幼なじみ(マリィ編)
ヴェンアーラントの森の、小さな広場。
そこでは、年長者が魔法の使い方を教えてくれています。
「マリィ! まだできなさそう?」
「ごめんなさいぃ……」
マリィ・カリュアス十歳。
苦戦しています。
「みんなもうできたよ? こう……、パアッとやるのよ、できる?」
「うぅ~……」
「私できたー!」
「すごーい! 蔓がこんなに伸びたぞーっ!」
「競争だよ~!」
「…………っ」
他の子達が楽しそうにじゃれ合って、どんどん進んでいくのを、マリィはいつも横から見ているだけです。
「……っ。ハマドリュアスの姉妹よ、力を……っ。螺旋!! …………」
ぐしゃっ、と音を立てて、土から泥の塊が吹き出て、それがくるりと円を描きました。
本当は、地面からは蔓が生えてくるはずだったのです。
「魔方陣が悪かったのかな?」
「うぅ……ごめんなさいぃ……」
子どものうちは、詠唱だけでは魔法が安定しません。
だから、魔方陣を描いて、その陣の上に発動するようにするのです。
もし、マリィが「もう一度、お手本を見せてください」と、すぐに言えたらいいのですが、
「ひゃっほーう! 今のうちに遊ぼうぜ!」
「マリィができるまで、自由時間だ!」
『マリィ待ちの時間』ができると、恥ずかしくて、恥ずかしくて、マリィは全然動けなくなります。
「えぇーと、ここがこうだから……」
なんとか、魔方陣の見本を、紙に書いてもらうことが出来ました。
それを見ながら、お家で練習します。
先輩の、陣の書き順は……こんな感じでした。
もっと……もっと……。
お家で練習すると、なんとかできるようになって、でも全然ほっとなんかできません。
次に皆の前でやるとき、もう一度できるか、分からないからです。
それは、夏が終わりかけた頃でした。
マリィは森にアケビを採りに行って、迷子になってしまいました。
朝に森に入ったので、まだ、昼頃だとは思います。
だけれど、朝にあんなに晴れていた空は今はどんよりしていて、こうなると道が分からなくなります。
マリィは、他の子と違って魔法が上手じゃありません。
だから、道を調べる魔法も分かりません。
マリィの家は、村の端っこです。
だから、ひとりで森へ入っています。
「どうしたらいいんですかぁ……」
籠いっぱいのアケビがあっても、お家に帰れなければ意味がありません。
マリィは、歩くのに疲れて、倒木に腰掛けました。
そんな時です。
茂みの向こうから、なにやら騒がしい声が聞こえてきました。
「絶対こっちだって!!」
「待てよ!」
「? なんでしょう……?」
ガサガサと音を立てて、現れたのは――……。
「わっ! こんにちはっ!」
「ひっ、……っ!」
姫様!?
なんと、アイシャ姫だったのです!
マリィの家は里の端っこですけれど、さすがにアイシャ姫のことは知っています。こんなに近くで見たのは、初めてです!
空も急に晴れてきて、姫様のお顔を照らし始めます。
姫様は、なんだかキラキラしていて――
――マリィは、どうすればいいか分からなくなりました。
隠れた方がいいんでしょうか? 高貴な方と目が合ったら、不敬でしょうか? いえ、それよりも挨拶をされたような……!? 無視してしまった? 早く、なにかしゃべらないと、それこそ不敬でしょうか?
そんなことを考えていると、男の子の声がしました。
「誰だ? 知り合いか?」
「ひぃっ!?」
姫様に気を取られて、全く目に入っていませんでした。
姫様のすぐ後ろには、人間の男の子がいたのです!
