236話 吾輩の推しはクレイタンである③(山田視点)
読んで頂きありがとうございます(❁´ω`❁)これが今年最後の更新です。
僕は目の前で突っ伏して、年号について嘆いている、青海色の髪を持つ小さな妖精に困惑していた。
この妖精、猫田さんは…日本では…多分随分と年上の人だったのだろう。
あと、だいぶオタク気質の方とお見受けした。
ある意味、僕と気が合いそうな感じがひしひしと伝わってくるが、それよりも聞きたいことがいっぱいありすぎて困ってしまう。
とりあえず、僕はコホンと小さく空咳をすると猫田さんに声を掛けた。
「あの…話を戻して良いですか。この世界はなんですか?」
僕の言葉に猫田さんは突っ伏していた顔を上げ、身体に付いた埃を払うようにパンパンと全身を何度か叩いた。小さな彼は僕たちを見上げるように立ち、バツが悪そうに頭を掻いた。
「あーーー、吾輩が転生前に勤めていた会社で出した、”アクアリウム・クロニクル” という乙女ゲームの世界だ。」
「アクアリウム・クロニクル?…聞いたことないですね…」
猫田さんは僕たちから目を逸らすと、
「あー、まあそんなにヒットした作品でもない…
セリーヌ公国って国で精霊の愛し子のヒロインが複数の攻略対象者の誰かと、いろいろなトラブルを解決していく、王道の乙女ゲームだ…」
彼の言い方だとあまり売れなかったのかなと察することが出来た。
それと同時に彼の背後で光に寄り添われ、いまだ寝ている女性に目を向け思った事を聞いてみた。
「もしかして…彼女は…」
猫田さんは背後の女性を振り向き肩を落としたように寂しそうに返事をくれた。
「あぁ、そのゲームの登場人物、
ヒロインの姉、悪役令嬢の”クレイ・アッセル”嬢だ」
僕とミホは聞き馴染みのあるその呼称にお互いが同時に反応した
「「悪役令嬢……」」
僕たちの反応に腹を立てたのか、猫田さんは忌々しげに振り返り僕たちを睨みつける。
「お前ら今、悪役令嬢って悪い奴とか思っただろ!!」
「嫌…その」
「……まぁ」
猫田さんの言葉に僕たちは考えを見抜かれたようにどもってしまった。
そして彼の顔を確認すると、凄く痛々しそうな顔をして、声を漏らした。
「吾輩もそう思っていた。でも実際は―――
妖精の愛し子は悪役令嬢のクレイタンだった!」
腹から湧き上がる怒気を含んだ言葉が神域内に響き渡った。
僕もミホもその怒気に足がすくむ。
「いじめられてるのもクレイタン、
家でのクレイタンの扱いなんて、目で覆いたくなるようなもんだった……」
猫田さんは目の前で拳に怒りを込め握り込んだ。
その姿に彼が今まで、クレイ嬢を見守って来た歯がゆさが込められていた。
僕たちは何も言わずその姿を見守っていると、猫田さんはクレイ嬢の側に行き彼女の手を取り悲痛な顔で言葉をこぼす。
「公爵家の令嬢が…あかぎれだらけの手をして…
頑張って、頑張って、頑張って…っ…」
猫田さんの声を聞きながら寝ているはずのクレイ嬢の閉じた目から涙が落ちた。
その姿に僕たちは息をのむ。
彼女の涙を見た猫田さんの眦からも滴がこぼれた。そのこぼれた涙を気にもせず彼女の手を額に押し当てた。
「なのに追い詰められて、裏切られ、捨てられ、追い出されて……
吾輩や彼女を慕う精霊たちが必死に彼女を守るため、まがい物の神域を作ったのに
おまえらが勝手に入ってきちまったんだよ」
僕とミホは困った。
妖精に誘われるように、彼がクレイ嬢を守る砦となる神域に、無遠慮に入ってしまったのは本当の事で…申し訳ない…
僕たち夫婦は、二人して猫田さんに頭を下げた。
「………ごめんね」
「すみませんでした」
僕たちの謝罪に対して、猫田さんは無言で涙を拭っていた。
そっと握っていたクレイ嬢の手を光の元に戻そうとした時――
その手はピクンと動いた。
「ク…クレイ…タン…」
猫田さんはかすれた声で戻そうとした手を握りなおした。
猫田さんのその手の力に反応するように、
