1-4 誕生日
それから、四日後。
朝。いつものようにお祈りの後。
王宮に、マリィとキールがやってきていた。
「アイシャ~! お誕生日おめでとうございますぅ~!」
「おめでとう! 十六歳になったんだから、もっとお上品にしろよ!」
「ありがとう! & うるさいわね!」
明日は精霊祭の日だけど、今日は私の誕生日だ。
「今夜はご馳走なんじゃないですかぁ~?」
「食べるのが楽しみだぜ!」
「しかも呼ばれる気でいる!」
「だって毎年そーじゃん」
「まぁ、そーだけど……」
お婆様とふたりじゃ、静かすぎるしね。
マリィが、荷物からなにかを取り出す。
「これ、プレゼントですぅ~」
「こっ、これは……! ……なに?」
「水筒ですぅ。鹿の膀胱を裏返してますぅ~」
「うぇっ!?」
「俺からはこれだ」
「こっ、これは……! ……なに?」
「王都で流行ってるレコード」
「聞けるかーっ!」
再生する機械がないってば!
「おい、マリィ。アイシャには瓢箪の水筒があるんだよ」
「どうせキールはアイシャに蜂蜜しか飲ませてないですぅ! 血がドロドロになりますぅ!」
「元々ドロドロだろ!」
「だとしてもですぅ!」
「今、私のことディスった?」
「もっと清涼飲料水を飲ませるべきですぅ!」
「それでなんでそんなキモいもんになるんだよ!」
「これはれっきとした歴史ある水筒なんですぅ!」
「ねぇ、聞いてる?」
ふたりはやんややんやと喧嘩している。
コツ……と足音が聞こえて、音のした方を見る。
「アイシャや。お誕生日おめでとう」
「お婆様」
部屋の入り口に、お婆様が立っていた。
「明日は、いよいよ祭りの日じゃ。アイシャはもう少し祝詞の復習じゃ。それから、さぁさぁ、お前たちは祭りの設営でも手伝っておいで!」
「……っす」
「はいですぅ……」
キールとマリィが立ち上がる。
「じゃあ、また夜にですぅ、アイシャ~」
「俺はまたすぐ合流するから!」
「はーいっ。またね!」
ふたりが部屋から出るのを、見送る。
その後、私はお婆様と祝詞の復習をした。
「……ふむ。よさそうじゃ。練習はこれで終わりにするかのぅ」
「ありがとう、お婆様! んーと、じゃあ明日の流れを、巡礼師様と再確認してこようかな!」
「キールを連れていくか?」
「パーシバル様に会うだけよ、大丈夫よ!」
私は、王宮を出た。
里では祭りに向けて準備が進められていた。
私達にとっては儀式がメインだが、里人にとっては祭りの方がメインだ。精霊の大樹への祈りは……祭りの中のセレモニーって感じだ。
集落の北側には広場があって、そこの中央に祭壇、周囲に屋台などを設営する。
キールとマリィが設営作業をしているのを横目に見ながら、私はパーシバル様を探す。
パーシバル様は、里はずれの川のほとりにいた。
「パーシバル様!」
「アイシャ姫。会えて嬉しいです」
「……っ」
まぶしい笑顔だ。
あれから、パーシバル様とは毎日会っている。
他愛ない会話をしながら、里を案内したりして過ごしていた。
私は、明日の流れを説明する。
「明日なんですけどっ。私達は昼間お祭りをして、夕方に広場で巡礼師様と一緒に精霊の大樹の玉串を祈祷して、それから私とお婆様で境内に奉納に行って、それで帰ってきます」
「分かりました」
「あっ、広場では今、聖都の教団で使われてるって聞いた祭壇飾りを用意しているところなんです! 後で飾り付けに変なところがないか、見てください」
「嬉しいです。あとで一緒に行きましょう」
「はいっ」
「………………」
「………………」
……時間、余っちゃった。
どうしよう……? もどって設営の準備手伝った方が良いかな?
