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誰かいる。そんな思いが現実になるとは思ってもみなかった。何も子供の頃によく描いていた幻覚や幻聴でしかないと。そう思っていたのだが、どうやら真実はもっと残酷であった。子供の頃は何もあんなに現実のないことをそんなに恐がれたのだろうか、それを現実と捉える方が大人になって現実だと放っておいたものが実際に現実になる方がひどい。
何もそんなに恐がることはないだろう。相手は人間だ、俺も男だ、相手の男がいたって何のこともないだろう。ジリっとこちら側から勇気を出して距離を詰める。顔、覚えた、説明がしにくいことで説明がしやすい顔だ。どこにでもいる顔は特徴がないことを裏腹に特徴でしかない。一般的な顔はとくちょうが一般的であるから特徴がないと捉えられるが、逆に常套句を言うことでバラエティがすでに確保されているのが一般的な顔。実にそんな顔の不審者だ、俺の前にいる不審者は。
空き箱のティッシュがつま先に当たる。そこで妙な既視感を覚えた、前にもこんなことがあったかのような。体験したことがあるかのように。
不審者の手にはいつのまにか包丁が握られていた
「あ」
空き箱のティッシュはすでに腰あたりの位置に来ていた。真っ赤な床が目の前に広がると同時に不審者は目の前に駆け寄り助けの手を出すように包丁を突きつけた。何度も、何度も。
最後に写ったものは、ただただ既視感。なにかあったような人生の既視感。
ただただ、赤い血とともに脳裏に流れ出していった。不思議と、不審者の顔は昨日の仕事帰りの俺よりなんの心配のない顔をしていた。