周囲の光が一瞬だけ呼吸したように揺らぎ、クレイ嬢のまつ毛が震えた。
クレイ嬢の紫の瞳が、銀色の長いまつ毛の下から光を宿し現れた。
その美しい紫水晶の瞳に映ったのは
淡い光と猫田さんの泣き顔―――
「ネ…コ…クン…」
紫水晶の瞳を細め優しげに目の前の守護精霊の名前を呼ぶと、猫田さんはボロボロと身体に似合わない大粒の涙をこぼし、嗚咽交じりに思いを紡ぐ。
「ク…クレイタン!猫です。
貴方の猫…ですよ―――
―――目が覚めて本当に良かった…ウッウグゥゥゥ」
彼の鳴き声は神域の空間に響き、彼の落とした涙は光になって解けていく。
そんな猫田さんを愛おしげに見つめる、クレイ嬢は美しい微笑みで
彼の姿を嬉しそうに享受していた。
「猫田さんて、本当にクレイさんの事が大事なんだね――」
ミホが小声で僕に耳打ちをする。僕もそう思う。
ミホの肩を抱き横並びにミホの頭に、僕の頭を軽くぶつけて笑うように返事をした。
「そうだね―――」
そう言いながら僕たちは手を繋ぎ、肩を寄せ合いながら、二人が落ち着くのを待った。
その時間はとても暖かく優しい時間で、
僕たちは、二人のその醸し出す温かな優しい空気と、この神域の包み込んでくれるような、その雰囲気に、お互いが寄り添い灯籠の前で座って眠ってしまった。
***
翌日僕たちは辺境領に向かって馬車を走らせていた。
荷台からは賑やかな声が聞こえてくる。
「当たり前だろ!吾輩の推しはクレイタンただ一人なのだから!」
オタク気質な転生妖精の猫田さん――
「推し―――クレイ、メッチャ猫ちんに愛されてるねー」
ミホと―――
「ふふふ、そうですわね。猫君のこと私も愛していますわ」
悪役令嬢クレイ・アッセル嬢――
「猫チン推しに愛されてるとか言われてるけど!良いんじゃない!これは春の予感よね!」
「うるさい娘!!黙っておれ!!」
「ふふふふふ」
皆が荷台で盛り上がっている。
色々あって、神域はクレイ嬢が起きたことで溶けてなくなったらしく、これからどうしようかと思案中の二人を見て、
ミホが、持ち前のコミュ力ですぐに、猫田さんとクレイ嬢と仲良くなり、
僕たちが向かう辺境領に一緒に乗せていくことになった。
僕たちは、猫田さんの鳴き声をBGMに、あのまま神域で眠りこけた。
翌朝、気が付けば、朝日が差し込む森の大木を背に眠っていた。ミホの隣には銀色の髪の美しい少女が、猫田さんを抱え眠っていた。
抱えられた猫田さんは、
顔を真っ赤にして、眠っている少女の顔を見つめていた。
ガン見していた。穴が開きそうなほど…
「いや…猫田さん、流石にそんなに女性を見るのは失礼と言うか…
気持ち悪いですよ」
僕の声にビクッと肩を揺らした彼は、こちらをちらっと見て、視線をすぐにクレイ嬢に戻した。
そして「見られてしまったのなら仕方ない」とでも言うように、開き直った顔で堂々と公言した。
「吾輩の最推しクレイタンが目の前で眠る姿を、1秒たりとも無駄にはできない!
吾輩の心のフォルダーNO.2025に焼き付けておかなければ!
そしてクレイタンを慕う妖精たち、ファンクラブの会誌へ克明に記さなければ!
なんせ吾輩はファンクラブの会長なのだから!」
「ファンクラブ……会長って…」
この妖精…大丈夫なのか…
そう心で思いながら、僕は何も言えなかった。
あの充血した真っ赤な目、多分…猫田さんはまったく眠らず、ずっと見ていたに違いない。
僕は彼の激重感情の愛を向けられているクレイ嬢にそっとエールを送る事しかできない。
クレイ嬢、ファイトォ――――!
2025年の更新はこれが最後になります。
皆様お付き合い頂いてありがとうございます。
感想や、イイネをもらい、皆様に応援されて此処まで書いていくことが出来ました。
本当にありがとうございました。
ゆるゆるな、異世界の冒険譚、「安全第一異世界生活」
2026年も無理のないように更新していきます。
お付き合い頂ければ幸いです。
2026年も皆さまよろしくお願いいたします。
笑田 朋




