92話 バラの棘は抜けにくいってご存じ?
※性的な暴言が出てきます。苦手な方はご注意ください。
馬車の中、男の低俗な笑いが響き渡る。興奮で顔を赤らめたその姿は、到底王子と呼べるものではなかった。
「ハァハァ!良い!良いぞ!あの二人のなんと可憐で、なんと美しいことか!あの宝石のような瞳に焼き付いて、その奥底まで覗き込みたい!ああ、あの瞳から流れ落ちる涙を、舌で掬い取って味わいたい!彼女たちのすべてを剥き出しにして、この腕の中に抱きしめたい!欲しい……!あの二人が、たまらなく欲しいのだ!」
馬車に乗り込むなりそう告げる王子に、この馬車が特別仕様の防音結界付きで本当に良かったと、従者二人は頭を抱えた。無理もない。今までの相手とは訳が違うのだ。普通の冒険者ならばまだしも、S級冒険者は王に従う必要などない。冒険者は国に縛られない存在だからだ。S級となれば、ドラゴンさえ一人で倒してしまうほどの強者。今まで王子の身分で目こぼしされてきたことが、通用する相手ではないのだ。
「ですが相手はS級冒険者の家族。何かあればこの国を見限られてしまいます。」
「そうです!もし王子が二人を穢したと分かれば、王子の御命も危うくなります!」
王子は頬を染め、二人をどう犯そうかの算段に夢中で、従者たちの言葉など耳に入っていない様子だ。従者たちは途方に暮れ、一度城まで戻ることにした。
第二王子宮の中は、基本的に使用人は男のみ。それは王子がすぐに手を出してしまうからだ。そのため、ここの最高責任者である白い髭の立派な宮長に、侍従たちは相談に向かった。
***
冷たいグラスの冷えた紅茶をゆっくりと飲みながら、少女は言った。
「ねぇ~お母さま、来ると思いますか?」
「えぇ、来ます。多分市井にいる間に襲われるでしょうね。イルが怪我をしたら、クロちゃんたちが大暴れする未来しか見えません。重々気を付けるのですよ。」
「はーい!気を付けます!お母さま、この冷えた紅茶、めちゃくちゃ美味しいです!この冷やす魔法、今度教えてください!」
お母さまは、花が咲くようにふわりと笑うと、
「あら♡嬉しいことを言うのね。帰ったらカナちゃんと一緒に教えてあげるわ。」
メインストリートのお店の前に置かれたテラス席で、「お母さま」ことササさんと優雅なティータイム。すごいな、ササさんの美貌。さっきの笑顔には、釘付けになっている男たちがすごい数だ。通り過ぎるのも男ばかりって……これはいつもの格好でも、旦那様のガルーダさんは大変だろうな。そんなことを思いながらも、周囲を探索魔術で探る。さすがに王城は弾かれるのは仕方ない。あ!僕はパッと顔を上げ、ササさんを見る。ササさんはちらっとこちらに目を細めると、軽く頷き、お店の人に声をかけた。
「こちら、美味しかったわ。ありがとう。」
そう言って会計を済ますと、僕と手をつないでまた人込みを歩き出す。
先ほどよりも人が多い気がする……僕はササさんとつないでいる手に力を込めた瞬間、流されるような人の動きが発生して、僕たちは建物と建物の間にできた路地裏のような空間に放り込まれた。数歩しか入っていないその空間は薄暗く、空気が重い。路地には誰もいないけれど、数歩しか入っていないにしては静かすぎる。そんな中、ササさんが声を出す。
「今の人の動きは何なのかしら?危ないわ。イル、怪我はない?やはり主人と一緒に来ればよかったわね。」
「あら、そうなると私がお邪魔虫になっちゃう。」
「言うようになったのね。貴方も良い人を見つけないとね。さあ、こんな薄暗い所、早く出た方が良いわ。」
