7
「俺の同胞に食われでもしたか」
口角を引き上げて、アルトゥールが醜く笑う。醜いと、シュヴァインは感じた。
「……どうして、助けなかった」
「なに?」
「お前は、あの娘を助けることも出来た筈だ」
「助ける義理は無かったと思うが?」
会話はかみ合わず、お互いに二人は傷つけあうような言葉を投げかけ続けた。シュヴァインはアルトゥールの行いの罪を、また少女を助けられなかった悔いを口にした。アルトゥールは少女を犯し食う罪のありどころを、仲違いの原因になっている少女が消えた事への感謝を口にした。
「俺にとって特別はお前だけだ、シュヴァイン!」
これで議論は終わりだとばかりにアルトゥールが叫んだ。これ以上は聞きたくないとその眼差しが語っている。
「連れてきたのが間違いだった。お前はもう既に人間への未練は捨てたものと思っていた。一緒に肉や血を啜れとは言わぬ。だが、人間がお前に何をしてくれる?お前が何をしてやれる?力無き生き物よ。魔物が世を統べるが必然!」
「お前こそ、私への慈悲や友情をなぜ他の人間へ向けることができないのだ!?」
「うるさい!!」
まだ剣を構えたままのシュヴァインにアルトゥールが飛び掛かる。元々シュヴァインを凌駕する力の持ち主だ。シュヴァインの剣が浅くだがアルトゥールの頬を掠めた。アルトゥールは逆上した。シュヴァインが身構え顔を庇ったのは正しい動きだった。牙を剥き出しにしたアルトゥールが耳まで裂けた大きな口でズラリと並ぶ牙を見せつけシュヴァインの腕に噛みついた。鋭い牙が肌に食い込み、青い肌に鱗がざっと浮かび上がる。
「止めるんだ!アル!」
圧し掛かってくる青年の身体を必死にシュヴァインは押し返す。だがまるで大木でも相手にしているかのように幾ら押してもアルトゥールを制することが出来なかった。せっかく綺麗に整えていた寝床へ二人は縺れ合い転がる。シュヴァインは木の洞に背中を突っ張り、手も足も使いアルトゥールを何とか止めていた。
アルトゥールはその本性を剥き出しにガチンッ!ガチンッ!と何度も上顎と下顎を嚙み合わせる。その凶暴な口吻がすぐ目の前まで迫っていた。
シュヴァインは我を忘れている友に歯を食いしばりある一つの決断をした。最近では枝を切り肉を切り分けるのにしか使っていない、ナイフ。それが腰にあった。
(すまない、友よ)
シュヴァインは渾身の力でアルトゥールを跳ねのけ、彼がまた飛び掛かってくる瞬間にナイフを抜き狙いを定めて大きくそれを振りかぶった。
「ギャァーッ!!」
獣が鳴いた。
その片手に深々とナイフが突き立っており、貫通し、地面へと突き刺さっていた。
アルトゥールの瞳に憎悪がみなぎり、そして、不意にゆらりとその激情が消えて、いつもの冷静で穏やかな色が戻ってきていた。
「俺はなにを……」
「正気に戻ったか、アル」
ほっと息を吐いたシュヴァインは力が抜けてその場にへたり込んだ。漸く我に返ったらしいアルトゥールは現場の燦燦たる様からことを理解して、素早く自分の掌からナイフを抜いた。鮮血がぼたぼたと地へと落ちる。地に落ちた血は腐臭がし、その洪水に巻き込まれた小さな虫が酸にでもつけられたように溶けていくのをシュヴァインは見た。
「すまなかったな、友よ」
アルトゥールが痛みで掠れた声で詫びを口にする。シュヴァインも身を起こすと自身の衣服を裂き、簡易の包帯を作りすぐに傷の手当てを始めた。
「さすが、十騎士のナイフだ。魔除けでも練り込んであるのか、傷が塞がらないな」
「そのとおりだ。刀身は魔除けの呪文を唱えながら錬成され、お前たちが嫌う薬草や呪符を使い磨いたナイフだ」
なるほどな、と感心したようにも忌々しそうにも取れる声音でアルトゥールが呟く。ただの切り傷ではない。魔物にとっては毒で錬成されたようなものだ。毒でじりじりと肌や肉を焼かれているような痛みに違いなかった。
「アル、すまない」
「俺が我を忘れたのが悪いな。ただ、少しでも悪く思うなら……」
そこまで言ってアルトゥールが膝を折った。シュヴァインは腕を差し伸べ、熱を持った若い身体が腕の中に転がるのを感じた。
「……すまない」
そう呟くとシュヴァインはアルトゥールの身体を抱いて破壊された木の洞のベッドへと運んだ。己の腕の中にその身を抱いて、熱を逃がさぬようにとマントで包んでやる。肩で息をするアルトゥールの意識はもうない。焚火の残りかすを木の枝で搔き集めて、それから三日三晩、シュヴァインは友を腕の中に抱き続けた。