普段はお祭りだけだから、手伝ってるんだけど。
や、今から祭壇飾りを見に行けばいいか。
「あの、祭壇飾りって今から見に行きますか?」
「後でもいいですか? 僕、あそこに行ってみたんですけど……」
パーシバル様は、集落から少し離れた丘を指さした。
……まぁ、ちょっとならいいかな。
あそこって、結構眺めが良いのよね。
「いいですよっ」
私達は、丘に向かって出発した。
一方その頃、祭りの広場ではキールとマリィがいた。
「やっと解放された……」
「もう組み立てるものとかは終わりましたねぇ~」
「アイシャのところに戻るか」
「あれぇ~? あれってぇ、女王陛下じゃないですかぁ~?」
「お、本当だ」
ふたりは女王陛下へと近付く。
「アイシャは一緒じゃないんすか?」
「うむ。巡礼師様と打ち合わせに行ったが」
キールが、「うげぇ」と顔をしかめた。
「あいつか……」
「キールぅ~。偉ーい巡礼師様にそんなこと言っちゃダメですぅ~。いくら金髪のイケメンだからってぇ~」
「俺が金髪に染めたらどう思う?」
「似合わないと思いますぅ~」
「里のどこかにはいると思うが……」
「キールさんですよね!」
聞き慣れない声で背後から話しかけられて、キールは振り返る。
みると、使節団の男だった。パーシバルではないが、おそろいの白いローブを着ている。
「ちょっと警備のことで御相談が。こちらへ来て下さい」
「あー……」
キールは少し考えた後、
「……わかりましたー」
男についていく。
あとに残ったマリィは、女王陛下といっしょに祭壇の飾りつけを整えることにした。
***
私とパーシバル様は、集落から西に少し離れた丘にいた。
柔らかな風がふいて、パーシバル様の長いマントが揺れた。
遠く――東の方を眺める。
緑の山が続き、遠くも青い山が見えるばかりだ。
どこかの山の麓に、聖都はあるのかな?
「聖都ってどの辺ですか?」
「今、見えてる山がありますよね」
「ふんふん」
「その向こうです」
「見えないのね……」
眺めの良い丘だったけれど、人間の領土までは見えない。
パーシバル様は、さらに西へと向かう。
「こっちに泉がありましたよね」
「はい!」
「ここへくる途中、とても綺麗な泉を見ました。もう一度行きたいと思いましたが、森を迷っていたので正確な位置が分からず。案内してもらえますか?」
「いいですよ!」
西の泉なら、あんまり行かないけど、……しばらく歩いた先にあるはずよ。
十五分くらいはかかると思うけど、迷わず行けるはず。
私達は、歩き出した。
他愛ない会話をしながら、ゆっくり歩いていく。
しばらく歩いた時だった。
パーシバル様が、歩きながら言った。
「……泉に着いたら、あなたに告白します」
「え……」
「ふふっ」
えぇえぇぇっ!?
そ、そうなの!?
パーシバル様は、楽しそうに泉に向かって行く。
私はそれについていくれど、
なんだか、泉に向かって歩く度、告白してって自分で言っているみたいで。
足を進めて、いいのかな? ……いいよね? お話、聞くだけなんだもんね……?
でも、聞いたらどうなるの?
私……。
私も、って言ったら、どんな顔するんだろう。
きっといつもみたいに微笑んでくれるよね……。
段々、泉に近付いていく。
もう少しで、着いちゃう。
歩きながら、パーシバル様はぽつりぽつりと話し出した。
「……実は僕、孤児だったんです。居候させてくれる家もなくて、ひもじくて、寒くて、厳しくて……。そんな時、教団に出会いました」
「え……?」
「教団は教えをくれただけじゃなく、僕に温かな家と、食べ物をくれました。だから僕は、教団のために一生懸命頑張ってきました。だから……今回儀式に派遣されて、嬉しかったです」
「パーシバル様……」
パーシバル様は、続ける。
「……このために、何年も、努力してきました。昔、ヴェンアーラントの森のお話を本で読んでから……ずっと。この任務に行ってみたいと思っていました。木々は太く、豊かな森で……こんなところだから、世界樹と繋がる精霊の大樹があるんですね。魔力がみなぎるようです」
「わ、私! パーシバル様といっしょに儀式が出来て嬉しいです! 明日は頑張りましょうね!」
「せっかく力の溜まった花なのに、明日で消えちゃうなんて。残念です」
「え? えっと……育った聖なる力は、世界樹に送るんです! 祭壇からは消えたように見えますが、実はその力はもう世界樹へと送られているんですよ!」
泉が、見えた。
ついに……! と思ったけれど、――違和感。
……? こんな色、だったかな……?
