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ドリアードの姫と護衛の幼なじみ  作者: 榊木叶音
ヴェンアーラントの森
2/9

1-2 来訪者



 キールが頷くと同時に、アイシャは走り出した。

 振り返らずに、まっすぐ、走って行く。


 キールは、アイシャの買った小説本を、すばやくマリィに渡す。


「これ、アイシャの部屋に運んでてくれ」

「わっ、……。ふ、ふたりとも気をつけてぇ……!」

 

 キールは、腰につけた剣の柄を確認するように少し触ると、勢いよく駆け出す。

 


 ガタガタガタ!

 激しく吊り橋が鳴る。走って渡ると、橋は大きく揺れた。

 里の外まで、吊り橋を渡って行く。

 家と家の間に架かった橋は、長く、里の端近くまで延びていた。

 

 途中、窓から顔を出した里人が、キールに声をかける。

 

「どうした!?」

「西の森に侵入者! 護衛団に伝えてくれ!」


 そう叫ぶと、キールは速度をあげる。

 前を走るアイシャにすぐに追いつき、併走する。


「……私が守らなきゃ」


 無意識だろうか――小さくアイシャの口から漏れた。

 

「…………」

 

 キールは前を向いて、再び速度をあげた。

 もうすぐ、吊り橋も終わりだった。

 

 西の端の家に着くと、降りるためのハシゴを無視して、先にキールが飛び降りた。

 地面までは三メートルほどの高さだったが、スタッと綺麗に着地した。

 すぐに立ち上がる。

 

「いいぞ!」

「いくよっ!」


 すぐにアイシャも、飛び降りる。

 落ちるアイシャの体を、キールが慣れた手つきで受け止めた。

 すぐに地面に下ろす。



 ふたりは、森の中を進む。






 ……気配が、近い……。

 侵入者が、近付いてきている。

 私達は森の中を走る。方向は、私が分かる。木々のざわめきが教えてくれる。

 やがて木々の間に人影が見えて――


「……あれよ!」


 それは、三人の人間の男だった。ひげ面のおじさんで人相は悪く、全員、手には剣を持っている。

 彼らは、私の姿を認めると、嬉しそうに叫んだ。

 

「見つけたぞ! ドリアードがでてきた!」

「精霊の大樹は近いってことだな!」

「うおおおおっ! 捕まえて場所を吐かせろぉっ」



 ()()これなの……!


 

「キール!」

「おうっ」


 キールが剣を抜き、突っ込んでいく。


「なんだぁ! てめぇ!!」


 男が剣を振るが、キールはそれをさっと躱す。そのままなめらかな動作で、男の胴体を斬りつける。


「ぐ……っ!」


 男は数メートル飛ばされ、尻餅をつく。革鎧は切れておらず、キールの剣は皮膚までは届いていないようだ。


「もういっちょ……」 

「てめぇっ!」

「おっと!」

 

 すかさず他の男二人がキールに飛びかかるが、さっと躱す。

 それからキールは男たちの肩を踏んで、飛び上がった。

 

「ぐぇっ!?」

 

 そのまま上から、男たちの剣を持った手を、サクリサクリと浅く斬りつけた。


「「ぐわぁぁっ!?」」


 男たちは、手を押さえて転がる。


「くっそ……!」


 男は、立ち上がろうとする。――させない。


「――ハマドリュアスの姉妹よ、力を。螺旋(ヘリクス)!!」


 私が叫ぶと、男の地面の植物が、ぎゅるんと蔓のように伸びる。

 蔓は、男の体に絡みついた。男が暴れるのを拘束し、押さえ込む。


「うわぁっ! 魔物だぁっ!」

「失礼ね! ドリアードだって、知ってたじゃない!」



「クソガキがぁぁああっ!! ぶっ殺してやるっ!!」

「へーぇ」


 最初に吹き飛ばした男が、いつの間にかキールの後ろに回り込んでおり、斬りかかる。

 キールは、カキン、カキンと剣で応戦し、そのまま剣ごと男の腕をぐいっとねじる。


「なっ……!?」


 カラン、と男は剣を落とした。

 ――これを拾われる前に。

 私はもう一度蔓を出そうと腕を伸ばす。

 

「――ハマドリュアスの姉妹よ、」

「絶対に捕まえてやるぅぅぅ!!」

「――っ!」

 

 男は、落とした剣を拾わなかった。懐から別のナイフを取りだすと、勢いよくこちらに飛ばしてきた。

 

――でも、大丈夫。私には、当たらない。


 カン――と音がして、ナイフが地面に落ちた。

 私の前まで戻ってきたキールの剣で、たたき落とされたのだ。

 

「……アイシャに刃を向けたな? 許さねー」

「ひっ……」

 

 ザク、ザク、ザン!

