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騎士シュヴァイン  作者: 河野章


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 人間の領土の端、ちょうどアーチー卿の領土の端にシュヴァインは打ち捨てられた。

 魔物たちの侵攻により、アーチー城は落ちた様子だった。仕方ない、もう3月は経ったはずだ……。しかし、どうしたことだ。短い夏の前だったはずだ。今はもう冬前の寒さで渡り鳥たちが渡ってきても良い頃だ。だが、周囲は短い草が茂り、木々は青々と青く日の光に映えて、体感も随分と温かい、というよりは少し汗ばむような陽気だった。

「ああ!シュヴァイン様!シュヴァイン様ではありませんか!?」

 遠くから青年の声がした。シュヴァインは転がされたまま顔を動かす。聞き覚えのある声だった。もっと若く透き通った声だったが、あれは……あれは、確かにファルの声だ。

「ファル!ここだ!私だ!シュヴァインだ!」

「シュヴァイン様!!」

 背後で膝をつき、ナイフで戒めを解かれる。ばっとシュヴァインは身を起こす。振り向きざまに少年の肩を抱いてやろうとした所で、その姿が己の知る少年ではなく成長途中の青年のものであることに気付く。その短い赤毛の下に見える明るい緑の瞳、すっきりと整った顔立ちには大人っぽさが漂っていた。手はごつごつと骨張り、喉仏がすっかり発達した二十歳前後の若者がそこにいた。面影は確かにあった。しかし、立派な兵士の姿をした自分の従者は己の知らぬ間に成長していたようだった。

「ファル!私はどのくらい不在にしていた!?」

「シュヴァイン様!?何をおっしゃっているのか……シュヴァイン様がおられなくなってからもう三回も季節は回りました。ご存じのように、人間軍は大敗中です。けれどもう大丈夫です。シュヴァイン様がお戻りになられた」

「三年……」 

 たった三か月の筈だった。あの森の中では時間さえこうも人を惑わすのか。

「十騎士の内、その半数はもう失われました。後輩から新しい十騎士を結成する動きも出ていますが……とりあえず、わが軍の駐屯地へ」

 涙を拭きつつファルがシュヴァインの前に膝をつく。シュヴァインは以前と変わらぬ忠誠を捧げる従者にふと不思議に思い聞く。

「お前はこんな戦場跡地で何をしていたのだ」

「シュヴァイン様をお探ししておりました。ほとんどの方は、シュヴァイン様は亡くなったのだと言っておりましたが……私はこの目でその躯を見ぬ限りはと。日夜、暇を見つけてはこのこの地を彷徨い歩いておりました」

「何ということだ」

 思わず、シュヴァインは目の前の青年を強く抱きしめていた。ファルは身体を硬直させてその抱擁を受けていた。

 帰ってきたのは間違いではなかった。ここには自分を待ってくれている人がいたのだ。

「帰ろうか、ファル」

「はい!」

 青年の成長を頼もしく思いながらシュヴァインは胸に迫る思いをなんとか表情に出さずにその地を後にした。

 

「シュヴァイン殿!帰還したと聞いたぞ!」

 半日を使いボロボロの前線基地へと辿り着いた二人を十騎士長のクラウスが出迎えた。先に伝令鳩をファルが放っていたのだ。十騎士のシュヴァインが戻ってきたと。クラウスは片腕でシュヴァインを抱擁した。続々とテントから兵士たちが顔を出す。あれがあのシュヴァインかと、誰もが目を見開いていた。その中に自分の指揮していた小隊の面々を見つけ、シュヴァインは手招く。多くの兵士たちが死に、又は怪我や病で戦場を去った筈が、小隊の隊員は一人も欠けることなくシュヴァインの前に頭を垂れた。

