76話 第三王子 ルクレチア 調査報告書
救護室から大男の大きな声が響いてくる。はぁまた騒いでいる、私は師匠と共にその男の病室に入っていくと、昨日片腕を無くし、今はまだバランスをうまく取れず床に座り込む大男、元第3王子殿下の護衛騎士セルジオ・シーロ。使用人達が怪我をしている彼を気遣って必死になだめている。
「頼む!ルクレチア様の側に行かせてくれ!でないとあの方のお命が危ないのだ!!」
せっかく傷口を処置し落ち着いたと思ったら、こんなに興奮状態ではまた熱が上がってしまう。たまらず師匠が声を上げる。
「いい加減にせんか!そんな体で行ったとて何の役にも立たんだろうが!!騎士団長が、急ぎ代わりの人員の準備を今しておるから安心せい。」
セルジオは目を向いてさらに声を上げる
「それでは今は誰も居ないと言っていると同じではないか!!それでは遅いのだ!今すぐにお願いします先生!!」
先生はため息を吐いて、私の方を向いてくる。
あぁ私ですか?そりゃ構いませんが…はぁ 私はため息を吐いてコクリと頷くと、師匠はセルジオに向き直り言葉をかける
「分かった、分かった。シラスを行かせるから。
シラスすぐに殿下のお側に!!」
「シラス頼む!殿下を!ルクレチア殿下を頼む!」
セルジオ殿は床に頭を付けんばかりに懇願してくる。いや行きますよ、行けばいいんでしょ…私もイヤイヤながら返事を口にした
「行って参ります。師匠、セルジオ殿。」
殿下の元に急ぎ向かった。
この国の王家は腐っている。諸外国から見ても明らかに腐敗しているこの国を、王族を片腕を無くしてまでも守ろうとする、セルジオ殿の気持ちは私には理解できない。第三王子ルクレチア様は他の王子殿下と比べればそりゃ他意はない位無害だけれど、無害だから守る価値があるとは言えないだろう?
そんな事を考えながら、王宮を失礼の無いように速足で歩いていると、王宮から離宮に移動する連絡通路から演習場の方を見ると、ルクレチア 殿下がずぶ濡れの土まみれで馬に抱き着いて居るのが見えた。
「馬?」
私は怪訝な顔で演習場を見る。そんな場所に馬を放す事なんてない、しかも馬は何かの瓶を加えている。よく見るとあれは…あの形はポーション瓶……
ルクレチア 殿下が濡れていることを鑑みるとルクレチア殿下がすでに怪我をしていたと言う事か?セルジオ殿の言葉は大げさでは無かったと言う事か?
私が足を馬と殿下に向けて進み始めると、馬が私に気づいたのであろう、歯を見せブルルンと威嚇し始めた。
馬はルクレチア 殿下の首根っこを加えると自らの首を勢い良く振り、殿下を上空に放り投げた!
「殿下!!」
私はとっさに大声を上げて馬の方に全速力で駆け出した。しかし馬はこちらをチラリとも見ずにそのまま上空に駆け出し殿下をキャッチ。
「は?」殿下をのせた馬はそのまま王宮から優雅に走って行った。空から。何の障害もなく軽々と…
「は?」
私は何もできないままやすやすと馬にルクレチア 殿下を誘拐されたのだ
馬って空飛ぶもんだったっけ師匠?これどういう事だ?
不味いってことだけは分かるけど、誰に言えばいいんだコレ、ひとまずセルジオ様に報告しよう!私は踵を返し救護室に走り戻った。
「空を飛ぶ馬に殿下が攫われた?何の冗談を言っておるんじゃシラス?」
「師匠、私が冗談等言えない人間だと知っているでしょう!」
「セルジオ殿どうしましょうか警備の者に伝えたので良いのでしょうか?」
セルジオ様は口許に手を当て考えてから微笑んだ
「空を飛ぶ馬、そうですか彼が迎えに来てくれたんですね。そうか。ならば殿下は無事です。大丈夫。この事は王宮の者が気づくまで他言しないで頂きたい。」
先ほどまであんなに殿下の安全をと叫んでいた男の言葉とは思えない内容がセルジオの口から出てきた。
「あなたは何を言っているんですか?それではまるでこの城の中が殿下にとって一番危険だと言ってるみたいじゃないですか……」
私はセルジオ殿の顔を見ながらそういったとたん、セルジオ殿はこくりと頷き
「その通りだ。あの方もこれで少し警戒を緩められるであろう。それにあの馬殿が居る。彼が居るのだ。大丈夫だ」
セルジオ殿はニコリと笑った。空飛ぶ馬より城の方が危険…私は彼の無くなった腕を見た。私の目線に気づいたのかセルジオ殿も自分の在るはずだった腕の場所を見て唇をかんだ。師匠は長いひげをなでながらそんなセルジオ殿に核心的な事を聞いた
「お前さんは誰からの手の者だと思って居るのじゃ?」
その言葉に私は唾を飲み込んだ。セルジオ殿は口角を上げ挑むような目つきで師匠に言い切った。
「王妃殿下かと」
「王妃か……あの方の暗躍は昔からだからな…そうか。影たちに探らせよう。」
今の王に代わってから王家の影は継承されなかった。なぜか?それはそうだ。あの愚かなる王が影を使って自分の利を考え始めたら?そう考えるだけで恐ろしい。師匠率いる影は王家に居ながら今の王家にはつかず様子を見ている。それは国の安寧の為。宰相一人だけがこのことを先代から引き継いでいる。あの者が後継に我らのことを引き継ぐか、国の次代が我ら影に認められるか、どちらかでなければこの王家の影は消える事だろう。
きっと目の前の腕を無くしてなおも忠誠を尽くそうとしたこの男は次代に、ルクレチア 殿下がふさわしいと思っているんだろう。では馬に誘拐された殿下の今後の行動に期待しよう。