 キールは男の革鎧の隙間を切りつける。



 男達は三人とも、地面に転がった。



 ……終わった。

 私が一息ついていると、キールが駆けてくる。

 

「アイシャ! 怪我はないか!?」

「大丈夫よ。それよりキールの方は!?」

「平気!」

「そう、よかった……」

「アイシャ様!! キール!!」

「姫様、ご無事でしたか!?」

 

 後ろからガチャガチャと鎧の音をさせ、護衛団が来る。

 不法侵入者の男達は、ちゃんとした手錠をかけられて(蔓じゃそのうち切られちゃうかもだからね)連行されていった。






 世界樹は、この大地に根付いており、建国以来誰も立ち入った事のない聖域にある。その入り口は秘匿され、ドリアードの姫である私も知らない。


 その世界樹と交信できるのが、私たちが守っている精霊の大樹だ。世界樹から枝分かれした木と言われており、その花に魔力を蓄え、十年に一度その魔力を世界樹へと送っている。


 今年は、魔力の溜まる、十年目。精霊の大樹はこのヴェンアーラントの森にあり、私たちの集落の中にある。

 膨大な魔力の塊である精霊の大樹の花を狙う人間は後を絶たず、私たちは日々それを守ってるってわけだ。


 といっても、普段は森には迷いの術がかけてあるので、なかなかこんなに里の近くまで侵入者が入ってくることはないんだけど……。






 里に戻ると、里人達はざわざわと話している。

 

「また侵入者だったのか……?」

「迷いの森を突破してくるなんて……」

「やっぱり奉納の前に狙ってきてるんじゃあ……」


 不安、だよね……。


「みんな」

「アイシャ様っ!」

「また前線に行かれたとかっ! 姫様の魔法は戦闘向きではないので心配ですっ」

「そうよね。わかるわ。私も魔法で爆破とかできたらいいんだけど! 援護になるし」

「……私達の植物魔法じゃちょっと」


 くすっと、笑いがでた。

植物魔法ジョークよ。

 

 私は、言う。

 

「爆破は冗談だけど。でも、いてもたってもいられないもの! みんなのこと、守りたいの」

「姫様……!」

「大丈夫よ! あんなの、儀式が終わりさえすれば来なくなるでしょうし」

「警護も固めておくし」


 キールがそう言うと、

 

「じゃあ、さっそく会議だな」

「父さん!」


 キールのお父さん――護衛団の団長がいた。

 

「儀式まであと一週間だ。ここらが一番の正念場だぞ」

「わかってるって」



 王都・ミルテニアの騎士団にいたキールのお父さんとその部下達。彼らは王都から私たち(ドリアード)の保護のために、この里にやってきた人間だ。植物学者と、お医者さん、そして少数精鋭の護衛専門の騎士。それが護衛団だ。



 昔は、彼らはいなかった。ドリアード領に護衛団(にんげん)がやってきて、もうすぐ五年。

 

 彼らがやってきた経緯は、こうだ。


 人間も私達も、共に世界樹を信仰している。これを『(せい)(じゆ)(きよう)』という。

 でも、人間は『世界樹のお告げを受けた聖女』をたて、その聖女の言葉を信仰しているらしい。

 そして、世界樹と交信できるのは聖女という話になっているらしい。

 

 ――で、あるとき聖女が言ったんだって。

「ドリアードの精霊の大樹を、共に祭るように」って。

 

 それから、十年に一度、聖都・カルジェーンから教団の巡礼師様がドリアード領を訪れ、奉納に立ち会うようになったのだ。これが、今から五十年くらい昔の話。


 でも、よくないことも起こった。

 精霊の大樹は十年に一度魔力を世界樹へ送るんだけど、そのために魔力を溜めていることが、教団は秘密裏にこっそりと来訪していたけれど、漏れてしまったの。やがて、精霊の大樹を狙う人間がでてきて、私達はそれを撃退するようになった。魔力が溜まる九年目は、特に多い。