「良く生きていたな」

「シュヴァイン様も。一同、ご無事のご帰還を信じておりました。……いえ、本当はほとんど諦めておりました。ファルだけが、本当に貴方の生存を信じておりました」

 隊長のアルスが少し言いよどみながらも誇らしげに胸を張る。改めてファルを振り返ると青年は既にシュヴァインの傍で着替えを捧げ持っていた。

「お召し替えを。随分と傷んでいるようです」

「お前はもう兵士なのだろう?私の身の回りの世話をしなくとも」

「いえ、私はシュヴァイン様にお仕えしております。隊は除隊致します」

「待て、兵士として在籍していれば除隊後にも色々と手当が」

「そんなものいりません。貴方にお仕えできれば、私は!」

 押し問答の末、間に入ったのはクラウスだった。

「では、ファルは私の元からシュヴァイン殿の元へ派遣することにしましょう。元々、私の軍の歩兵です。兵士の籍は残したまま、以前のようにシュヴァイン殿に仕えれば良い」

 その答えに感謝しますとファルは嬉し気に頭を下げる。シュヴァインも自分より身分の高い戦友にそこまで言われては受け入れざるを得なかった。

 すぐにテントが一張りシュヴァインのために用意された。シュヴァインの少ない私物は主にクラウスが保存してくれていたようだった。自身の匂いが薄れた私物たちは、けれど新しいテントの住居になぜかしっくりと馴染んだ。

 改めて、シュヴァインは肩から力を抜いた。わが家だ。三カ月ぶりの……いや三年ぶりだ。だからか、ファルとの距離も測りづらかった。

 青年は明らかな熱情を持ち、シュヴァインの一挙一動を見守っていた。湯を借り、足を洗われる。何度も目元から溢れる涙を拭う。綺麗に足を洗い上げたファルが誇らしげに笑みを浮かべた。

 ふと、身体や精神がひどく疲弊していることに気づいた。

「今日はもう休もうか。流石の私も疲れたよ」

 言葉にすればそれは真実だった。明日はこの三年間のことを根掘り葉掘り聞かれるはずだ。ファルがすぐにベッドを整える。毎日木の洞で身を縮こまらせて寝ていた身だ。久々のベッドは簡易な戸板で作られたものだが、たっぷりと綿や布を使ったそこはまるで天国だった。身体を伸ばせばあっという間に眠りにつけそうだ。だが、足りない。圧倒的なあの存在……。毎朝、毎晩、抱いて寝たあの身体。

 ──駄目だ。それだけは……。

 叫ぶ己を無言で圧する自我がある。盥を片付けて下がろうとする青年にシュヴァインは声をかけた。

「ファル、添い寝を申し付ける」

「は、……は?!」

 ファルは目を大きく見開いて手に持っていた明日の朝のための洗面具を床にガシャンと落としてしまった。


「今夜もまだ作戦会議ですか?」

「ああ、先に寝ていなさい」

「いえ、まだ起きています。……寝るのは一緒が良いです」

 すり……と背後から青年の腕がシュヴァインの腰に回される。恋人兼従者のファルだ。夜も遅いのでもう既に夜着に着替えている。

 シュヴァインが戻ってから半年が経っていた。人間軍はその陣地の端をじりじりと後退させながらも、どうにか戦線を保っていた。

 シュヴァインの帰郷が兵士たちを奮い立たせた。シュヴァインは迷いの森から魔物の国へと迷い込んだことになっていた。なぜなら、シュヴァインが魔物たちの生態に詳しく、魔王が住む城の内情に詳しいのが決め手になった。何のことはない。魔王の城とはアルトゥールの故郷のことだ。アルトゥールの話に偽りはなかったようで、魔物に捕えられたが逃げ出したという兵士たちとの証言ともしっかり合致していた。

 人間軍の最後の戦いが目前に迫っていた。

 兵士たちの数も長年にわたる戦いで少なくなっていた。次の兵士たちが育つまでの少年兵の投入も話に出ているほどだ。その戦いに終止符を打つことができるかもしれないと、最初で最後のゲリラ戦に突入することが決められた。