戻ろうと路地の入り口の方を向いたところに、大きな人影がゆっくりとこちらにやってきた。さっきの道が見えるのに、やはり静かすぎる。防音の魔法を設置されたのだろうか?大きな人影は、ガシャン、カシャンと動くたびに音を立てる。鈍く銀色に光る全身を甲冑で覆われた人物が、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
***
バタバタと走る足音、
「セフェリノ殿下、お待ちください!夜会の用意がございますので、お戻りください!!」
「僕の可愛いレディーたちがベッドの上でお待ちかねなんだ!夜会なんて出ていられない!」
そんな声が聞こえたかと思うと、扉がバン!っと開け放たれた。僕は大きなベッドの上に鎖で片手を固定されて繋がれていた。その横でササさんも同じように繋がれている。二人で寄り添いながら、入ってきた男を睨みつける。
「セフェリノ殿下……これは一体どういうことですか!」
「あぁ~いいね♡奇麗な君たちを僕のベッドの上で見られるなんて最高だ!今すぐ僕のものにしてあげる。」
セフェリノ殿下は僕の足を掴むと、思いっきり引っ張った。
「きゃぁ!やめて!!やめてください!!いやぁーー!」
僕は大げさに叫んだ!あまりにも大きな声に、王子も顔をしかめた。その隙に足を大きくバタつかせ、王子の腕を蹴り飛ばした。そして、お母さまと握った手はそのままだったので、急いでお母さまに縋りついて元の位置に戻った。
蹴られた王子は顔を真っ赤にして、もう一度僕の足を掴もうとしたが、何かに弾かれるようにつかめなくなった。王子はさらに顔を赤くして怒鳴り始めた。
「おい!この娘の鎖を足せ!俺様にこんなことをして許されると思うなよ!お前が抵抗した分、お前の横で母親を犯してやる!抵抗したことを悔いる様が目に浮かぶ!」
そんな怒鳴り声を発した王子は直後、首根っこを甲冑の大柄な男に抑えられた。その甲冑の後ろから、白いお髭のお爺さんが出てきて、
「若、今日の夜会は周辺諸国の王族も参加する大切な夜会。わかりますか?欠席など許されるものではないのですよ。あまりにおいたが過ぎるようであれば、お母さまから罰を与えてもらいますが、よろしいですかな?」
立派な白髭のお爺さんは、すごい迫力でそう言い切った。先ほどまで激昂していた王子は顔を青くして、首をフルフル振る。そして甲冑の騎士に連れられ去っていった。
王子のベッドの上に残された僕たちは、ほっと息を吐いた。
僕の頭の上の帽子がポンと変化してスライムに戻ると、ぴょんぴょん飛び跳ね怒り出す。
「ウハハ!ウアァハハハ!!!」
「ありがとウハハ。助かったよ、スカートまくれたらさすがに男ってばれちゃう所だった。」
「名演技だったよ、イル君。」
部屋の影から、すっとトーさんが出てきて、僕とササさんの鎖を闇沼に収納してくれた。そしてぎゅっと僕を抱きしめて、
「怖かったよな、囮なんて危ない真似をさせて悪かったな。でもこれで良い証拠になった。師匠も心置きなく暴れまわれる。ありがとう。」
僕が役に立ったのが嬉しくて、僕はトーさんに抱き着いて、ぐりぐり父さんのお腹で顔を擦って、顔を上げトーさんに笑いかけた。
「頑張ったよ!だって僕、カナのお兄ちゃんだもん。頼りにされるの嬉しい。」
僕の言葉に、トーさんはもう一度ぎゅっと僕を抱きしめてくれた。隣でササさんはウルウル涙を流している。
「うーーーイル君が健気で可愛いーーー孫にしたい。」
トーさんは泣くササさんにハンカチを渡すと、ササさんの頭をよしよしした。
「イルは俺とカナの家族なんだ。俺の家族はササと師匠の家族なんだから、すでに、イルは孫だと思うぞ。」
トーさんの言葉を聞き、目を輝かせたササさんに抱き着かれてまた「うれしぃー」と泣かれてしまった。これから大仕上げなのに、この状態で大丈夫かな?




