84話 暗躍する者 狼さん編
朝焼けが鈍く王城の尖塔を染める。しかし、その荘厳な外観とは裏腹に、城内には目に見えぬ淀んだ空気が漂っていた。特に王妃の住まう後宮はその淀みが色濃く出ている。
この半年で、王妃の側近から侍女が3人、メイドが12人、侍従が2人、そして護衛騎士が1人と、まるで何かに吸い込まれるように姿を消している。表向きは全て解雇という処理がされているものの、その後の消息が掴めているのは、精神を深く傷つけられた侍女1人とメイド2人だけだ
後宮は噂の吹き溜まりだ。一度メイドの口から出た話は、瞬く間に後宮の隅々、そして宮殿、王宮へと伝播していく。まるで、庭先で騒ぐ雀の群れのように。
朝の光が差し込む後宮の洗濯場。
高い塀に囲まれたその場所には、外からの視線を遮るように何本もの大きな木々が並び立っている。今日は、その枝という枝に無数の雀が群がり
『チュンチュンチュン チュンチュンチュン』と騒がしい。何事かと、洗濯場を行き交う使用人たちは首を傾げている。
そんな後宮の洗濯場で、洗い終えたばかりの衣類が朝の光に白くはためいている。その一角で、二人のメイドが顔を寄せ合い、声を潜めた。
「ネーネー聞いた?」
「聞いた聞いた」
「ついに消えたんですって、王妃様の頭痛の種が消えたって」
「これでもう王妃様のお心を惑わす者が居なくなったって事よね良かったわ」
彼女たちの背後では、別のメイドが洗濯桶から絞ったばかりの衣類を干しながら、耳をそばだてている。
そんな喧騒とは裏腹に、洗濯場の隣に位置するリネン室は、洗い立ての布の匂いと、朝の清々しい空気に満ちていた。窓が開け放たれ、白いリネンが丁寧に畳まれている。その窓辺に一羽の雀がちょこんと止まり、『チュン』と小さく鳴いた。
オレンジ色の髪を陽光にきらめかせ、そばかすの浮かんだ愛らしい顔に微笑みを浮かべた若い洗濯メイドのアリーチャは、その小さな訪問者に優しい声をかけた。
「おはよう雀。今日はお仲間が多いのね。何かあったのかしら?」
遠くから、年配のメイドの苛立った声が響いてきた。
「アリーチャ頼んだ仕事はまだなの!アリーチャどこに居るの!」
「はい!ただいま、まいります」
怒鳴っている年配のメイドの元にすぐに走りより少女は深々頭を下げた
「遅くなり申し訳ありません」
「早く、この食事を奥の間に届けてきて!早く!」
年配のメイドはまくしたてる様にアリーチャを怒鳴る。
「はい、急ぎ運んでまいります」
アリーチャの横には、山盛りの食事が載せられたワゴンが置かれている。これから向かう奥の間は、王妃の宮の一角にある、空気が鉛のように重く、足を踏み入れるだけで気分が悪くなるような場所だと聞いている。実際に、その一角を担当していた先輩メイドや従僕が、理由も告げられずに姿を消した。メイド長からは、お客様に粗相をしたため解雇したと説明を受けたが、アリーチャはどうしても納得がいかなかった。結婚を間近に控え、故郷の村への手紙を届けてくれる約束をしていた先輩が、何も言わずに消えるなど考えられなかった。
重いワゴンを押しながら、薄暗い廊下を進む。扉が近づくにつれて、胸の奥に言いようのない不安が広がっていく。ふと、ワゴンの上に目をやると、一羽の雀と目が合った。小さく、つぶらな黒い瞳。アリーチャは息を呑んだ。
「まさか、付いてきちゃったの?えっと、ごめんね。私のポケットに入ってもらっても良いかしら?」
「チュン」
雀の短い鳴き声に、アリーチャの顔に安堵の色が浮かんだ。そっと雀を掌に包み込み、エプロンのポケットにそっと入れた。
「一人で心細かったのあなたが付いていてくれると思うと勇気がでるわ。ありがとう。」
アリーチャはポケットに入った雀を服の上から優しくなで、また奥の間にワゴンを押して向かう。
向かいながら感じる重い空気。息をするの辛い。もう空気すらもおかしく感じる異様さ。
コンコンコン
「お食事をお持ちしました」
アリーチャが声を出すと扉が開き中から見たことのない赤いワンピースの女性が立っている。その女性は紺色の髪に赤い目。耳が尖っていてそこには何コものピアスが付いている。
アリーチャはその赤いワンピースの女性の容姿の美しさに見とれて思考が停止しそうになってしまったが服越しに「チクッ」とした痛みが伝わってボーっとしていた頭が正気に戻る。
「お食事を中に入れさせて頂いても?」
「ここで受け取るわ。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
アリーチャは赤いワンピースの女性にワゴンを渡すとそのままその場を立ち去った。
アリーチャは部屋の前から移動して奥の部屋の入口が見えなくなってさっと影に入り、雀が入ったポケットを覗くがそこには雀は居なくなっていた。
アリーチャはキョロキョロあたりを見回したが雀の形跡はない…
まさか…あの部屋に?