 そもそも、どうやら私たちドリアードは、世間的には希少種というらしい。精霊の大樹に干渉できる植物魔法をもつ私たちを、今の王様は保護したいらしい。もちろん、騒げば目立つので、少人数の信頼の置ける騎士を派遣することにした。

 もし、護衛団の人間が裏切ることがあれば、二度とドリアード領は結界内に人間を入れないことを条件に。


 

 今年は、キールたち護衛団がやってきてから初めての、教団と合同の儀式の年だった。





 護衛団が緊急で会議をするとのことで、私達は、里はずれの人間の集落へとやってきた。

 すぐに、人間の子どもたちが寄ってくる。

 

「アイシャ様だ!」

「アイシャ様! 魔法見せて!」

「いいわよ!」


「――ハマドリュアスの姉妹よ、力を。開花(アンセシス)!」


 ぽん! と宙にヒナギクの花が浮いて、私はそれをプレゼントする。


「わぁーい! ありがとう!」

「すごい、すごーい!」

「ふふっ」


 護衛団がこの森に来た時、人間の子どもはキールしかいなかった。けれどもまあ……任期は十年なのだそうだ。あとから家族を呼び寄せる人もでてきた。(審査の申請がいるみたいだけど)

 私達は人間を恐れないし、彼らもドリアードを恐れない。



「じゃ、俺は警護の会議だから」


 キールがそう言って、私から一歩離れる。

 

「……また侵入者が来た時は、絶対にひとりで行くなよ。絶対に俺を呼びに来いよ」

「分かってるって! それに、そんなに頻繁に侵入されてたまるものですか! 結界が張ってあるのよ!?」


 森には守りの結界とは別に、迷いの結界も張ってある。

 だからまあ……先ほどの男達が集落の近くまで来られたのも、もしかしたらまぐれかもしれない。



 でも……。

 私は、彼らの言葉を思い出す。

 

――「見つけたぞ! ドリアードがでてきた!」

――「精霊の大樹は近いってことだな!」

――「うおおおおっ! 捕まえて場所を吐かせろぉっ」


 …………。

 やっぱり、狙ってきてるのは、本当なんだ。

 


 沈む気持ちを、振り払う。

 

「……。うーっ。地図も残せるような目印には、ならないはずなのにぃっ。幻覚で同じ木に見えたりするはずなのにぃっ。昔はめちゃくちゃ旅人を迷わせまくって、いっぱい餓死にしたこともあるのにぃっ」

「こわっ」


 一瞬おちゃらけると、キールも乗ってくれた。

 

「あはは。でも今は――……。今は、精霊の大樹があることが知られちゃって。狙われるようになっちゃったね……」

「……。でも、大丈夫だから。なっ!」

「うん……」

「じゃ、後でな」

 

 そう言って、キールは建物へと入って行った。

 木造で出来た、四角い小屋。これが彼らの家だった。

 


 帰ろうかな、と思ったら、名前を呼び止められた。

 

「アイシャちゃん!」

「あ、マイス先生」

「ちょっと健康診断しましょうか。聞きましたよ。今日も戦闘にいったんですよね? 怪我がないかみせてください」


 お医者さんの、マイス先生だった。

 先生は人間で、大人の男の人だ。

 確か歳は三十歳。栗色の髪をしていて、いつも白衣を着ている。

 護衛団といっしょにやってきた人で、元々里にいたドリアードの薬師といっしょに、集落全員の健康診断をしている。





「んー。次はこっちの検査台に乗ってくださいね」

「はーい」


 人間の機械はよくわからないけど、この五年間でだいぶ慣れた。

 私は怪我のチェックをされて、さらに怪我とは関係ない、通常の定期検診をされた。


「これが体重が分かる機械か……」

「ノア。体重見ないでね」

「どうして? 痩せてるのに」

「どこの領土に姫様の体重を見る里人がいるのよ!」

「いや、僕、薬師だし」

 