水の色が、なんだか、黒っぽい……。
泉のそばまでやってきて、見下ろす。
いつもの澄んだ色ではなく、濁った色だ。
パーシバル様の、声。
「本当、もったいないです。その力があれば、世界を変えられるかもしれないのに……」
……?
なにか、変。……なにが……?
私は、ゆっくりと振り向く。
そこには、笑みをたたえたパーシバル様が――
「はははっ! あなたが馬鹿で、本当に助かりました」
「……パーシバル、様?」
「告白しましょう。私が聖都の聖樹教の巡礼師であるというのは、嘘です。はははっ! でも巡礼師なのは本当ですよ。――真ユグドラシル教の、ですけどね」
「な、なにを言ってるの……?」
私は、一歩後ずさりをする。
「本物の聖樹教団の巡礼師は、森で死んでますよ。彼らの衣装と、この里への通行手形が、我々には必要だったのです」
「!」
パーシバルは、高らかに笑った。
「あなたを集落から引き離すのが、こんなに簡単だとは! 今頃仲間が上手くやっていることでしょう。……老婆ひとりくらい、余裕でしょうからね」
嘘よ……。
「やっかいな懸念は、あなたと護衛団が先行で突っ込んでくるという噂でした。でも、あなたはひとり集落から遠く離れてしまった。……おっと、始まりましたね」
その時、煙の匂いがして、私は、はっと振り返る。
見上げると、集落の方からうっすらと煙が上がっていた。
「なにごと……!?」
――火だ。アイシャの頭に森からの信号が流れる。火で木が燃える音がする。火事だ。
「パーシバル……っ」
先ほどまで彼がいた場所を見るも、もう姿はなかった。
周囲を見るも、いない。分からない。分からない。なに?
嘘、嘘よ。そんな、だって……!
私は、混乱のまま、集落へ向かって走り出した。
集落に着いた私が目の当たりにしたのは、燃え盛る炎だった。
ボオオオオと音を立てながら、家や橋が燃えている。
飾り付けられた祭りの広場も、燃えている。
「皆……っ! こんなに火が……っ!」
「ア、イシャ……っ」
掠れたような声が聞こえて、駆け寄る。
それは、横たわったマリィだった。
「マリィ! 大丈夫っ!? なにがあったのっ!?」
「わ、わかんない、ですぅ……。お祭りの準備をみんなでしてたら、突然家が燃えだして……慌てて帰ったら、今度は広場が燃えだして……」
「……っ。騙されたんだわ……っ!」
ぐっと拳に力が入る。
涙がこぼれそうになるのを、乱暴に腕で拭った。
立ち上がる。
「アイシャちゃん! こっちです!!」
「マイス先生!!」
川の近くで、マイス先生が手を振っている。
先生の周りには、応急処置をされている里人たちがいた。
「――ハマドリュアスの姉妹よ、力を。螺旋!!」
地面から勢いよく蔓が伸びる。
私は、マリィを蔓で運んだ。
「先生……! マリィが……!」
「大丈夫……っ、大丈夫です……っ。みんなをここへ!」
「はいっ!」
魔法の蔓で里人たちを川の近くへと運んでいく。
「しっかり……!」
途中、蔓が焼き切れればまた新しく出す。
「熱っ!」
チリッと髪が焼けるたびに、ぞっとする。
私達は――火に弱い。
「はぁ……っ、はぁ……っ、はぁ……っ」
熱い。
熱くて、クラクラする。
私はその場にへたり込む。
こんなんじゃ、ダメなのに。
私が……私が助けないと……。
熱くて、意識が飛びそうになった時。
ザク……ザク……パキ……パキ……と、燃えた木を踏む音がした。
「アイシャ姫、結界の中へ案内してください」
「え……?」
見上げると、
「パ、パーシバル……っ!」
泉で消えた、パーシバルが立っていた。




