13
城の地下へと魔物たちを誘い出し、一網打尽にする計画。
そうだった筈だ。
確かに城にいた魔王の側近たちは夜半の城への侵入者たちに意表を突かれ、慌てふためいていたかに見えた。魔王を庇い、地下へと逃げていく一行たち。魔王の印とされる銀の王冠が松明の明かりにきらりと光る度に、青灰色のマントが翻る度に人間たちは勝鬨の声を上げて襲いかかった。あと一飛び、あと数歩。だがそれが届かない。まるで鬼ごっこを楽しんでいるかのように、魔王の姿は暗闇に見え隠れしてその全貌さえ見えない。
おかしいと。思わない者がいなかったではない。魔王は気位が高く負けず嫌いだったのではないか。ではどうして逃げ続けているのか。背を見せ、配下に己の背後を守らせている姿は滑稽ですらある。
だが、人間たちはシュヴァインを筆頭にもう進むしかなかった。一人、また一人と。暗闇の中へ兵士たちが引きずり込まれる。目的の地下広場に辿り着いたのはたった十四名だった。
これでは、残った魔物たちを囲うことなど出来やしない。
今や地下広場には数え切れぬほどの魔物たちが集っていた。広場の中心に互いに背を向け合って、シュヴァイン達は武器を周囲に向ける。誰か一人でも動いたら、死が襲ってくる。
だがその緊張の糸を切ったのは流石というべきか、百戦錬磨のクラウスだった。
「これでは、ただの嬲り殺しだ!シュヴァイン殿!貴殿、疑いたくはないが……もしや!」
声を張り上げ対極で剣を構えている筈の老兵へ叫ぶ。返る声は無かった。その代わりに、独特の掠れた声が答えた。
「ふむ。大儀であった、シュヴァイン」
「……恐れ多いお言葉」
そのシュヴァインの声が歓喜に静かに震えているのを側のファルは聞いていた。そして、剣を収め敵の首領であるはずの魔王の元へと跪く恋人の姿を傾いでいく視界に捉えていた。
「え」
「すまない……」
ごとんっとファルの首が床へ落ちた。恋人の名を呼ぼうとしてその恋人の剣で首を落とされ、返す刃で身を二つに裂かれて青年は絶命した。誰も指一本動かせなかった。目の前の事実が信じられず、また耳でしか確かめる術がない現実に戦慄していた。まだ若く、青年の域を出ない魔王が静かに歩を進める。シュヴァインの肩に手を軽く添えた後、涙を流したファルの生首をその髪を引っ掴んで持ち上げる。首から滴るその血を魔王は舌先で啜った。
「一人も生きて帰すな」
その一言で、一方的な殺戮が始まった。
人間どもが一人残らず絶命するまでに一刻もかからなかったか。最後の一人、クラウスはそれにしても善戦した。一人で魔物たちの大軍を押し返し、狭い路地に適を誘い込んでは一匹ずつ始末してゆく。
「あの男は少しお前に似ているな」
「確かに」
アルトゥールは側に跪くシュヴァインを立ち上がらせた。今にも、クラウスとかいう人間の首が落とされようというところだった。
「きさまぁ!シュヴァインめ!我らを、人間全てを売ったのか!」
「……少し話をしても宜しいでしょうか」
「構わぬ。だが手短にな」
シュヴァインが囚われの敵将の前へ静かに膝をついた。四肢を魔物にとらわれ、腕は千切れ掛け、顔面はその容貌が分からぬほどに潰された男が、鋭い眼光をシュヴァインへと向ける。まるでその瞳の力だけでシュヴァインを殺そうとするかのように。
「クラウス殿」
「シュヴァイン……!」
シュヴァインが胸元から輝く青白い小さな鱗を取り出した。
「魔王の鱗の話を覚えておられますか。私はこの鱗があるので迷いの森や街の中を案内無しで進めることができると貴殿へ伝えた。それは本当です。だが、同時に黙っていたこともある。この鱗、魔物たちの動きを逐一知れることが出来たのと同様に人間側の動きも逐一魔物側へと漏れておりました」
「な、に……?」
「しかもこちらは、魔王の心臓と繋がっている唯一の弱点。この鱗を傷つければ、魔王は心の蔵を砕かれる仕掛け。黙っていてすまなかった」
「では、この始末は……部下たちの命は、多くの、これまでに死んでいった多くの人間たちの命は……その小さなかけらさえ砕けば、失われることはなかったと!?」
「申し訳ございませぬ」
そこにはただの事実を告げただけというシュヴァインの姿があった。風が吹いた、そのことを告げた、ただそれだけのような。クラウスは絶望した。声もなく、その場で立ち上がったシュヴァインにより斬首された。
アルトゥールは地下広場に玉座を下ろしそこに座っていた。一番先に命を落とした若者の首から注いだ血でワインを飲む。腹立たしいことにこの血の持ち主は、シュヴァインの無聊を慰めるために一時情夫であったという。シュヴァインの忠誠と愛情を疑いはしなかったが、たかが人間風情にシュヴァインの身体をくれてやるのは腹が立った。肌身離さず鱗を身に着けていたシュヴァインのおかげで、二人が身体を結んでいる間中、その息遣いや乱れるシュヴァインの喘ぎ声がアルトゥールには直接流れ込んできていた。
だがそれも今は愛おしい。嫉妬は魔物が最も興奮し愛する感情の一つだ。シュヴァインに出会ってなければこんな感情さえ知らなかった。
「戻りましてございます」
「皆、席を外せ」
シュヴァインの登場にアルトゥールはその金の瞳を細くして微笑む。人間側の裏切り者。悪魔の騎士。そう囁く魔物たちの密やかな声には喜色こそあれど、蔑む色は無かった。
「来い、シュヴァイン」