 マイス先生の診療所を手伝っている青年、ノア・アイケイロスが言った。

 長い浅黄色の髪に、クロッカスのような花が咲いているドリアードの男だ。

 アイケイロス家は代々薬師なので、こうしてたまに先生の診療所にいる。


「マイス先生! ノアって役に立ってるの!?」

「ええ。王都になかった薬草を教えてくれますよ」

「……仕方ないか……」


 その後、諸々の検査を終えて。 

 

「検査の結果、特に変わりなし……ですね」

「よかった!」

「最近、なにか変わったことはありますか?」


 マイス先生に聞かれて、「うーん」と考える。


「最近、朝のお祈りの後、魔力がすっからかんなのよね。どっかおかしいのかな?」

「そうですか? 魔力数値にも特に変化は見られませんね。……おそらくですが、精霊の大樹が儀式の前で魔力をより多く吸っているのかもしれませんね。アイシャちゃんは、儀式ははじめてですか?」

「先生……!」


 ノアが慌てて割って入ってくれる。

 

「……うん……。初めて。前は、……お母様が、やったから」

「そう、でしたね……。すみません」

「ううん……」

「……」

 

 マイス先生は、頭を下げてくれた。

 お父様とお母様は、()()()()()

 だから、お婆様が女王陛下のままだ。


 

 マイス先生は言った。

 

「怪我とかはなくて良かったですけど、なんで侵入者がわかるんですか? ノアくんは、分からないんですよね?」

「うん。あれって、ドリアードの中でも女王陛下とアイシャ様だけだと思う」

「普通の商人とかと、何か違うんですか?」

「えー。なんか邪悪なオーラを感じるって言うか……。商人のおじさんたちは、通行手形も持ってるし、ちゃんと里の入り口から入ってくるし……」

「ふむふむ」

 

 マイス先生は、カルテに『侵入者がわかるのは、神秘』と書いた。それ意味ある?


「気をつけてくださいね。アイシャちゃんは、本当は前線にでるべきでは……」

「でも、私の……里だから」

「……そうですか」


 マイス先生は、穏やかに笑った。


 

「あっ、もうそろそろ夕方ですね。日が暮れる前に、お城まで送っていきますよ」

「え、別にだいじょーぶよ! すぐそこだし!」

「いいえ、そういうわけには……」

「んー。まぁ、たまにはいっか! 先生が暇なら」


 

 そう言いながら、私は立ち上がる。


「僕は、乾燥した薬草を束ねてからにするよ」

「ノア、またね!」


 私とマイス先生は、診療所を出た。


「マイス先生、近道通る? 私、最近――」


 先生の方を見ながらしゃべりかけた時、ぐいっと頭ごと引っ張られる。


「先生! こいつは俺が連れて帰るから!」

「!」

 

 私は、体を動かされて驚いた。

 ――けど、声の主には驚かない。

腕が、私の頭に乗っている。

 

「キール、腕邪魔よ。会議は終わったの?」

「終わった!」


 それは、会議が終わったらしい、キールだった。


「もーっ。せっかくマイス先生と帰ろうと思ったのに」

「ははは。大丈夫ですよ。キール君がいるなら安心です。では、アイシャちゃん。また健康診断にきてくださいね」

「マイス先生、またね」

「よし、帰るぞ!」


 先生に手を振ってから。

 チラリ。会議のあった建物を見ると、……人は、いない。あっ、今でてきた。だんだんと入り口から人が出始める。……今?

 よく見ると、キールの肩は上下している。

 

「……急いできたの?」

「別に良いだろ」

「ふふ」


 真面目ねぇ。

 護衛なんて、そんなかっちりやるもんじゃなくてもいいのに。


 私達は、吊り橋を走って渡る。

 ガタゴトガタゴトと音が鳴った。

 



 やがて私達は、王宮へと帰った。

 王宮は白い巨木をつなぎ合わせてできている。建物と巨木が合体したようなそれは、里で一番大きな住居だ。

 キールと別れ、私はひとりで中央の大階段を上る。

 私は、自分の部屋も王の間も通り過ぎ、階段を上り続ける。そうして、一番高い、バルコニーへと上がってきた。

 

