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騎士シュヴァイン  作者: 河野章


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3/7

 「二人」にかかれば簡単な討伐だった。あっという間に蛇たちの躯が山となる。

 シュヴァインは戦いの最中も気を抜かず青年の気配を見張っていた。けれど、青年は黙々と、いやどこか楽しそうに見える様子で同胞を亡き者にしていった。不思議だったのは、蛇たちの方も仲間の魔物同士であるはずなのに青年を狙って攻撃していたことだ。

「素晴らしい太刀筋だな」

 最後の一匹を切り捨てた青年がまるで自分が年長者だという様にシュヴァインを褒める。その物言いが鼻についたので、シュヴァインは思わず言い返していた。

「貴様こそ、息ひとつ乱れておらぬな」

「この程度で息を乱していてはなぁ、我が眷属の名に傷がつく」

 色気と余裕たっぷりに青年が振り向いた。その背を叩き切ることは容易かったのにシュヴァインは動けずにいた。なんだ。この魔物は。同胞を殺し、同胞から襲われて、それを返り討ちにする。人間である自分をアシストして魔物たちを全滅させた。 

 わからぬ、分からぬ。どういうからくりだ。

「まだ疑っているのか。俺にお前を害する意思はない」

「……魔物を疑わぬ者がいようか」 

「頑なな奴だなぁ」

 やはり年下へ向けるような物言いだった。だがその声音には若い青年特有の快活さがあった。細身の長剣の露を払い、青年は完全に無防備になった。シュヴァインは自分だけが剣を抜き構えているのが滑稽に思えてきた。

 森の中はしんとしていた。鳥の鳴き声もなければ、木々の葉が風にそよぐこともない。

 青年はつまらなさそうに自分が殺めた蛇たちの躯を爪先で突いていた。

 シュヴァインはとうとう剣先を青年から外した。背へと納刀する。

 目の前の青年が自分に敵意を持っていないのは明らかだった。竜を倒した直後に、蛇たちを退ける間にも、青年はシュヴァインを殺すことが出来た。だがそれをしなかった。なぜか同胞である魔物たちにも襲われている。何か、理由があるのではないか。

「お前は何者だ」

「俺か?名前はアルトゥールという。何者と言われてもなぁ。魔物軍の弾き者というところかな」

 青年、アルトゥールは声をかけてきたシュヴァインに、お?という驚きと好奇心に満ちた眼差しを向けた。シュヴァインはまだ完全に警戒は解かずに剣の柄に手をかける。

「なぜ、魔物たちは貴様を狙う?仲間ではないのか。答え次第では貴様を切る」

「恐ろしい男だなぁ。なんと言えば良いのか。……お前たちにも、死刑執行人というのがいるだろう。俺はまぁ、魔物の死刑執行人だ。先ほどのように戦場から逃げ出そうとした者、罪のある者、魔王に反旗を翻す者、そういった魔物たちを俺は殺す」

「それが、なぜ魔物に狙われる?」

「殺された魔物の縁者からの敵討ちということもあるが、ほとんどは俺を恐れているかだなぁ」

 にっこりと青年は笑う。その邪気の無い笑みにシュヴァインは呆れる。子供のような、と言って差し支えの無い笑みだった。

「俺は強いからな。魔王の命令であれば誰でも殺す。魔王は魔物の王だ。誰も止めることなど出来ない。そして魔王は、悪戯に同胞を、家臣を、道を歩く子供を殺す。遊びでな。その手段に俺が選ばれることがあるのさ。だから、魔物たちは俺を恐れる。忌み嫌う。見かければ殺されてしまうのではないかと、思うのだろうな。殺られる前にやれ。そういうことだ」「魔物の中の弾き者……」