 その指揮を執るのは勿論シュヴァインだ。

 これがアルトゥールを追い詰める作戦なのは百も承知だ。だがやり切らねばならない。シュヴァインが人間である内は。

「疲れたな」

 今日も作戦の最終シミュレーションをして夜更けに自分のテントにまで戻った。何となく口から出た言葉をベッドの中でファルが聞きとがめる。

「少しは眠ってください」

「……眠れないんだ」

「では、眠れるように私がお慰めしましょう」

「すまないな」

「すまないと思ってくれるのならば、私を……本気で受け入れて下さい」

 切ない呟きと共に、身体の奥深くに若い雄を感じた。腰を打ち付けられて、身体が跳ねる。固く抱きしめられてはその身を抱き返す。名を幾度となく呼ばれて、その声に応えれば応える程、律動は激しく速くなっていく。

 アルトゥールとの身体の交わりとは違い、人間との交わりには限界がある。まだ若く精気旺盛な青年であるファルも三回も果てればぐったりとその身をベッドへ沈めた。

 まだまだ欲しいのだと、その若い陰茎に手を伸ばすと駄目だと言うように手を阻まれる。その手を軽く噛み、シュヴァインはやや強引にペニスを口に含む。若い身体はその快感に申し訳程度に頭をもたげる。そのわずかな硬さを求めて、緩んだアナルへとあてがい一気に押し込む。そう、人間の性器ではアルトゥールを受け入れることに慣れ過ぎた身体では温く感じた。そのせいで、すでにファルにはこの三年間の間、誰かに身体を許していたのだということを知られている。ファルは聡い。その相手がもしや人間ではなく魔物かもしれぬと分かっていても、シュヴァインへの忠誠と恋心から言葉にはしないでくれた。

 ただ、時折。先ほどのように、自分を受け入れてくれと懇願するのみだ。

 シュヴァインもその言葉の意味が分からぬほど朴念仁ではない。だが、身体が心が、忘れられないのだ。強烈に焼き付いた、友の……たった一人の恋人の存在を。その裏切りを。

 中で次第にファルが硬く太く育っていく。その瞬間、下になっていたファルが身体を起こしシュヴァインの厚い身体を組み敷く。年齢差は四十近くもある。だがベッドの中では主従の関係も年齢差もなく、ただただ貪る性と貪られる性があるのみだった。

 太い屹立が隘路を分け入り、なかなか常人では到達しない結腸の入り口を亀頭で叩かれる。シュヴァインは他の雄との性交経験がない。だから、そこまで到達する性器が普通よりもはるかに大きなものだということを知らなかった。ただその奥にペニスを埋められると痛みを遥かに超えた快感を得られるのを知っていた。だから、ファルにそこへ深々とペニスを突き刺されると声が我慢できなくなってしまう。

「お、お……ん゛っ、あひぃ~…ひぃ…ひぃひぃ……ふぅ、あっ…あっあっあっあっ」

「あまり声を上げては、ダメ、ですよ……はぁ……本当はもっと喘いで頂きたいんですけど」

「ファル、ふぁ……る……んはぁ、はぁ……──~~んひぃ」

「ああ、堪らない。すみません、そろそろ、出しますね」

「なか、なかに……ほしい、ファル……ファル、お前の精をくれ……」

「は、……~~っ出します、ね」

 身体や後始末を思えば中に出すべきではないとファルはいつもシュヴァインを事前に諭す。シュヴァインもそれは重々承知している。だが、どうしても最後までされないとあの熱を思い出してしまう。あの、冷たい悪魔の、熱を。

「────~~っ!」

 身体の深部で熱が放出される。何度目だったろうか。もう分からない。ひときわ高く声を上げたシュヴァインの口を塞ぎファルがしっかりと口づけをする。互いの呼吸を貪り合うようなキスは唐突に終わり、心底嬉しそうにふにゃりとファルが微笑む。

 その一瞬だけ。

 シュヴァインはあの男の影を忘れられるのだった。

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