 夕日が、明るく集落を照らす。なんて素敵な景色だろう。

 森の緑、花の香り、優しい風、掘り起こした土の香り、魔法の息吹。

 そのどれもが、ここに息づいていて、そのどれもが、眼下に広がっている。


 

 私は、この里が大好きよ。








 しばらくしてから、王の間へと入る。

 玉座には、お婆様(女王陛下なの)が腰掛けていた。


 

「アイシャや。お前はまた侵入者のところへ飛び込んで行ったそうじゃないか? 危ないじゃないか。ああいうのこそ、護衛団に任せておけば良いんじゃ」

「でも戦ったのはキールよ」

「あの子ひとりを連れていくのは無謀じゃ。大人を連れて行くのじゃ。今回だって、三人対一人だったのじゃろう?」

「わっ私もいるし! ちょっとは手助けしてるのよ!」

「……はぁ」


 お婆様は、ため息をついた。

 まぁ、言いたいことは分かるけど。


「アイシャ」

「……わかってるわよ。ドリアード(わたしたち)が傷つくと、精霊の大樹も弱る。それは世界樹にも影響が出るって。……だけど私は止められないわ! 里は私が守り抜く! みんなには侵入者の位置がわからないけど、私は分かるんだもの! 先行して少しでも集落から遠いところで捕らえたいのよ!」

「……アイシャ。お前はこの森を守り続けていく立場なのじゃ。優秀なドリアードの男と結婚し、世継ぎが育つまで、無茶はしてくれるな」

「…………分かってるって!」


 分かってる。本当よ。


「私もこの森と里は好きよ。だから守ってるんだし」

「……そうか」


 お婆様は言った。

 


「お前ももうすぐ十六歳……。ここらでお見合い選手権でもするかのぅ」

「……えっ!?」

「里の男を並べて……競わせて結婚相手を選ぶかのぅ」

「えぇえぇぇっ!?」

 

 いやぁあぁあぁっ! 人間の王族の相手は家柄で決まるらしいけど、(本で読んだ)ここには貴族とか領主とかないばかりにっ! (むしろ領主は私だわっ)お祭りのクイズ大会回答者みたいに並べるんだわ~っ!?


 ……じゃないっ!


「おっ、お父様とお母様ってどうだったの!?」

「ふむ……。ある日、王女が散歩していると、お前の父親が空から降ってきて、ナイスキャッチ! じゃ」

「逆・ボーイミーツガール!?」

「でも、それは男の魔力が高かったからじゃ」

「あ……。……」

 

 

「アイシャ。お前は、王子様と結婚したいそうだな」


 どきっ。

 急な指摘に、心臓が跳ねた。


「他種族と結婚すれば、子は巫女の力が衰える。そうすれば、結界の力も弱くなるぞ」

「べ、べつに、私は…………。……」


 言葉に、詰まる。


「……もう良い。今日は休みなさい」

「……はい」

 

 私は、王の間をあとにした。





 ***





 自室に帰ると、戸棚から瓶を一つ手に取り、私は窓辺に上る。

 瓶の蓋を開けると、中に入っている飴玉をひとつ、口に頬張った。





  ***





 翌朝。

 空は晴れていて、緑も青々としている。

 私はいつものように精霊の大樹の前までお婆様と行って、朝のお祈りをする。

 昨日はあんな感じになったけど、……いつも言われてることだし、お婆様とは普段通り。

 お祈りの後は、儀式の練習。

 今年は初めて私が引き継ぐので、それを思うとちょっと緊張する。

 祝詞を唱えるので、詰まらず言えるかとか、動作の確認をした。


 一通りおわった頃だった。

 

 

 お婆様が、顔を上げた。

 

「この気配は……」

「え?」

「いらっしゃったみたいじゃ」

「誰が……」

「行くぞ」


 私達は山を下りる。

 途中で、私にも分かった。通行手形の反応だ。


「……もしかして、巡礼師様?」

「そのようじゃな」


 どんな人なのかな……。巡礼師様って、偉い人だから……おじさまだよね。


 集落に降りて、里の入り口へと向かう。

 途中、キールのお父さんに出会った。


「女王陛下! 姫様!」


 お婆様が前に出た。


「護衛団長」

「実は、先ほど文で、聖都からの使節団が今日到着すると……!」


 肩には伝書鳩が止まっている。

 人力の郵便屋さんは、この森では難しいので、鳥が手紙を持ってくるのだ。


「うむ。迎えに行こうじゃないか」

「もしや……」

「もう近くまで来られておる」


 お婆様は再び歩き出す。

 護衛団がすぐにお婆様の前後を警護した。

 

