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騎士シュヴァイン  作者: 河野章


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 そんな夜が何度も繰り返された。今やファルはシュヴァインの側近としてどこに出してもおかしくない立派な兵士として育っていた。シュヴァインが指揮する小隊とは別に常にシュヴァインの傍に控え、命令を黙々とこなす。兵士としての力量やセンスも飛び抜けており、他の若い兵士たちと比べようもなかった。

「決行が近いと聞きました」

 閨の中で静かにファルが腕の中のシュヴァインに問いかける。

「出陣なさるのですね……?」

「無論だ」

「……敵陣には、シュヴァイン様の想い人がおられるのではないですか?」

 ぴくりとシュヴァインの肩が跳ねる。今まではけして触れられなかったそれ。もう過去のことだと何度も言い聞かせてきたかつての恋人の姿。

「勘違いだ」

「ですが」

「お前の勘違いだ!ファル!」

 鋭く一括するとファルが背後で身を硬くしたのを感じた。そしてそっとベッドから出ていく。シュヴァインはそれを引き止めはしなかった。あのことは、彼のことは未だ己の中で整理がついていない。胃や整理がつくことなど永遠にないだろう。それほど深くに根を張ってしまった、あの存在が。他人と思い出だと割り切り語り合うことは出来なかった。

 明日は結構前の最後の軍議だ。早く寝なければならない。そうは思うのに夜が白々と明けてきてもシュヴァインは眠りにつくことが出来なかった。


「……というわけで、地下のこの広場へ魔物たちを一堂に集め、一網打尽にするという作戦です」

 シュヴァインが作戦をそう締めくくると会議に参加していた面々から同意を示す頷きや声があちこちから上がった。ただクラウスだけが首を微かに横に振った。

「魔物どもを集めるのは良い。だが、戦力のほとんどをこの小さな地下広場へと集めるのは危険に感じる。これでは、牢獄の更にどん詰まりだ」

「心配は無用です。この場には必ず魔王が登場します。奴は気位が高く、負けず嫌いだ。自身の城に入り込まれて、挙句に多くの部下や同胞たちを殺されておめおめと逃げ出すような臆病者ではない」

「まるで見知っているかのようだな」

「……三年間で色々ございましたから」

「なるほどな。……分かった。では、これを最終フェーズとして、この戦いに終止符を打つ。決行は十日後の深夜。魔物どもが一番騒ぐと言われている刻限だが、逆に良かろう。奴らに引導をくれてやれ!」

「「「おう!」」」

 会議の場である大きな天幕が揺れるような決起の声だった。いや、必死の声だったかもしれない。人間側の勢力はもうこのアーチー卿の城に残る僅か数百名の兵士たちのみだった。もし彼らが全滅すれば、戦場には少年兵が送られることになる。少年兵たちはただの捨て石だ。遠い地から大人の兵士たちを運び育成する間、何とか持ちこたえてくれれば良いというだけの捨て駒。その数は一万二千。そのほとんどが故郷を踏めず二度と家族と会えないだろう。

「それだけは避けなければならぬ……」

 シュヴァインは小さく呟く。ファルのような子供を、自分のような子をこれ以上増やしてはならない。

「シュヴァイン様」

 ファルが天幕を出たところで駆け寄ってくる。逞しく成長した彼の姿を見るだに、シュヴァインは頼もしく輝かしく思いつつも後ろめたい思いが胸を過る。

「ファル、其方の首尾は」

「問題ございません。ありったけの弾薬と武器を集めました」

「量はそんなになくても良い。ただ魔物を切れる武器が欲しい」

「城へと向かうのは二百名でしたか」

「その内、地下まで足を運ぶのは三五名だ、私とお前を含めてな」

「はい、十分に武器はございます」

「頼んだぞ」

 シュヴァインは瞳を細め若者を見つめた。あの夜以来ファルとは肌を重ねていない。だが、この瞳を見つめることができるのも後十日かもしれない。そんな思いがシュヴァインを駆り立てた。彼らしくない焦燥に焦がれる。天幕に戻りシュヴァインはベッドへと腰を下ろした。若い少年だったころのようにファルが何くれと鳴く世話を焼こうとするのを制する。

