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騎士シュヴァイン  作者: 河野章


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2/11

 魔物軍の申し入れどおりに三日後の早朝から戦いは再開された。

 シュヴァインは小隊を率いて前線で戦っていた。鎧同士がぶつかる、火竜が火を吐く、防御壁でクマのような怪物を押し返す。投石器があの丘に置かれて、人間たちは火器を、魔物たちはその強大な身と魔法を駆使し戦いは激化していった。

 その日の戦いにあの銀青色の竜は姿を現していなかった。ただ、夥しい数の蛇や小竜どもが人間軍を取り囲んでいた。シュヴァインは大剣をふるい、それらを根こそぎ切り捨てていった。硬い鱗も鎧もシュヴァインの前では切り捨てるに容易い紙に等しい。

 小隊の一人が血しぶきを受けた状態でシュヴァインの元へ駈け込んで来た。

「竜が!竜が出ました!」

「なに!?先日のあの竜か?」

「いえ、あれよりも小さな個体です。ですが、首が二つもあり氷を吐いて誰も近寄らせません!」

「承知した」

 シュヴァインは馬に乗り駆けだした。

 そこはすり鉢状の窪地になっていた。その真ん中に馬の十倍はあろうかという青い竜がいた。鎌首をもたげて威嚇するその裂けた口からは青い炎を吐き、今まさに竜へ背を向けて逃げようとしている兵士たちに青い炎を吐きかける。一瞬の出来事だった。数名の兵士たちは断末魔の叫び声をあげる暇もなく氷漬けの標本になった。棘のついた竜の尻尾がその身体を粉々に打ち砕く。二つの頭が咆哮した。

「竜よ!こちらを見ろ!」

 シュヴァインは雄たけびを上げ、崖のように反り返った窪地を躊躇うことなく馬で駆け下りた。

 その声が届いたのか竜が首をシュヴァインに向ける。青い炎が口吻の先から漏れ出ていた。口が大きく開く。その一瞬、馬をまっすぐに走らせながらシュヴァインはぐっと身体を横へと倒した。馬の腹をぎゅっと強く太腿で挟む。馬は身体を斜めにした主を乗せたまま竜へと突っ込む。竜が吐き出した青い炎が一瞬で馬の首を凍らせた。シュヴァインは馬がどうっと倒れる間際に馬の胴を蹴り、油断していた竜の首の一つをばっさりと切り落とした。

「~~~~!!」

 音にも声にもならない大絶叫が残りの首から放たれた。次の一撃を待っていたシュヴァインの目の前で竜は大きく羽を動かし風を起こした。思わず顔をそむけたシュヴァインの目の前で一つ目の首を刈り取られた竜が背を向ける。

 逃げる気だ。

 直感でそれを悟ったシュヴァインはついてきていた兵士の馬を借り竜を追いかけた。首の残骸を引き摺り低空飛行しながら竜は逃げる。すり鉢状のくぼ地を越えて前を塞ぐ兵士たちをなぎ倒し、どんどん逃げていく。

 このままでは、「最果ての森」へ逃げ込まれてしまう。

 「最果ての森」は魔物たちの領域と人間たちの領地を分断する迷いの森だ。魔物は迷わず森を抜けられるそうだが人間は一歩その中に足を踏み入れたが最後、出て来れないという噂だ。

 あと数歩。いや、あと半歩。もう、少し……!

 森も目の前だ。

(森には入れない……いや、ほんの半歩だ。とどめを差しすぐに引き上げれば良い)

 迷いは一瞬だった。そして、シュヴァインの隣を彼よりも高速で駆け抜ける者がいた。

 ぐわん、と。

 空間が歪み、森に入った、いや、包まれたとシュヴァインには分かった。

 どうっと落馬し何とか受け身をとって、その場に膝をつく。立てない。眩暈が酷い。吐き気がする。

「~~~~!!!!!!」

 それは断末魔の叫びだった。ほんの十数メートル先の、林の中だ。

 よろめきながら大剣を杖にしてシュヴァインはよろよろとそちらへ向かい歩いた。竜は、どうした。横を駆け抜けていった影は誰だ。馬を駆るシュヴァインより高速で傍らを抜いて出た者。もし、もし……竜の応援が駆けつけたのだとしたら。

 まずは青いマントが目に入った。それから、それを身に纏う長身の若者の姿。灰青色の鎧を身に着け、黒く短い巻き毛をした美しい青年。

 彼の頬には血が飛び、足元には先ほど逃げ出した竜の首が転がっていた。鋭利な刃物で切り落とされたのだろう。竜の首は切り口が綺麗に赤い断面を見せていた。

 青年は、青年は青い肌に黄金の瞳をしていた。魔物だ。

(魔物が、同胞を殺した……?)

 意味が分からずに、シュヴァインは咄嗟の判断が遅れた。気付けば青い肌の青年が目の前に立っていた。身体をぴったりと覆う鱗状の鎖帷子に灰青のくすんだ色の鎧を身に着けていた。年齢は人間に換算すれば二十代半場。けっして細くはないが、しなやかな若者特有の身体付きをしていた。そしてシュヴァインには及ばないが長身だった。

 その身体がゆっくりと傾き、シュヴァインへと手を差し伸べた。

「怪我はないか、お前」

「!」

 第一声は優しさと慈悲に満ちていた。声は掠れていて温かい。金の瞳が縦に細くなる。口角が僅かに下がる。心配げな様子だった。

「どうした、どこか怪我をしているのか」 

 シュヴァインは咄嗟に手探りで剣を探す。先ほどの眩暈で取り落としてしまっていた。

 魔物だ、魔物。魔物。魔物は殺さなければならない。

 そんなシュヴァインの恐慌をよそに青年は心でも読んだように続けた。

「お前の剣ならここだ。さて、それで俺の首でも刎ねるか」

 草むらに転がっていた剣を拾い上げ、柄をこちらへ向けて渡される。自身の鎧の隙間から片手の指を入れて自身の首を青年は軽く仰け反らす。そこを切れとでも言うように。

「良い剣だなぁ。長く、太く、何匹もの魔物を切り刻んだせいだろうか……呪詛が大量に絡みついている。手入れも良くされているしな」

「お前は……」

「ん?なんだ」

「お前は、魔物だろう」

「勿論そうだが?」

 シュヴァインは腕を引き、素早く自身の腰の短剣を抜いた。同時に飛び跳ねるようにして一歩後退する。

「ならば、敵だ」

 眼光鋭く、ぽかんと立ち尽くす青年を睨みつける。青年は瞬きをした後で、残念そうに眉尻を下げて口角も僅かに引き下げた。

「俺を信じて欲しい、と言っても無駄だろうな」

「魔物の何を信じる!?」

「この行為を」

 躊躇わず、青年はシュヴァインの剣を空中でくるりと回し柄を握り直す。目の前に転がっていた竜の首にドスッと垂直に突き刺す。それから剣を引き抜き、シュヴァインに向けてまっすぐに剣を投げた。避ける間隙さえない。シュヴァインの耳横を掠めた剣は背後から襲いかかろうとしていた大蛇を突き通した。

「剣を拾い戦え。囲まれているぞ」

 シュヴァインははっとした。目の前の青年に気を取られていて周囲への警戒を怠っていた。気付けばシューシューという唸り声が自分たちを取り囲んでいた。大群の大小の蛇の魔物たちだった。

 シュヴァインは無言で短剣を仕舞い大蛇の身体から自分の大剣を抜いて、立ち上がった。大丈夫だ。もう眩暈はない。

 青年がシュヴァインへ微かに笑った。

「背中は任せたぞ」

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