1-6 旅立ち
それから、三日後。
私とキールは、王宮のお婆様の部屋にいた。
お婆様はベッドにいたが、今朝ようやく体を起こせるようになっていた。
あれから、どんなに探しても、倒れていたはずの偽使節団の姿は跡形もなく消えていた。森で反応を追跡しようとしてみても、気配は捕らえられなかった。護衛団は、あとで詳しく話を聞こうと思って、急所を避けて反撃したみたいだった。だからといって、まさか全員逃げるとは……。
盗まれた精霊石は、どこへ持って行かれたのだろう……。
お婆様は人払いをすると、私達をそばへと呼んだ。
私は、ベッドのそばに座りこむ。
「お婆様……。私、パーシバルに騙されたの。……ごめんなさい」
情けない……。本当に、情けない……っ!
「……わしも、見抜けんかった。服も、紋章も――本物の巡礼師のものだった」
「……」
キールは、お婆様に頭を下げた。
「俺も。アイシャにずっとついていなくて、すみませんでした」
「違う! 私がひとりで勝手に行ったの!」
「俺が! そばにいれば……。アイシャがこんなに怪我をすることもなかったのに……」
そう言って、キールは私の手を取った。
私は――手も、体も、擦り傷だらけで、今も締め付けられた跡が残っている。
でも、それはキールだって同じだった。
お婆様だって寝たきりだし、マリィだって全身に火傷を負った。
「俺が、守れなくて……」
「……いいや。お前も捕まっていたと聞いた。……わしも捕まっていた。だが、お前は最後にはアイシャを助けてくれたそうじゃな。……ありがとう。孫を助けてくれて……」
「女王陛下……」
キールもお婆様も、少し涙ぐんでいる。
お婆様は言った。
「アイシャや。儀式はできなかった……が、まだ手立てはある。この大陸で多く信仰されているのは、聖樹教なのは知っておるな?」
「え? うん。世界樹によってできた大陸だからでしょ」
……そこまで言って、気がつく。
人間が儀式に参加してくる前から、私達は、精霊の大樹を祭っていた。それなのに、人間の間でも聖樹教が……?
「……もしかして」
お婆様は、頷いた。
「……王国にはヴェンアーラントの森の他にも、四本の精霊の木があるのじゃ。我らの森の木が一番大きいが、それらにも精霊の加護が宿っているのじゃ。もちろん、人間の住む聖都・カルジェーンにも一本ある」
「他の……精霊の大樹」
「他の土地では、そこまで大木ではないと聞いているがの」
知らなかった。
私達だけがやっているのだとばかり……。
「ねぇ、もしかして、他の里も襲撃を受けているんじゃ……?」
「それはどうかの」
「え? 大丈夫なの?」
「世界樹へ魔力を送るのは、ドリアードだけのはずじゃ。精霊石――精霊の花が咲くのも、この森の精霊の大樹だけじゃろう」
「目に見えて魔力の塊になっているのは、この森だけ……ってこと……?」
「うむ。さすれば、他の里は襲われてなかろうて」
確かに、結界を幾重にも張って、通行手形を必要とし、護衛専門の騎士団まで派遣されているのは、大陸中でドリアード領だけよね。
お婆様は続けた。
「他の里では、ただの守り神として祭られておる。じゃが――これは、ドリアードの王族のみが知る秘密じゃが、」
お婆様は、辺りを見回すと、声を潜める。
「――それら各地の精霊の木を訪ね、祈りを捧げれば、世界樹へ魔力を送れるのじゃ。これが、もしもの時のための、備えなのじゃ」
「……まだ、なんとかなるのね」
うむ、とお婆様は頷いた。
まだ、なんとかなる。
なら、なんとか、しなくちゃ。
「じゃから、これから密かに選抜隊を組み――」
「私、行ってくるわ!」
「なにっ!?」
お婆様が、目を丸くする。
私は、明るく言った。
「なんで? 精霊の木の前でお祈りするんでしょ? 今までやってきたのは、姫巫女の私よ!」
「しかし、大陸は広く……! お前の足じゃあ……」
「誰かが、歩いていくんでしょ? じゃあ、私が行くわ!」
「……俺は反対だけど」
キールが言った。嫌そ~な顔をしている。
「危ない目に、あってほしくないんだよ」
「あら? 守ってくれないの?」
「…………。…………考え直さないか?」
「私が騙されたの。私が、行くわ」
「……。陛下、なんとかできないっすか?」
「……難しいのぅ」
「ねっ!」
私がキールの手を取ると、彼は眉を下げた。
「仕方のないお姫サマだなぁ」
「やった!」
こうして私達は、ヴェンアーラントの森を旅立つことになった。
二日後。
私達は、里の入り口にいた。
歩ける里人たちが、見送りに並んでいる。
お婆様は、木製の車椅子を、蔓を出して動かして来ていた。
「本当は複数人で送り出してやりたかったが……」
「大丈夫よ。みんなのこと、よろしくね」
皆、火傷が酷い。ドリアードは火傷に弱く、回復まで時間がかかっているようだった。
「元気に歩けるのは、お前達くらいじゃった……」
「めちゃくちゃ狙われたのに」
回復魔法で、驚くことに私の傷はほとんど消えていた。
お婆様は言った。
「精霊の木を訪ね、守り人に、力を借りるのじゃ。わしらのように、木を守る一族がおるはずじゃ」
「うん」
「聖都には伝書鳩を飛ばしてある。まずは聖都を目指すのじゃ。護衛騎士ももっとつけてもらえるように、頼んである」
「分かってるわ」
私は、お婆様と抱き合う。
帰ってくるけど、……帰ってくるけどね。
隣では、キールが両親に挨拶をしている。
「父さんも母さんも、元気で」
「キール……! しっかり姫様を守るんだぞ……! それから……。……どうか気をつけて……」
「……うん」
「じゃあ、みんな……元気で……」
歩き出そうとしたとき、
「アイシャ!!」
「マリィ! 歩いて大丈夫なの!?」
火傷が治りきっていないマリィが駆けてきた。
マリィは、涙を流しながら私に飛びついた。
「寂しいですよぅ! 本当に行っちゃうんですかぁっ!?」
「大丈夫よ。大丈夫。帰ってくるわ」
「絶対っ、絶対ですよぅ!」
「うん」
マリィは、顔を上げた。それから、涙でぐしゃぐしゃになった顔で、へにゃりと笑った。
「……行って、らっしゃいですぅ……!」
「行ってきます!」
こうして、私達は、ドリアードの里をあとにした――。
長い冒険の旅が、始まったのだった。