「ファル」

「はい」

「今宵、夜伽を命じる」

「はい。──え」

「二度は言わんぞ」

「は、はい!」

 喜色に涙まで浮かべてファルが頭を下げる。自分には抱かれてやることくらいしかできない。それから毎晩、シュヴァインは真心を込めてファルへと奉仕し身を捧げた。彼の誠意や忠誠、恋慕に身体をくれてやる以外の方法をシュヴァインは知らなかった。


 十日後。

 夜が更け月が昇り始めた刻限にシュヴァイン達二百名の精鋭たちは迷いの森の入り口近くに集っていた。寒風吹きすさぶ嵐のような夜だった。それにもかかわらず森の木々はそよとも靡かない。静まり返った静寂のみがそこにあった。

「しかし、この森を通って行くとは……誰も、魔物でさえ思いつかないだろうよ」

 クラウスが戦闘で森へと分け入っていくシュヴァインへ声をかけた。シュヴァインは小さく笑みを返す。

「私は、魔王の耳の後ろの鱗を持っております。これは奴と繋がっております故、迷わずにこの森を進むことができるのです」

「なるほどな。そのようなものをどこで手に入れたかというのは……」

「知らぬが宜しいかと」

「……分かった」

 ファルがその話を聞き傷ついたような顔をしたのをシュヴァインは無視した。ファルは聡い。シュヴァインが行方をくらませた三年間誰と過ごしていたのか、その身を内側から作り変えた相手が誰なのか、それに気付いたのだとしても言ってやれる言葉は無かった。

 シュヴァインは心が異様に高揚している自分に気付いた。

 森の空気さえ懐かしい。湿った、おどろおどろしい影を落とす木々、虫一匹さえ生きてはいない死の森。ここで過ごした日々とかつての恋人を思うと、自然と微笑みさえ浮かぶのだった。

 もうすぐ会える。

 どのような形でも、一目その姿を見たかった。そのために「この計画」を立てた。

 森はほんの一時間で抜けることが出来た。その先は魔物たちが住む、死の都。デルヴォード。魔王の居城はその中心に黒々とそびえ立つ、歪な教会にも似た城だった。勿論、魔物たちに信仰心などないだろう。だがたった一つ、畏怖。その思いが彼らにこの城を作らせたに違いない。人間が神を時に敬い、時に恐れるのと同じかと思うと皮肉だった。

 二組に分かれて、街を抜けるのに数時間。精鋭ぞろいとはいえ、魔物たちが跋扈する街中を抜けるのは容易ではなく、一人また一人と兵士たちは減っていった。最後に魔王の城前へと集結できたのは一二三名。

「……予想以上に残ったな」

 その呟きはファルの耳にだけ届いた。心のこもっていない、淡々と事実だけを述べたようにも、それを残念がっているようにも聞こえた。

(どうかしている、俺は。シュヴァイン様に限ってそのような……)

 だがこの胸のざわつきはなんだ。立ち入ってはいけない禁足地へと足を踏み入れてしまったような、底なし沼に首まで浸かってしまったような、この不快感は。目の前にいるこの男こそ魔王ではないか。

(そんなことはない、シュヴァイン様は俺を選んでくれた。この十日間の蜜月を忘れたか)

 何年も想い続け、行方不明の間もけして諦めずに探し求め続けた主。シュヴァインこそがファルの世界のすべてで、シュヴァインのいないこの世などもうファルには想像もつかなかった。それほど、彼に溺れていた。

「手筈どおりだ。地下へ、城へと入るのは私と私の小隊とファル、クラウス殿の精鋭部隊のみだ。他の者は城を見張り、万が一の時のための退路を確保しておいてほしい」

 無言で全員が頷き、鎖帷子や鎧の擦れる金属音が微かにした。

「行くぞ」

 シュヴァインの人としての声を聞いたのはこれが最後だった。

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