1-5 助け
泉で消えた、パーシバルが立っていた。
「あなた一体……っ! ……っ!?」
私の目の焦点は、彼の顔から、――彼の右手に。
ずるずると、ひきずっている。それは、
「お婆様!?」
「……」
パーシバルは、お婆様を引きずっていた。
お婆様は目を閉じて、力なくぶら下げられている。
「お婆様を離して!! 離しなさいっ!!」
「……いいですよ」
パーシバルは、右手を放る。
どさっという音と共に、お婆様は地面に投げつけられた。
「お婆様っ!!」
「この老婆に言うことを聞かせるはずだったんですけど、思ったより抵抗してきましてね。少々舐めていたようです。さすがは女王といったところですか。私の部下も随分と返り討ちにされたようです。……でも、一人では守り切れなかった。あなたと分断していたかいがあったというものです」
「どうしてこんなことするの!? どうしてっ!?」
「ふふ……」
パーシバルの周りを、黒い靄が蜷局を巻くように漂っている。
「――捕獲」
パーシバルの言葉で、黒い靄は勢いよく私を捕らえる。一瞬でぐるぐる巻きにされた。まるでゴムで締め付けられているような、締め付け。
「かはぁっ!!」
「さ、行きますよ。オヒメサマ。……気絶してたら結界を開けないみたいなんですよね。もっとも、もう死んでいるかもしれませんが」
そう言ってパーシバルは、お婆様をチラリと見下ろした。
全身傷だらけのお婆様の姿は、とてもショックで。
それが、私の未来の姿だと気付くと、ぞっと背筋が凍る。
私を捕らえている黒い靄から抜け出したい。
もがく。もがく。
でられない!
「ぐ……っ! キー……ル……っ!」
護衛の、名前を、呼ぶ。
けれど。
しん……と静かなまま。
「来ませんよ。今頃私の部下に殺されているでしょう」
「!!」
「あなたのもとへ来られちゃ困りますから。……あっちの足止めも大変だったんですよ」
そ、そんな……。
黒い靄の締め付けが、強くなる。
「……っ」
「ふふ。女王が私の部下に反抗してくれた、お返しです。事が終わったら、あなたも殺してさしあげます」
パーシバルにひきずられ、私は精霊の大樹のある結界へと連れられていった。
結界の前まで来る。
「!!」
そこには、血と、倒れている男たち――偽の使節団の男たちと、護衛団の男達の姿があった。
「さすがに感づかれましてね。戦闘になりました。あの老婆もここから一歩も動かなくてですね。つい、やりすぎちゃいました」
「……っ!」
身じろぎをするが、抜け出せない。
「この辺……ですかね」
パーシバルが、手探りで結界の位置をはかる。
やがて、引き当ててしまう。
フォン――結界の中に入ってしまう。
…………私と、パーシバルで。
そこは、美しい森の一角。
精霊の大樹は、銀の葉をシャラシャラと揺らす。
枝にはひとつだけ真っ白な花が咲いている。
パーシバルは無遠慮に、祭壇の上へ土足で上がる。
やつがなにやら呪文を唱えると、精霊の花がふわりと枝から落ち、パーシバルの手のひらへと……落ちる。
精霊の花の花びらが、パラリパラリと落ちる。花の真ん中から現れたのは、白い真珠のような石――精霊石だった。
「ようやく、手に入れました……!」
パーシバルは、精霊石を撫でる。
「あ、あああ……っ」
私が馬鹿だったの。
好きだなんて言われて、浮かれて、馬鹿みたい。
騙されて、大切なもの、なにひとつ守れなくて。
守りたかった。守りたかったよ――……。
「よしこれで……」
パーシバルは、精霊石を懐にしまった。
「さて、用は済みました。あとは、あなたを殺します」
「ひっ」
黒い靄は、私をギリギリと締め付ける。
私の体はずっと宙に浮いたまま、この靄で地面から持ち上げられている。
螺旋!!
うまく声には出せないけれど、念ずるだけでも……!
地面からしゅるしゅると、蔓を伸ばす。
「こんなもの出して、なんになるっていうんです? ただの葉っぱじゃないですか」
そう言うとパーシバルは、黒い炎をだした。
「ああぁあぁぁっ!!」
熱い! 痛い! 燃える!!
「ドリアード領へ行くんですよ。当然、ドリアード対策はしてますよ。あなた方は、火に弱い。自分で作った葉に焼かれて、焼け死んでください」
嫌だ、嫌だよ……!
