113話 過去の心象と前世の記憶
森のなかを突っ切るように進む。別に追いかけられているわけではない。むしろその逆!
結界を外して水遊びをしようとしていると、猿に帽子を取られたのだ!!
普通の帽子ならあきらめるけど!
私の帽子は、ウハハなの!!
ウハハが猿に拐われた!!ウハハーーーー!!
「チョ返して!ウハハを返して!!戻っておいで!ウハハーー!!」
猿が木から木に飛び移り、ズンズン森の奥に進んでいく。
運悪くトーさんが、湖の偵察に行ったばかりでいない時だ。私もウハハも気が抜けていたせいでこんなことに!!
ウハハも抜け出そうと必死にモヨンモヨン動いているけど、ガッチリ捕まれ抜け出せない。私はその動きを見てウハハに叫んだ。
「ウハハ!液体になって!!」
「ウハハ!」
ウハハはいきなりドローっと猿の手から溶け落ちた
「ギギャギャ!!ギャギャ」
猿は掴んでいたものが勝手に落ちてしまい騒いでいるが、猿の手からベチョッっと地面に落ちたウハハは、そのまま形を形成してもとに戻っていった。急いでウハハを抱き上げ、胸元に隠し猿に石を投げた。飛んできた石に怒りこちらを威嚇した猿
「ギギャギャ」
「あっちいけ!!うちの子に手を出したら容赦しないからね!!」
私も憤怒の形相で大声で応戦した!猿はタジロギ、私になにかを投げつけ森の奥に逃げていった。
猿が投げつけた何かが私の額に当たり私は久々に頭から血を流した。ウハハはそれを見てウニョウニョ動いて悲しんでいる。
「ウアハ!ウハハ!!」
私はウハハを抱き寄せてよしよしと頭を撫でる。 よしよしとなでウハハのおでこと私のおでこをくっつける
「ごめんね、水遊びをしようとワガママ言ったせいで、ウハハが怖い思いしたよね。ごめんね。ウハハはなんともない?」
ポタポタと雫が目から落ちる。ぼとぼとととめどなく落ちてくる…うぅぅぅのどが痛い、ウハハが無事でよかった。よかった…怖かった、
「ヴババ...ヴバ…」
かわいいこの子を失うかと思った…怖かった私はそこから一歩も動けずひたすらウハハを抱きしめて泣いていた。
***
真っ暗の世界で、愛子が泣いている。
気の強い愛子。
でも昔は泣き虫でいつも男の子にいじめられては泣いていた…
でもある時、愛子にも笑い合える友達が出来た。
『裏のアパートの俊君』
いじめられている愛子を助けてくれた男の子。でもその子は…
「しゅんくんね、おててが青いの、痛そう」
「しゅんくんね、ほっぺが赤くて痛いの」
「しゅんくんね、……」
4歳の愛子からもたらされる俊君の事は痛々しい事ばかり。今にも折れそうな細い脚。汚れた服…それでも、愛子を助けてくれた優しい子
いつもおなかを空かせていて、コッソリ愛子と一緒にお昼ご飯を食べてもらっていた。そんなとき彼は少し不器用に笑う。笑顔が下手な子供だなと漠然と思った。そして悲しくなった。どこまで手を出したらいいのか…何度か役所にも相談に行った。
救急車で俊君が運ばれた。これで保護されると安堵した。もう大丈夫だと思ったのに
彼は…親に頭を殴られ血を流しぐったりしていた…流れた血が彼の周りに赤い池のように…広がる
俊君は何も悪い事なんてしてない。俊君は愛子を守ってくれたヒーローなのに
私は泣きながら名前を呼ぶことしかできなかった…あの子はこんな死に方する子じゃないのに
守ってあげられなくてごめんね、ごめんね…ごめん………
「ごめんね…俊君………」
誰かに目元を拭われた。温かい手だ…
目を開けたらそこは天井がある。中心に柱があるこの天井はテントだ…起き上がろうとして動けなくて…横を向いたら抱きしめられていた。私が精神は年上と言う事を考えてくれていたトーさんが、了承も無くこんな事をするなんて初めてだ。
私が身じろぐとトーさんはすぐに目を開けた。
私と目が合って、さっきよりもずっとずっと強く抱きしめられた。強すぎて…
「トーさん……苦しい」
私の声を聴いてすぐに力を抜いてくれた。そして片手を頬に添えて無事を確認している。不安そうなトーさん。
「心配したんだ。森でお前が倒れていて…ウハハの結界の中には居たけど血を流してて…息が止まるかと思った」
あぁ…確かサルに何かなげられて…額から流れていたな…血…そう思い
額を触るとそこには傷は無かった…
「ポーションで治したよ」
そう言いながら、トーさんは悲しそうに微笑んだ。
「心配かけたんだね…… ごめんね……」
「心配した。心臓止まるかと思った…」
今にも泣きだしそうなトーさんの顔に私は胸が締め付けられそうに苦しくなった。目に涙の膜が溢れそうになった時、小さな声が聞こえた
「ウハハ……」
ウハハがトーさんと私のお布団の上から覗き込む。いつも元気なウハハが見るからに落ち込んでいる…
「ウハハおいで」
私の言葉を聞いておずおずと布団の中に入ってくる。そんなウハハを抱きしめて
「トーさんが来るまで、一人で守ってくれてありがとう」
そう言ってウハハをほっぺですりすりした。ポワポワ気持ちいい♡
「ウハー」
「そうだな。カナメを守ってくれてありがとうな相棒」
トーさんの言葉に嬉しそうにプルプルしはじめたウハハの可愛さにテントの中は笑い声が響いた。
***
カナメとウハハが眠りについたテントの中で俺はどうしようもない想いに駆られていた…
『ごめんね…俊君………』
カナメは寝言でそう言った。
涙を流しながら…そう言った。
俺はほぼ前世の記憶は無いし、夢で思い出すのは、碌でもない思い出ばかり
その中で唯一思い出せたのが自分の名前。ろくでもない女にそう呼ばれていた。
そして泣き虫な小さな少女とその少女の母親にもそう呼ばれた記憶がある。
それが前世で思い出せた俺の唯一の「光」だった。




