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騎士シュヴァイン  作者: 河野章


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6/12

 時間はとてもゆっくりと過ぎた。

 シュヴァインは自分が意外にも不器用であることを知った。それは狩りのための矢じりを木で作ろうと枝を削っていた時や火を起こす時に現れた。アルトゥールは器用に矢じりを作っていたのに対してシュヴァインが木を裂き矢じりを作ると何だか凸凹した仕上がりになった。火を起こす際にも、アルトゥールが手早く火を起こせるのに対してシュヴァインがいくら枯れ木を擦り合わせても煙しか出なかった。

 二人はたまに意見が対立することもあったが、概ねぴったりと考えが重なっていた。また、シュヴァインが苦手なことはアルトゥールが、アルトゥールができないことはシュヴァインが出来ることが多かった。

 友を得たシュヴァインには最早、戦場は遠く感じられた。

 勿論いくばくかの、小さな焦りはあったが、自分一人がいないというだけでは戦況にはそんなに大きな実害は出ないだろうとも思っていた。

 いつか戻れれば良い。戻れないということはないだろう。戻れなくても良いかもしれない。戻りたくない。

 いつしかそう思うようにもなっていた。それだけ、アルトゥールとの生活はシュヴァインにとって甘美で優しく、慈愛に満ちたものであった。

「しかし、本当にお前は狩りが上手いな、アル。」

「シューは年齢にしては回復が早い。やはり頑強な肉体がそうさせるのだな」

「いやいや、年齢のことを持ち出してくれるな」

 二人は互いを愛称で呼び合うまでになっていた。

 夜に久しぶりに新鮮な肉が獲れたとアルトゥールが満面の笑みで森の闇の中から現れた。片手には初日に見たのと大差ない肩から爪先にかけての大きな肉塊を抱えている。そうして逆の手には木で彫った簡易の水差しが。その水差しからは芳醇な発酵臭がして、甘酸っぱい匂いがあたりに立ち込めた。

「その、甘ったるい匂いはなんだ?」

「ああ、これか。自然にできた木の洞に少しずつ水分が溜まりそこに小さな獣が木の実などを落として、長い時間発酵してできた……まぁ、簡単に言えば酒だ」

「酒だと?こんな森で……奇跡だな」

「人間も酒は飲むか?」

「勿論だとも」

 シュヴァインにとっては数十年ぶりの酒宴だった。獲れたての肉を炙り、つまみにしながら酒はすすむ。酒は濃く、甘く、喉を焼くような旨さだった。

「なんだ、禁酒でもしていたのか」

 火の向こう側でアルトゥールが楽し気に尋ねてくる。シュヴァインは大げさに嫌そうな表情を作ると手を軽く振って見せる。

「お前たち、魔物のせいだぞ。常時、戦争をしていたのでは気が休まる時などない。いつ魔物の奇襲があるか分からんからな。王族の誕生祭などでは飲んだふりをしてフキンに吐き出していた」 

「はは、それは申し訳ないことをした」

 ちびりちびりと回し飲みをする。先に動いたのはアルトゥールだった。普段ならばとっくに眠っている時間だ。立ち上がったアルトゥールにそろそろお開きかとシュヴァインが彼を見上げると、シュヴァインの足元へ猫の子が擦り寄るように音もなくアルトゥールが座り込んだ。そのまま身体がぐらりと傾いて黒髪の巻き毛がシュヴァインの膝にぽてっと乗った。「どうした、アル」

 驚いたことに魔物にも体温はあった。酒が回っているせいか、シュヴァインよりも身体が温かいくらいだった。シュヴァインは少し優しい声を出した。

「故郷でも懐かしいのか」

「懐かしいものか。……今日は俺が先に寝る番だ。枕が岩や木では固くて眠れん。これでも旧家の跡取りなんだ俺は」

「はは、そうかそうか」

 子供のような態度が面白く感じられ、シュヴァインもらしくなく子猫を触るようにアルトゥールの髪を撫でた。ほんの些細な触れ合い。だが、ピリッと電流のようなものが互いの間を走った。

「お前はやはり美味そうだな」

「ジジイだと言うたが?」 

「俺たち魔物には外見など関係ないこと、とも教えたが」

「そうであったな」

 暫く大人しく髪を撫でられていたアルトゥールは不意に顔を上げた。髪を撫で始めたものの、止め時を失っていたシュヴァインはこれ幸いと手を引きかける。その手を咄嗟にアルトゥールが掴んだ。そして、その反射がどういうものか分からずにいるとでもいうように、困り顔でシュヴァインを見つめた。その瞳は瞳孔が細くなり、熱っぽく潤んでいる。二人の顔が互いに近づき重なった。唇が触れあったのは一瞬であった。

「──先に寝るぞ」

「ああ」

 アルトゥールは何事もなかったように立ち上がると木の洞に向かいふらふらと歩き出す。

 シュヴァインには何が起こったのか分からなかった。それこそ、いきなり噛み付かれでもした方がまだ理解できた。言葉にするには生々しく、忘れるには実感が伴い過ぎていた。ただ、触れた唇は互いにカサついていて、ひどく熱かった。


 次の日は朝からアルトゥールの機嫌が悪かった。旧家の貴族の出だというのは本当のようで、まだ自分を律せない年頃のようでもあり、時々とても感情的にアルトゥールはなった。それを隠そうともしなかった。

 シュヴァインはそんなアルトゥールに何をするでもなく、いつものように簡単な朝餉を拵えて、出口を探してくるとぶっきらぼうに言うアルトゥールを送り出した。

 午後に入った頃だろうか。

「シュヴァイン!獲物だ!」

 声も高らかにアルトゥールが森奥から現れた。

 シュヴァインはほぼ完治した身体で周囲の薪を拾っていた。獲物が多いのは喜ばしいことだが……と顔を上げると目の前にぼろ布を纏っただけの人間の少女がどっと倒れ込んできた。手足は傷だらけで、可哀そうなくらい痩せ細っていた。まだ十五、六に見えた。

「どうした、この娘は!?」

「森の中を彷徨っていた。俺たち同様、この森に迷い込んだらしい。さてどうする?食うか、犯すか。どちらが良い、シュヴァイン」

「何を……」

 嬉々として少女の手首を掴み片手で持ち上げるアルトゥールをシュヴァインは驚きの眼差しで見つめた。あの穏やかな青年はどこに行ったというのか。星を見上げ、詩を朗読し、己の足元で眠りかけたあの青年は。

「ああ、犯してから食えば良いのか。シュヴァインよ、どうする?同胞が食えぬというなら、犯すだけでも」

「止めろ!」

 シュヴァインはこの一月で久しぶりに友へ剣を向けた。アルトゥールは何が起きたのかとよく分からない顔をしていた。きょとんとした青年の顔に驚きが浮かび、それからじわじわと怒りが現れた。拳を握り、わなわなと唇を震わせて友を見上げる。

「シュヴァイン!」

「止めるんだ!その娘を解放しろ、アルトゥール」

「……本当に自分の同胞だと思っているのか」

「そういう話ではない、私はただお前が罪を犯さぬよう」

 その言葉に憎々し気にアルトゥールが顔を歪める。掴んでいた少女の手を離す。唐突に自由になった少女が地面に伏す。シュヴァインが声を掛けようとすると、一目散に森の中へと逃げ込んでいった。シュヴァインが止める間もなかった。暫くして、少女の絶叫がこだまとなり反響して逃げていった方からした。


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