幼なじみ(キール編)
キール・クナープ、十一歳。王都でそこそこやってます。
人気の店のチョコレート・流行りの音楽レコード・名門の剣術学園。
すべてがそろっていたけれど、どれもちょっぴり俺には足らない。
「おい、またキールが一位かよ!」
「かーっ! あいつに演習では敵わねぇって!!」
騎士になるための学園で、同級生が噂する。
「あいつ、噂じゃ飛び級で準騎士試験受けるってよ」
「父親が王軍第三騎士団の団長なんだろ? 将来明るいやつはいいよなー」
「俺らの成績じゃあ、夢は叶いそうもないぜー」
「…………」
夢なんてはっきりしたものはないけれど、剣は楽しいし、成果も出てる。いずれ父さんのように王様の騎士団に入るんだろう。
そう、思ってたんだけど……。
「え!? 王都から引越し!? 森に住む!?」
三月の学園の春休み、自宅で俺は、父さんからとんでもないことを聞かされた。
「ちょ、ちょっと待ってよ! なんでそんな急に……っ」
「任務だ。来月からヴェンアーラントの森に暮らすドリアードを守ることになった。これは王命だ」
「母さんも行くわよ。なにせ、任期は十年だもの」
「じゅっ十年っ!?」
食べかけのお菓子を、ぽろりと落とす。
十年って十年って、なんだよ!
「ありえないんだけど!!」
「キール、これは王命だ。お前が付いて来なくても、私は行く。ただ……」
「?」
「お前がいないと、私たちは寂しい」
「…………」
そういうわけで、俺は父さんたちに付いて、引っ越すことになった。
行き先は、ヴェンアーラントの森。ドリアード領だ。事前に本で調べてみたけど、ドリアードってのは木の妖精?精霊?みたいな加護をもってて、それで精霊の大樹を守って暮らしているらしい。だから森からは滅多にでてこなくて、それで俺達は見かけたことがないんだ。
世界樹に力を送れるのはドリアードだけだから、王様は自分の騎士を派遣してでもドリアードを保護することにしたんだそうだ。
でも、それで俺の父さん(と部下達)が選ばれるっていう……。
護衛団の人数はそんなに多くなく、子どもを連れた騎士はほとんどいなかった。大人ばかりの隊列を見る度に、「友達できねーじゃん……」と、思ってしまう。
ヴェンアーラントの森は遠く、辿り着くまでに何日もかかった。
途中立ち寄る町が、だんだん、だんだん小さくなっていって、「ああ、田舎に行くんだなぁ……」と思った。
王都にはなんだってあった。人気の店のチョコレート。流行りの音楽レコード。名門の剣術学園。そのすべてが、これからはないんだ。
森に入ってからの足場は悪く、俺は初めてはいる山に四苦八苦した。
木の根に躓き、落ち葉に滑り、転びに転んだ。
鬱蒼とした森は歩くのも不安で、魔獣の遠吠えに体が震えた。
「うわっ」
どさっ、と地面に顔が落ちる。……何回目だろう。
「キール、もうすぐだ」
「ドリアードの里が見えそうよ」
父さんと母さんがそう言って励ましてくれたけれど、俺はなかなか起き上がれない。
起き上がったら、里までもうすぐなんだろう? なんにもない、田舎の集落に。
「あれが里の入り口じゃないか!?」
「やった!」
門らしきものを見つけた団員が言った。
わっとみんな足取り軽く進んで行って、俺は最後尾でまた転ぶ。
「父さんたちは女王陛下に挨拶がある。先に行くけど、まっすぐ来るんだぞ」
「荷物を置いたらもどってくるわね」
父さんと母さんもいなくなって、俺はひとり、草むらの中。見上げた先は青々と生い茂る枝葉で。
「…………」
俺は、がばっと起き上がる。
くっそー! 暑っちぃし歩きづらいし田舎だし! 汗だくだし! 鬱蒼とした森だし! わけわかんない任務だし!
「んがーーーーっ! 俺はこんなとこっ」
来たくなかった、って、言うおうと思ったんだ。
だけど。
「こんにちはっ! 私アイシャっていうの! あなたのお名前は?」
「…………っ」
それは、花の妖精みたいな女の子だった。
大きな瞳が眩しくて、初めて木漏れ日が差し込んでることに気がついた。
桜の花びらが、光るように舞っていた。
***
アイシャと俺はすぐに仲良くなった。
アイシャは姫だったけど、全然王宮にいないし、庶民じみてるし、ていうか女王陛下もイメージと違ってどっちかっていうと『長老』っぽいし……。だからアイシャもかしこまってなくて、初めて会うはずの人間の俺をちっとも恐がらなかった。
森には結界が張ってあって、だからそんなにかっちり警護をしなくて良かったけれど、
「おーい! アイシャーっ。どこだーっ」
「キール……ここよ」
「アイシャーっ!?」
アイシャは森で人食い花に捕まっていたり、
「王宮からジャンプをしたらどうなると思う!?」
「骨折だよ! ドリアードにも骨はあるだろ!」
無茶な提案をしようとしたり、
「草のハンモックでお昼寝するわ」
「また行方不明で騒がれるだろ!!」
とにかく目が離せなくって、
「あっおやつ食べる? 木苺とか花の蜜とか。おいしいよ」
「……うん」
森の果実は王都のどんなチョコレートよりも美味しくて。
どんな流行りの音楽レコードよりも、鳥の鳴き声、草の揺れる音、君の笑い声が心地よかった。
ある日のこと、いつものようにいなくなったアイシャを探す。
里の結界内にいることは分かっているらしく、父さんたちは動かない。
俺はいつだって、目の届く場所にいてほしいと思っているのに。
アイシャは、丸太の上でのびていた。
「キールぅ……! 来てくれたのね……!」
「アイシャ、お前な~……っ。どこ行ってたんだよ」
「あそこ」
アイシャが指さす先を目を凝らす。遠くの木の上に、蜂の巣があるのが見えた。
「蜂の巣? 蜂蜜なんか、食べてたっけ?」
「食べたことない……。誰も食べないよ、だって蜂、怖いじゃん。……私たちって、あまり食べなくても生きていけるし」
「はぁ? なんでそんなもん採りに行ったんだよ」
花の蜜で十分じゃないか。
「そんで蜂に返り討ちにされてるし」
危険なことは、してほしくないんだ。
アイシャは顔を上げた。
「だって! 人間は花の蜜直接じゃなくて、それを集めた蜂蜜を食べるんだって、本に書いてあったのよ!」
「……は?」
「あっ、パン! パンをね、商人のおじさんに頼んでおいたの! 今度の行商の時に持ってきてくれるって! それに塗れたらいいかなーって思ったのよ!」
「俺の……ため?」
「そうよ!! 少しでも人間の町にいた時みたいな暮らしをさせてあげたいの!!」
そう言ってアイシャは笑った。
そっか。そうだったんだ。
「俺、お前を守るよ。この剣に誓って」
これが俺の夢なんだ。
君は大切な、俺のお姫様。




