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けやき通りのアイドル部 1期0話

 校舎3階の端っこ、空き教室が並ぶ物静かな廊下に私の所属する部活の部室がある。

 そんな部室には、可愛い丸っこい手書きの字で『アイドル部』と書かれたプレートがかけられている。ドアの前に立ち、ポケットからウサギのぬいぐるみがつけてあるカギを出す。薄汚れた南京錠を開け、ギーッと大きな音を立てながら木製の部室のドアを開ける。

 晴れの日なら明るい部室も雨の日になると薄暗い。電気をつけようか迷ったが、電気をつけようとした手はスイッチの前で止まり、電気をつけてはくれなかった。

 部室のまわりは時間関係なしに静寂に包まれているうえ、部室は1人にしては広すぎることもあり、余計に寂しさを引き立たせる。

 静寂に包まれている教室では、前方で時計がカチカチと時間を刻んでいる。そんな時計は13時05分を示していた。

 「あと5分……。」

 まずは、教室の真ん中くらいに、観に来てくれるかもしれない人たち用にイスを3脚ほど並べる。

 その次に、部室の棚からラジカセを引っ張り出し、ラジカセの中にCDを1枚セットする。グニャグニャと絡まったコードをほどいてコンセントに挿し、ラジカセの電源を入れる。古いせいで起動に時間がかかるため、その時間を使って、スカートの下に体操服の半ズボンをはく。ラジカセが起動したら、今日のライブで使う曲を準備して、ライブの準備が完了する。

 最初の頃は先輩たちに教えてもらいながらやっていたこの準備も、いまは慣れたもので1人でサッとできるようになった。

 「……あと3分だよね……。」

 部室の黒板に貼ってあるライブ告知の紙と時計を交互に見ながら確かめる。予定では13時10分にライブをすることになっているのだが、私の目の前のイスには誰もいない。

 大きなため息が出そうになるが、なんとか我慢して誰かが来るのを待ち続ける。

 すると、外で雨の降るザーザーとした音に交じって、濡れた廊下をキュッキュッと音を立てながら近づいてくる音が聞こえてきた。……が、誰が来るかの予想はついていて、ワクワク感は一切ない。むしろ、またこのパターンか……と思い、胸がズキズキと痛む。

 近づいてきた足音は、開けたままの部室の入口前のところで止まり、中には入ってこなかった。

 「……今日も誰もいないですよ……。」

 今日も無理に作った愛想笑いで告げた。

 「そう……だね……。」

 入口のところで私よりも悲しそうな表情をしている若い女の先生は、アイドル部の顧問をしている田崎先生だ。おとなしく控えめな性格の田崎先生は、いつこの光景を見ても悲しそうな顔をして私の様子をうかがう。そんな田崎先生の姿を見て、申し訳ない気持ちから目を合わせることができずに、視線を床に落としてしまう。

 こんなこと、私も田崎先生も予想できているのに、いつもこれを繰り返してしまう。

 "あの日"から間もなくして、この光景は私たちの日常になっていた。

 いつもいつもこんなことを繰り返している。気がつけば、3ヶ月はこのやり取りを繰り返している。

 正直、我慢の限界に達していた。

 胸のズキズキとした痛みは繰り返しの日々で強くなっていき、誰にも迷惑をかけまいと溜め込んでいるストレスは夜に私を寝かせてくれない。最近は保健室に通う頻度も多くなった気がする。

 「……また宣伝してみよ……?そしたら……」

 「無理ですよ……。どれくらい、このやり取り繰り返してきたと思っているんですか?誰も私なんか必要としていないんですよ……!」

 私を気遣ってくれた田崎先生の優しさを踏みにじるかのように、抑え込んでいた言葉を吐き出してしまった。まるで体調が悪い時の嘔吐のように、抑えようとしても口から出てきて、それを吐いた後は口の中も気分も気持ち悪いままだった。

 「……ごめんなさい……。」

 震えた声で謝る田崎先生が、いまにも泣きそうな顔で私のことを見つめていた。

 その姿を見てハッとして冷静になれたが、もう既に遅かった。

 「ちがっ……。私は……。」

 田崎先生を困らせたかったわけじゃない。

 きっと、優しい田崎先生ならそんなことくらい理解ってくれるはず。

 ダメなことだとわかっているのに、また私は田崎先生の優しさに甘えてしまう。田崎先生なら理解ってくれるはず、田崎先生なら受け止めてくれる、そんな風に思い込んでしまって結果がこれだ。