助けて!!
そう、強く願った時だった。
「水神の加護よ!!」
ざぁっと滝のような水が降ってきた。
それから、ザシュザシュと切り裂く音。
ぱら……と、私を締め付けていた黒い破片が舞って。
次の瞬間、私は解放された。
「きゃ……っ」
「無事か!?」
落下する体が、受け止められた。
「キール……!」
「すまん! 遅くなった!!」
「……っ」
良かった、良かった……! キール、死んでなかった……!
私を抱きかかえたのは、キールだった。
涙が出て、わっと抱きつくことしかできない。うまくしがみつけなくて、そこで初めて私は自分が震えていることに気がついた。
キール、キール。それ、魔法? いつの間に? 捕まってたって本当? どうして来てくれたの? 嫌だ、戦わないで。
全部なんにも言葉にでない。
「大丈夫だから。少し離れてろ」
そう言って、キールは私をそっと地面に下ろす。
「――で? よくもめちゃくちゃにしてくれたな、クソ巡礼サマ。どういうつもりなんだ?」
「へぇ……。どうしてここに君がいるんです? 殺したはずでは?」
「へっ。お前のお仲間なんか、なんの問題にもならねぇっつーの」
「……へぇ。さすがは正騎士様です」
剣と剣がぶつかって、その度にキン――と不安な音を鳴らした。
ふたりは、走りながら接近し、剣をぶつけては離れてを繰り返す。
「私、接近戦は向いてないんですよねぇ。教団の巡礼師なもので」
「うるせー偽物」
「ふふっ。巡礼師なのは本当ですってば」
キールの背後に、黒い靄が生まれる。
それが一斉にキールの背中めがけて飛んで行って、
――嫌よ! 私の、幼なじみなのよ!
「――ハマドリュアスの姉妹よ、力を! 盾!!」
私が叫ぶと、パッとキールの背後に植物の盾が広がった。
「ナイス!」
「なにっ!?」
魔法の発動が、間に合った。
キールが、高く飛ぶ。
「うぉぉおぉっ!!」
その剣が、パーシバルに届き、肩を切り裂いた。
「ぐわぁっ……!」
パーシバルは、肩を押さえながらよろめく。
「ふっ……! 精霊石は手に入りましたので、……殺すのはやめておいて差し上げます……っ。では……!」
「あっこら! 逃げるのか!?」
パーシバルは精霊石をかざしながら、結界の外へと逃げる。
慌てて追いかけるが、私達が結界の外へでた時には、もう姿は見えなくなっていた……。
「はぁ……っはぁ……っ」
精霊石が……盗まれた……。
明日が、儀式の日だったのに……。
「アイシャ! 無事か!?」
「キール……」
キールが、私を抱きしめる。
「お前が、生きていてくれて、よかった……!」
「……うん」
私は、目を閉じる。
雨が、降り始めていた。
***
私達は、集落の川へと向かった。
雨が降り、燃えていた森や家が消火されている。
焦げた家もあるけれど、全壊と言うほどではないようだ。
私達の家は、普通の木造建築と違って、魔法の森の生きてる木なのだ。
マイス先生と、ノアをはじめとした里の薬師が協力して、里人の手当をしている。
「回復魔法も使って貰ってるんですけど、女王陛下の傷は深くて……!」
「お婆様っ!!」
藁の上に寝かされているお婆様のもとへ、駆け寄る。
「しっかりしてっ!」
「アイ……シャ……」
「お婆様!!」
お婆様の目が、うっすらと開いた。
「やつの……狙いは……精霊石じゃ…………。祭りの前日で……十年分の……魔力を蓄えた……」
「お婆様っ! 死んじゃ嫌よ!!」
「だが……まだ……方法はある……。それを……今から……説明したかったが……。…………わしは……少し……眠い……。少しの間……ね……むる…………」
「そんな……!!」
「アイ……シャ……。誕生日、お、めでとう……」
お婆様は、目を閉じた。そして――、
「……すーっすーっ……」
「………………」
「………………ん?」
寝息を立てていた。
……このパターンで、本当に寝てる……?
「…………っ」
私は、脱力して、へたり込む。
この日、私達は甚大な被害を受けた。
しかし。
なんとか懸命な救助活動により、奇跡的に、死傷者はゼロだったのだ。
雨は、降る。
やがてすべての火が、消えた。