久しぶりに恋人の身体を貪れるのだと思うと先ほどまでの憂いや人間達を征服した歓びなど遠くなってしまう。魔物とはそういうものだ。目先の欲にいつも目が眩んでいる。
「アル……」
玉座へと押し倒すと懐かしい声が名を呼んだ。
互いの腕が衣服を解きにかかる。互いに鎧を着こんでいたため、下肢を露出させるだけでも一苦労だった。やっと下履きまで辿り着いたかと思えば上下を逆にして、シュヴァインがアルトゥールの股間に顔を埋めた。今まで何度となく口にしてきた奇形種のような巨大な陰茎を口に含む。口を窄めて舌を絡めているともっと奥へと言うように手荒に髪を掴まれてペニスを喉奥へ含まされた。それに逆らわずにシュヴァインは喉輪を開いて食道にまで亀頭を受け入れる。懐かしい精の香りに頭がくらくらとする。気づけばシュヴァインは己の下肢に手をやり、自身の雄々しく立ち上がるペニスを慰めていた。アルトゥールが腰を激しく使い、シュヴァインはその動きに付いていこうと必死に頭を前後させる。頬を窄めて強く強く亀頭を吸い上げると、大きく引いた腰が突き入れられて食道を越えて胃の入り口まで亀頭が捻じ込まれた。喉が裂けてしまうのではないかという激痛の中、びくんと身体を震わせたアルトゥールが勢いよく精を放つ。喉を懸命に上下させて太い肉棒を刺激してやりながら、シュヴァインも己の手の中に果てた。
アルトゥールが一息ついたとばかりにワイングラスを手に取る。そのワインの横にはファルの生首が飾られている。
「こいつの血はなかなかに美味いぞ」
そう笑うアルトゥールがファルから搾り取った血肉が混じるワインを口づけて寄越す。シュヴァインは喜んで口を開き、それを咀嚼し喉奥へと流し込んだ。人を食うのは初めてではない。今回はそれがファルだったというだけ。そう言い訳じみた言葉が浮かぶのは、アルトゥールが僅かでもファルに心を寄せていたせいかもしれない、ただファルの絶望に見開かれた濁った瞳が二人の交接を見つめているからかもしれなかった。
地下広場は地獄絵図だった。
殺された多くの者は手足を捥がれて生きながらにトルソーにされ、絶命するまでその身体を弄ばれていた。死んだ後は汚く食い散らかされる。食い残しは城から放り出されて下級の魔物たちに骨のひとかけらまで食われた。
「なぁ、シュヴァイン。お前を抱いていた男の具合はどうだ」
「……っんぁ、よう、ございます。死んでから日が経っているせいか、少し緩うございますが」
魔物たちの饗宴は二日目に入ろうとしていた。魔物たちの一日はつまり人間にとっての一月。ファルの腐った死体にペニスを突き入れながら、もう一月もこうしているのかとシュヴァインは面白く思った。背後から女を片手に抱きながらアルトゥールが腰を使ってくる。シュヴァインの奥深くにあの醜悪なペニスが押し込まれていた。シュヴァインとの性交は基本二人きりで行われたが、時折、女や男を引っ張り込んでアルトゥールは楽しんでいた。多情なのは魔物の性だった。シュヴァインは嫉妬する気持ちもないではなかったが黙ってアルトゥールの好きにさせていた。
「あぁ゛っ!アルトゥール、アル、アル……っ!」
「シュー……思いっきり突いてやれ。その男も本望であろう」
「んはぁ……、んッ゛、あひ……ひぁ、ひゃんっ……、ォ゛、おんっ、おほォ……~は、アルぅ」
シュヴァインがファルの遺体の中に果てたと同時にアルトゥールは抱いていた女を突き飛ばし、まるで以前のようにシュヴァインの腰を深く抱き、シュヴァインの胎内へと深く射精した。
「は……ぁ…、アル」
「どうした、シュヴァイン」
「もうこの死体は不要です。腐り過ぎて役に立たない」
「なるほどな、罪人たちと一緒に切り刻んで谷に捨てて来させよう」
シュヴァインの背へと口づけて、アルトゥールは残飯の処理がかりを呼びつける。アルトゥールの腕の中でシュヴァインはただ頷いた。
魔物たちにも受け入れられて、シュヴァインは他の魔物と一緒に人間の掃討作戦に参加した。それはもう陰惨な戦いだった。主だった戦力を魔王討伐に向かわせていただけに、少年兵たちの必死の抵抗も空しく人間界はあっという間に魔物たちの手に堕ちた。
人間たちが降伏までにかかったのはたった半月、魔物たちの時間ではほんの半日だった。
その後の話は魔物たちの聖書に詳しい。ここでは割愛する。人間の暦で翌年の春に大陸のすべての国々が魔物たちの元に着いたということだけ記しておこう。
シュヴァインは魔物の王の側近として二か月を過ごした。たった二か月。その短い寵愛を受けるために彼は祖国を売ったのであった。だが人間の世界にしてはそれは二十年という長い時間だった。いよいよ彼がこの世を去るというその晩にも、魔王アルトゥールはその身体を開き腕に抱き、骨と皮になった身体を愛していた。
「本当に魔族へ転生する気は無いのだな」
「申し訳ありません」
「まぁ、気にするな」
「愛している、アルトゥール」
声にならないその言葉が遺言となった。アルトゥールは慣例に習い、魔王がその毛の一筋までも食らいつくした。
それからアルトゥールの御代は五百年続いた。彼は遂には妻を持たず、遺言はたった一言だった。
「シュヴァインが死んでからつまらんな」
そう言い残し、アルトゥールは首を搔き切った。
これは、そういうお話。
騎士シュヴァイン完結です!感想をいただけたら大変うれしいです!