 すべてが嫌になり、怯えた表情で私の様子をうかがっていた先生を押しのけて部室から飛び出した。いま目の前にある現実から逃げ出したかった。

 静かな廊下は部室よりも外で降る雨の音がよく聞こえる。そして、私が濡れた廊下を走るキュッキュッとした音もしっかり伝わってくる。

 「お願い!待って!」

 田崎先生が私を呼び止める声が廊下に響きわたる。それでも、私は濡れた廊下をひたすら走って逃げた。

 これ以上は田崎先生に迷惑をかけられない。

 いまにも感情が溢れ出しそうになった私は急いで田崎先生から離れようとした。

 他のことは考えずに、とりあえず逃げることだけを考えて私は走り続けた。

 「あっ……!」

 濡れた廊下で足を滑らせた。そう気づいた時には、地面が目の前に迫ってきており、前に倒れこむような形でこけた。反応が遅れて手をつくことができず、頬や肘、膝を勢いよく地面に打ち付けた。

 あまりの痛さに我慢できずに、情けない声と共に、心の中に抑えていた感情が溢れ出した。

 「――ちゃん……!」

 背後の離れたところで叫ぶ田崎先生の声が耳に入ってきたが、一切ふり向きはせずに、歯を食いしばって立ち上がり、再び廊下を走って逃げる。3階の廊下から中央階段へと曲がり、滑り落ちそうになりながらも3階から1階へと階段を一気に駆け下りる。空き教室や特別教室の並ぶ3階と違い、1階は職員室や普通の教室があるため、廊下では先生や生徒の往来があり、生徒たちの立ち話をする姿も見受けられる。

 涙でぐしゃぐしゃに濡れた顔の私を見て、廊下ですれ違うほとんどの人たちがこちらを見てくる。

 「うわっ……。どうしたんだろ……。」

 「おいっ、危ないから廊下を走るな!」

 行き交う人々の声が私の耳まで届いてくるが、いまの私にはそれを相手しているほどの余裕は何処にもなかった。

 どこか誰もいない場所へ。

 校舎の端っこから、体育館へと向かう外の渡り廊下へと飛び出す。

 ゴーッという大きな音を立てて、先ほどよりも大きな雨粒が天から降り注いでいる。雨のカーテンによって遠くの景色は見えないほど、雨脚は強くなっている。

 それでも私は迷わなかった。

 体育館から出てきた体操服姿の人たちを横に、渡り廊下から逸れて豪雨の中に突っ込んだ。

 降り注ぐ雨が私の全身に打ち付けられる。瞬く間に私のブレザーが、冷たく、そして重くなる。こけた時に打ちつけた箇所は、熱くなった分、雨水の冷たさを感じてくれる。頬を伝っているのが涙なのか雨水なのかの区別もつかない。

 冷たいシャワーが降り注ぐ中、水たまりでバシャバシャと音を立てながら無心で走り続けた。

 ぬかるんだグラウンドの土は、私が走れば走るほど、私の白い上履きを汚していく。黒い靴下には泥が飛び散り、水たまりからたくさん水分を吸ってしまう。

 普段なら不快に感じることも、いまこの瞬間だけは不快に感じなかった。そう感じる心の余裕さえなかった。

 部室からずっと走り続けていたため、さすがに息が上がってくる。

 ぐちゃぐちゃの泥の中に手と膝をついて四つん這いになり、荒れた息をゆっくりと整える。背中で感じる冷たい雨粒は、火照っている体に心地よかった。近くにある水たまりは、ひっきりなしに新しい波紋を作っている。