むすっとした顔で腕組みをしていて、なんだか怖い感じです。
最近、やってきた人間。そのことは知っていましたが、……マリィにはやっぱりなんだか怖くて、今まで近付いたことはありませんでした。
姫様は、そっとマリィに近付いてきました。
「大丈夫? 迷子?」
「え……っと……はい」
「どっちも迷子なんじゃん!」
「ひぃっ!?」
「ちょっとキール!!」
姫様は、人間の男の子と対等にお話ししています。だって、種族が違うんですよ。すごいなぁ、と思いました。
「お前が『絶対こっちが出口~』とか言うから付いてきたのに、行った先も迷子じゃん!」
「待って! 逆に考えるのよ、つまりこれが正しいのよ!」
「は?」
「これは、迷子同士が会う運命だったのよ! いっしょに行動すればいいっていう、精霊の思し召しよ!」
「……まぁ、いっしょにいたほうが捜索も楽だろうな。大人が」
「え……と……」
姫様が、マリィの手を取りましたので、とても驚きました。手に、一瞬で汗が噴き出るかのような感覚がしました。
「私、アイシャよ。あなたのお名前は?」
「ま……マリィ・カリュアスです。……姫様」
「アイシャでいいわ」
「あ……アイシャ、さま……」
ふわりと、アイシャ様は笑いました。
生まれは関係なく、彼女が姫であることが分かりました。
「……あっ」
ふと、気がつきました。
空が晴れたので、気がついたのです。
「どうしたの? マリィ」
「雲ですぅ。……えと、雲って西から東へと流れていくことが多いので、雲が向かってくる方向が西……なのかもですぅ~……。マリィの家は東の端で、東の森へと入りましたぁ。だから、雲が流れてくる方へ歩いて行けば、里にでるかも……しれません」
「すごい!!」
「詳しいんだな!」
「……えっ。あ……その……。マリィは、よく迷子になっちゃうので、そのぉ……、何度も失敗して、お家で復習して、それで……そのぉ……」
「行ってみましょ!」
「あっ」
アイシャ様は、マリィの手を取って歩き出したのです。
アイシャ様の手は、小さくて、柔らかくて、……とても温かな手でした。
やがて里が見えてきて、こんなに安堵したことはありません。
アイシャ様は笑って喜んでくれて、マリィは本当に嬉しくなりました。
それから、数日後。
マリィは居ても立っても居られなくなって、アイシャ様の様子をこっそり見に行きました。
アイシャ様はマリィとは違う魔法の習い場で、魔法の練習をしていました。
「あ! マリィ! こっちにきてよ!」
「え……あ……はいぃ……」
こっそり見てたはずなのに、すぐに見つかってしまいました。
……アイシャ様が優しくて、だからマリィは、魔法の習い場をここへと変えることにしました。
「ねっ! マリィ。様付けやめてもいいのよ?」
「う……っ。でもぉ……」
「考えておいてね」
そう言ってアイシャ様は笑います。
それから、数日が経ちました。
何度か一緒に魔法を練習したマリィ達は、今日も魔法の練習をしに、習い場へとやってきました。
先輩ドリアードが指導してくれます。
「このとき、魔方陣はこう描きます」
「…………」
「俺、できた!」
「わたしもー!」
「…………」
相変わらず、マリィは時間がかかります。
でも。
「あとはマリィと、アイシャ様だけね」
「アイシャ様ぁ~……」
「はっ! ごめんちょっと考え事しててっ! で、なんだっけ?」
「治癒魔法ですよぉ~。魔方陣は、こんな感じでぇ……」
「助かるわ! ありがとねっ!」
私がゆっくり魔方陣を描いていても、隣に座るアイシャ様は、急かしたりしませんでした。
「マリィはコツコツ復習をやるタイプだから、魔方陣が綺麗ね!」
「…………」
私は、落ち着いて魔法を使うことができるようになってきました。
空は青く、風は清らかで、すべてが輝いています。
「……アイシャ」
「なぁに?」
「……いえ。……アイシャ」
「ふふふ!」
私は、姫様のことをアイシャと呼ぶようになりました。
それから、しばらく経ったある日。
草むらで、マリィとアイシャとキールで遊んでいた時です。
マリィとアイシャは落ち葉を拾って顔を作っていて、キールは木に登っていました。
このあとはキノコ市場にお買い物も行きます。
アイシャが、声をかけてきました。
「ねぇマリィ! キール!」
「なんですかぁ~?」
「どうした?」
キールが木から下りてきました。
もう、人間も怖くありません。
キールも、マリィと同じだと、気付いたからです。
アイシャが、笑顔で言いました。
「私たち、今からでも幼なじみになれるよね!」
「……えぇ?」
「……はぁ?」
マリィとキールは、間抜けな声を出してしまいました。
「俺は十二歳だぞ? 幼なじみって生まれた時からいっしょーとか、三歳からいっしょーとか、……六歳? ……とにかく! なんか……遅くないか?」
アイシャは十一歳で、マリィはまだ誕生日が来ていないので十歳でしたが、でもマリィもそう思いました。
「……嫌?」
「……嫌じゃないけど」
「……嫌じゃないですぅ」
「なんなのその言い方!」
――これを、言っても良いんでしょうか? マリィは、本当に……いいんでしょうか?
恐る恐る、口に出します。
「……う、」
「う?」
「嬉しい、ですぅ……」
「良かったぁ!! あのね、私、ふたりのこと大好きよ!! ずっといっしょにいてね!!」
アイシャはそう言って、いつものようにキラキラと笑いました。
こうなると、マリィは何も言えなくなってしまうのです。
マリィは、アイシャが大好きです。
これからも、ずっと変わりません。
アイシャは姫様で、
でも、マリィの大切な幼なじみなんです。




