いや日中も。二人は身体を繋ぐことを止めなかった。