 息を整えて校舎のほうを振り返っても、誰も私を追いかけて来てはなかった。周りを見渡しても誰もいない。ようやく1人になれたのだ。

 それを確認すると、私はぐちゃぐちゃの泥を背にして仰向けになった。

 濃度の違う暗い色のグレーな雲が空を覆っている。私の顔が降り注ぐ数多の雨粒を受け止める。

 「……こんなアイドルを目指していたわけじゃないのに……。」

 憧れの先輩――松野先輩と会ったときから、その後ろ姿を追いかけていた。ステージに立てば観ている人全員を夢中にさせて、みんなから愛される存在に、自分もなりたいと願って必死に頑張ってきた。そして、先輩達とステージに立った時、観客席からの割れんばかりの歓声を受け、私もその立場になることができたと勘違いした。私も立派なアイドルになれたんだって、そう思った。……が、実際は誰も私なんかを観ておらず、みんな先輩たちだけを観ていたと気付かされることになった。

 私はアイドル部に入った時からずっと、未来のアイドルとしての自分について考えていた。学校内で人気者になって、先輩達と全国大会で優勝して、2年生になると可愛い後輩が来て……いずれか来る引退の時は、愛してくれたみんなの前で華やかな終わりを迎えるんだろうな……なんて考えていた。


 まさか、こんなアイドル人生を迎えるなんて思ってもいなかった。

 

 私なんかが、先輩たちのいないアイドル部を背負っていくなんて、初めから無理だとわかっていた。それでも、諦めきれなかった。

 しかし、心も体も壊れそうになりながらも、可能性の光を信じて待ち続けた3ヶ月間は、無意味で無価値な日々の繰り返しになった。 


 そう考えると、また胸が締め付けられるような悲しみが湧いてくる。私は顔を隠すようにして体をギュッと丸めた。

 

 「こんなつらい思いするなら、アイドルなんてもうやりたくないよ……。」


 3ヶ月間閉じ込めていた本音をようやく口にすることができた。私の涙が頬を伝っているのがわかる。

 いまになってようやく、私――上林香織は自身のアイドル人生を終わらせようと考えた。

 私が辞めたら、もしかしたらアイドル部は無くなるかもしれない。先輩たちがアイドル部に戻ってこれなくなるかもしれない。

 それを承知のうえで、弱い私は逃げることしか選ぶことができなかった。

 

 「……松野先輩、竹中先輩、梅津先輩……ごめんなさい……。」


 3月の冷たい雨が降り注ぐ中、私は泥にまみれながら気が済むまで泣くのをやめなかった。

 

 





 それから数日後、私はアイドル部をやめ、上林香織のアイドル人生は終わりを迎えた。

 それから間もなくして、先輩たちが戻ってくることなく、アイドル部は廃部となった。

 大好きな先輩たちが作ったアイドル部は、私のせいで終わってしまった。

 そんな悲しい日のはずなのに、その日の外の様子はうららかな日和だったということをいまでも覚えている。

 

 引退した今でも時々、アイドル部の時の写真が入ったアルバムを見返したりする。ちょうど今もアルバムを見返している最中だ。

 いつ見ても、写真の中の先輩たちは眩しいほど輝いていた。

 そんな先輩たちがアイドル部に戻りたいと思えた時に戻れる場所を守りたかった。それなのに、その場所を守るどころか壊してしまった。

 みんなに愛されていたアイドル達が戻ってくる未来を私が壊してしまった。

 廃部になったあの日から自分のことが憎くてしょうがなかった。


 アイドル部という戻れる場所が無くなってしまったいま、先輩たちはもうアイドルとして戻ってこないだろう。

 だけど、もし何かの奇跡が起きて、先輩たちが戻りたくなるような場所ができたら……とは考えている。

 私のアルバムは半分くらいのところで終わってしまったが、先輩たちのアルバムが最後まで幸せで埋まってくれることを心の底から願っている。



 松野先輩、竹中先輩、梅津先輩、田崎先生、私の5人で撮った写真を最後に目に焼き付けてから、幸せの日々を詰め込んだアルバムをそっと閉じた。

 

はじめまして!

キスよりルミナスと申します!


『けやき通りのアイドル部 1期0話』いかがでしたか?

この作品は、『けやき通りのアイドル部 1期』に繋がる物語となっております!

色々と用事済ませたら『けやき通りのアイドル部 1期』の1話を投稿する予定となっておりますので、ぜひ読んでいただきたいです

今回は最後まで読んでいただき、ありがとうございました!


今後もよろしくお願いしますm(_ _)m


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