 すぐに、私の後ろから、声がした。

 

「ついにおいでなすったぜ」

「キール、いたの」

「そりゃあくるさ。……六日早いご到着だ」

「こんなもんって聞いてるわ。前日とかにきたらギリギリすぎるわよ」

「ははっ。迷いの森で迷う日数も、逆算しなくちゃなんねーからな。俺が初めて来た時なんて、十日は迷ったぞ」

「結構早いじゃない。私達は餓死させる気で魔法をかけてるのに」

「護衛団を餓死させるなよ」





 私達は、門の前に着くと、ずらりと並んだ。

 お婆様が中央で、私がその隣。私のすぐ後ろにはキール。周りには護衛団の人間と、なんだなんだと様子を見に来た里人達。

 

 巡礼師様の姿は――まだ見えない。



 ちゃんと挨拶しなくちゃ……。

 大丈夫かな……。

 

 

 やがて、遠目に人の姿が見えた。それは、白いローブを着た六人の人間の姿だった。皆、背が高い。ガタイが良いので、全員男の人だろうか。

 彼らは、通行手形をかざして入ってくる。――事前に使節団用に聖都の教団本部へ送っていたものに違いない。


 彼らは私達の目の前まで来ると、頭に被っていたフードを取った。

 その先頭にいたのは――



「初めまして、こんにちは。僕は、教団から使節団として派遣されてきました。パーシバルです。僕が巡礼師で、あとの者はお付きの修道士です。」

 

 金の髪の、青年。サラサラの髪は日の光でキラキラと光り、ルビーのような瞳。細身で長身の体から、優しげな声。

 


 パーシバル様……。小説の中の、王子様みたい……。



「わしが(さと)(おさ)のヒスイじゃ。そして、こちらが孫のアイシャじゃ」

「こ、こんにちはっ! アイシャです」

「あなたがたがこの森のドリアードですね。優秀な巫女様だと伺っています。よろしくお願いします。――儀式はあなたがたふたりが?」

「そうじゃ。儀式はわしとアイシャが行う」

「なるほど、わかりました」


 パーシバル様は、目を細めて微笑んだ。


 お、おじさまがくるものだと思ってたから、びっくりだわ……。

 まさかこんなに若いとは……。二十歳前後かな?


 お婆様が続ける。

 

「お疲れではないですかな? 巡礼師様のお泊まりになるお部屋を用意してあります。そこまでは里の人間が案内します。前回までは不便だったと存じますが、今年からは里の人間の意見も取り入れましたので、快適に過ごせるかと」

「助かります。儀式までまだ日にちもありますし、ゆっくり過ごしたいです」

 

 パーシバル様はそう言ってから、きょろきょろと周りを見渡した。

 

「へぇ、すごいですね。皆、髪にはお花が咲いているって、本当なんですね。僕、初めて見ました。とっても綺麗ですね……。ドリアードは妖精と見間違うほど美しいという噂も、本当だったんですね」


「特に……」


 パーシバル様は、ぱっと私の手を取った。


「姫様は麗しい……。まるで花の精のようです」

「えっ、あの」


 手を握る力が、強くなる。

 

「――一目惚れです。私と、結婚していただけませんか?」

「……へっ……?」

 

 今、なんて?


「いえ、飛躍しすぎましたね。結婚を前提にお付き合いといいますか……」

「えっ?」

「ああ、この任務が与えられてよかったです!」

「えっあのっ!? 冗談でしょうっ!?」

「いいえ。冗談ではありません」


 パーシバル様は、そう言い切った。

 

 え、えぇえぇぇーっ!?


 巡礼師様が、私を!?


「で、でも私、姫だしっ! 森から嫁げないってゆーか……」

「婿でも構いません!」

「あ、あの……っ」

「考えておいてくださいね」

「……え、あ……。は、はい……!?」


 私は、大きく開ききった口を、ぱくぱくとさせることしか出来ない。


 と、とんでもないことになっちゃった……!!


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