でも戻るには先ほどの女性と会わなければいけない…先ほどあれほど美しいと思った瞳が、とても恐ろしく感じ始めその場を逃げ出した。
部屋の扉を閉め首をかしげる赤いワンピースの女は
『おっかしいわね。効いたと思ったのだけれど、残念ね。生きがよさそうだったのに。正気の人間は食べないって契約ホント面倒だわ。』
ワゴンを部屋の奥に押しながら女は言う。
応接用のソファーに座る上半身裸の男。健康的な褐色の肌に黒い短い髪、釣り目の赤い瞳。男の背中には立派な黒い羽根がある。
そして男の周辺…いや部屋の中は鉄さびの匂いが充満している。
赤いワンピースの女の言葉に赤い目の男は面倒臭そうに
『王城でこれ以上人が減ると契約者が疑われる。いい加減食い散らかすな片付けが面倒だ』
そう吐き捨て、手に持っていた何かを一口かじった。かじったそれからは赤い赤い液体が滴る。
『若い女や赤子の血肉は美味しいんですもの。我慢なんていやよ。』
『次何かあったらお前が後始末迄やれ。そして契約違反で灰になっても俺は知らん』
『やだ~ディディにもいつも御裾分けしているじゃない、怒んないで~』
ワゴンの上にかかっていた布を取るとそこにはステーキやフリッター、サラダに、スープ。デザートも美しく盛られている。おいしそうな料理の数々。下段には大量のパンとグリルされた肉。
女は目を細めた。
『見た目だけ綺麗に見せてもダメよね。人間の料理って…血の匂いがしないもの残念だわ』
赤いワンピースの女はため息をつきワゴンをテーブルの横につけ
『ディディも食べるでしょう?』
『俺は町外れのガキを1匹食っているからいいどうせ奥のやつらにも喰わせるんだろう?』
『そうね~失敗作ばかり量産してると萎えるわ。ご飯の心配もしなくちゃダメだし』
『あの女のお願いは叶いそうか?』
『叶うんじゃない?原因の子供が消えたみたいだし』
『消えた?』
『メイドたちが話していたわよ、あっち、こっちでもその話ばかり。』
「チュン」
バサバサと小さな羽を広げ小鳥が飛び出した。飛び出してそのまま窓の外に出てしまった。
『なんだあの小さな鳥は?』
『鳥なんて矮小なものの名前なんて覚えているわけ無いでしょう鳥で十分よ』
『それもそうか』
男と女は窓を見る。あと少しで我らの希望が1つ叶うことを。
チュンチュンチュン
スズメは飛ぶ、飛んで飛んでふわふわのご主人の肩に止まる。ご主人は今日もふわふわ。ご主人がよしよしとあっしを撫でて美味しいエサの粟をくれる美味しい。でもご主人は怖い顔
両手で顔を覆い大きなため息を吐き「最悪だ」とこぼした。何か小さく四角いものを取り出すとボタンを押して言葉を発した。
「あーこちらガルーダ、こちらガルーダ!緊急事態発生!緊急事態発生!至急全員集合場所に招集」