「そういうことだな」

 思わず先程のアルトゥールの言葉を反芻していたシュヴァインに、アルトゥールは理解を得られたと嬉しそうに笑った。だが、シュヴァインは気を抜かず次の問いを投げかけた。

「なるほど。しかし、それだけではお前が私を殺さない理由が分からぬな」

「お前こそ、俺を殺さないじゃないか」

 確かに。だが、それは……。

「……お前に敵意が無いからな」

 そう返すしかシュヴァインには出来なかった。何故かと問われても上手く言葉に出来ない。敢えて言うならば、朝だ。三日前に感じたあの朝の静かで柔らかな空気。それに似た気配をこの青年が纏っているからだ。面白そうに青年がその金の瞳を細めた。

「魔物は忌むべきものだろう」

「無論そうだ」

「ならば」

「そうだな、ならば……」

 そうだ、魔物は悪だ。人心を惑わし、肉体を快楽に堕とし、堕落させる。

 そして、人間を食う。

 魔物たちの主食は人間なのだ。他の動植物たちも食すが、なぜか境界の森から時々現れては人間を攫い、食っていく。騙し、欺き、誑かして人間を食らう。

 ぎりっと柄を握る手に力が籠る。

(悪しき魔物は殺されなければならない。人間のためにも)

 だが、その人間はどうだ。守るに値する者たちだろうか。

 母親の過去がどうしても脳裏にちらつく。強奪や強姦を暗に良しとする風潮の軍の上層部も。それにかこつけて好き勝手をする下級兵士たち。

 では守られなければならない女、子供たちは?彼女たちには罪はないのではないか。

 いや、だがすべからく人間というのは女から生まれる。子供も幼い頃には小さな罪しか犯さないかもしれないが、大人になればどんな罪を犯すか分からぬ。女だから盗みをしたり人を欺いたりしないわけじゃない。即ち、人間に生まれた瞬間に人間は罪深い存在なのだ。

 殺すべし、殺すべし。

 人間は殺すべし。

 なぜなら人間は悪だからだ。悪だ。

 悪。悪。悪。

「どうした?」

 不意に間近で声を掛けられて、柄を握る武骨な手を優しく両手で包まれていることに気付く。そして、いつの間にか抜刀していることにも。

「なるほど……。なかなかに難しい問題だなぁ。人間は確かに醜くく、醜悪な部分が多い。まぁ俺たち魔物はそんな人間の心が好きだが」

 滝のような汗がシュヴァインの首筋から流れていく。アルトゥールが何を言っているのかが分かるようでわからない。心を読まれている……?声は優しくシュヴァインの心臓を撫でた。

「人間は汚い、意地汚く、また行儀も悪い。ほら、こんな剣など今は必要ないだろう。ここにはお前を害する者などいない。人間はいないんだ。敵は、いない」

「敵は、いない……?」

 確かにそうだ。

 シュヴァインの敵は「人間」で、その「人間」はここにはいない。

 剣先を静かに地に着ける。そして地面へ向けて先ほどのアルトゥールのように垂直に剣を突き刺した。

「あいつらを守るなんてまっぴらだ!」

 声に出してから、自分で驚いた。自分は今、何を思っていた?考えていた?

「あはは!お前は面白いなぁ。あんなにも身体は強いのに、心はこんなにも弱い。少し誘ってやればこれだ」

 背を優しく叩かれて、今度こそシュヴァインは我に返った。

「お前!私に何をした!?」

 剣を下から大きく振り上げる。アルトゥールは難なくその切っ先を交わした。笑いながら傍の巨石に飛び上がる。

「ほんの少し、お前の憎しみに火をつけた。魔物の力を試しに使わせてもらっただけだ。お遊びだよ。そう怒るな。」

「怒らいでか!下りて来い、たたっ切ってやる!!」

 シュヴァインは怒りで己の恥を無かったことにしようとしていた。あんな、短絡的で、安易な考えを自分が持っていただなんて。魔物にその思考を読まれ、唆されたとはいえ……人間全てを敵扱いするだなんて。

「俺も、同じだがな」

岩に腰掛け静かにアルトゥールが微笑んだ。

「俺も、魔物などいなくなってしまえば良いと思っている」

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