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【現代】ショートショート

今日はソイラテで~小さなすれ違いと、歩み寄り~

作者: 夏灯みかん

「ソイラテって意味わかんなくない? 意識高い系っていうの?」


 仕事帰りに待ち合わせして寄ったカフェのメニューを見ながら、彼氏の拓海が呟いた。

 ドリンクメニューの上に、注意書きで「※ソイミルクに変更可能」と書いてあるのを指さして。

 それから「カフェラテ、一つ」と注文した。私はそれに「二つでお願いします」と付け足した。


 ――実は、私はソイラテの方がカフェラテよりも好きで、いつもこのお店ではソイラテを注文している。ミルクよりもあっさりとして優しい甘さのソイラテが、疲れた胃にぴったりだったりする。


 ――けど、ああいうコメントのあとに、ソイラテをあえて頼む気持ちにはならなかった。


 それから、夕食に私はサンドイッチプレートを、拓海はパスタプレートを注文する。


 席についてからも、拓海はソイラテについての文句を続けた。


「豆乳ってまずくない? なんでミルクの代わりにしようと思うわけ?」


 カフェラテを飲みながら、そう言う。

 いや、ブラック飲んでるなら、まだなんとなくわかるんだけど、カフェラテ飲んでてソイラテの文句言う? 

 拓海がソイラテをディスるのは、今日に始まったことじゃない。

 カフェでソイラテを見るたびに、何かしらの文句をつぶやいている。

 だから、拓海といる時、私はいつもソイラテを頼まない。

 ソイミルクは拓海にとって親の仇かなにかなの? どうでもよくない?


 拓海はブラックは飲まない。いつもカフェラテだ。

 がっしりした体格の拓海がカフェラテを注文していたのを、最初は「かわいい」なんて思ったりしたけどなあ。

 ――なんて、付き合いだしたころを思い出していたら、料理が来た。


 ここのカフェは、雰囲気がよくて私のお気に入りだ。

 仕事終わりに、たまに一人で寄って、本を読みながら夜を過ごすと、とても充実した気持ちになる。

 拓海が最近疲れてるっていうから、一緒に来たらリラックスできて、いいかなって思ったから、連れて来たんだけど。

 

 私の頼んだランチプレートは、夏らしい涼し気なガラスのプレートに乗っていた。

 撮影しようと、バッグからスマホを取り出そうとしたとき……拓海が呟いた。


「うわ。写真より量少なくない? この値段でこの量かあ。コスパ悪……」


 私の中の、何かのメーターがぐぐぐっと上昇した。

 息を吐いて、微笑む。


「拓海には少ないかもね……私にはちょうどいいんだけど」


 拓海はお腹が減っているんだ。

 私がおすすめするお店のセレクトを間違えただけ。

 仕方ない。ソイラテをなぜか嫌っていたって、コスパが気になるのだって、大したことない、どうでもいいことだ……と思い込もうとした、次の会話で、私の“メーター”が振り切れた。


「この前、昼に同期とふらっと入った定食屋が、当たりでさ」


 拓海はスマホのアルバムを見ながらつぶやいた。

 私は画面を覗き込んだ。拓海が料理の写真を撮っているのは珍しい。

 スマホの画面越しに、赤ちょうちんがゆらいでいる。

 古びた路地裏の定食屋の写真。小学校の図工の教室にあったような、傷だらけの板の机の上に乗ったどんぶりには、山盛りの唐揚げと、キャベツが崩れるか崩れないかの絶妙なバランスで乗っている。


「すごいバランスで乗ってるね!」と言おうと思った時、拓海がため息交じりに呟いた。


「加奈はきっと、こういうとこは無理だよな」


 自分でもびっくりするぐらい、とがった声が出た。


「……行ったことないのに、どうして決めつけるの?」


 拓海も顔をしかめた。


「何怒ってんの? 前テレビで似たような店やってたとき『こういう汚い店無理』とか言ってたじゃん」


「そんなこと、言った記憶がないけど」


「いや言ってたよ。何回か言ってた。だから、気を遣って、そういうとこは誘わないようにしてたし」


 私は頭を抱えた。


「……そんなこと、言ったっけ」


「言ったんだよ。だから、気を遣ってた」


「……私だって、カフェラテより、ソイラテ派なんだよ! 本当は!」


 思わず大きい声を出した私に、拓海は目を丸くした。


「カフェラテだと、なんとなく胃が重くなるの!」


「いや、何、急に」


 夜のカフェ。響いた声に、周りのお客さんが何事かとこちらを見る。

 その視線に気がついて、私は周りを見回して、すとんとソファ席に座った。


「――拓海が、いつも意識高いとか変なこと言うから、いつも頼まなかった」


「俺そんなこといつも言ってる? 別に好きなら頼めばよくない?」


 困惑した様子の拓海を見て、頭を抱える。

 いつも私にそういうことを言ってた記憶がないのね。

 私にとってのソイラテが、拓海にとっての裏路地の定食屋なのかもしれない。


「――私も気を遣ってたってこと」


 でも、喧嘩をしたいわけじゃない。


「私も、変なこと言ってごめん。拓海のおすすめの店なら、普通に、連れてってほしい」


 そう言うと、拓海は考え込むように机の上のカフェラテを見つめた。

 それから、立ち上がって言った。


「――ソイラテを頼んでくる」


「――え?」


 拓海はそのまま手元のタブレットメニューでソイラテを選択し、注文ボタンを押した。

 気まずい沈黙の中、店員さんがソイラテを持ってきた。

 拓海はそれを手に取ると、一口飲んだ。


「……意外と、おいしい」


 うん、とうなずいて私を見た。


「食わず嫌いだったかも」


 私はなんだか胸が熱くなって拓海の手をとった。

 この人の、こういうところが、私は大好きだ。


「――お腹減ってるでしょ? このあと、別のお店行く? さっきのお店、近くない?」


「いいの? 加奈は食べないだろ?」


「唐揚げ一個分けて」


 拓海は追加で来たソイラテを飲んで、にっと笑った。


「一個食べたら、二個食べたくなると思うよ」


 その後、私たちは拓海が最近発見したという、その裏路地の定食屋に行った。

 サクサクの衣に包まれた唐揚げは、脂っこくなく、塩味がさっぱりときいていて、私は結局、四個食べた。


 ◇


 それから一年。

 私と拓海は、また同じカフェで夕食後の飲み物をゆっくり飲んでいた。

 あれから、仕事帰りに夜に会う時は、あの定食屋で夕食を食べて、このカフェで食後にゆっくりラテを飲みながら話すのが日課になっていた。


「今日は俺もソイラテにしておく」


 拓海がタブレットで注文を入力した。

 あれから、拓海はたまにソイラテを頼む。

 拓海はお腹を見ながらぼやいた。


「なんか最近腹に肉ついちゃってさあ。ソイラテの方がヘルシーな感じするじゃん」


「意識高いね」


 そう言うと、拓海は「あはは」と頭を掻いた。

 

「一緒に式までに、ダイエット頑張ろう!」


 私は彼の背中を叩くと笑った。

 私たちは来月、結婚する予定だ。


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