表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/10

9 アレン

 舞台(やかい)で堂々と渡り合うダリアに惚れ惚れする。

 このまま見ていたい気持ちもあるが、そろそろ出番だ。


「ダリア、危険だから下がって」


 手を差し出すと、嬉しそうに手を重ねてくれる。

 リナリー公爵令嬢の方へと促して、軽く一礼した。

 ダリアから私に注目が変わる。

 というわけで……


「他の誰でもなく、創始二十伯に名を連ねる私が一太刀致しましょう。……幽霊の剣ですから、剣が体を素通りする奇跡が起きるかもしれませんが」


 ちょこっと周囲を煽ってから、王太子に向き直る。

 膝をつき頭を垂れて、両手を差し出した。


「なるほど、私の剣を望むか?」

「創始忠臣の役割を果たします。王家の手を汚すわけにはいきませんので」

「確かに至極真っ当である。任せた」


 王太子から懐刀を預かった。

 王家の代役を賜ったと言っていい。


 スッと立ち上がり、ルーク・ギブロを見る。

 引くに引けない状況に、きっと鼓動が激しくなっているに違いない。


「聖女アンリピ、あなたの力を存分に示してほしい。神の愛し子に私からも愛を捧げます」


 ルーク・ギブロが聖女アンリピに言った。いや、それらしい言葉で縋ったのだろうな。

 めっちゃ愛してるから超絶に治癒してくれよ、ってな感じ。


「も、もちろんですわ! 痛みの感じぬ早さで癒しましょう」


 安心したのか、幾分、ルーク・ギブロに余裕が生まれた。


「さあ、来い!」


 剣をも恐れぬ自分に酔っているのかよ。

 主役にでもなったかのように、ドドーンと仁王立ち。腰に手を当てて……ダッサ。


「では、まず私自身に一刀入れましょうか」

「は?」


 素っ頓狂な声を漏らしたルーク・ギブロを放っといて、袖口を上げて懐刀でザシュと斬った。


「アレン!?」


 ダリアが駆け寄ってきそうになるのを、小さく首を横に振って制止する。めっちゃ、満面の笑みでさ。

 リナリー公爵令嬢がダリアに寄り添い、王太子も手でダリアを制してくれた。

 ダリアの刺した守護刺繍入りのハンカチで、傷口をギュッと縛る。


「ルーク殿にだけ血を求めるのは不公平ですから。ルーク殿は聖女アンリピの治癒。私は医者に診てもらいます。後世に伝えていく医術を信頼していますから」

「医官を呼べ」


 王太子が指示しくれた。

 よし、周囲を見回す。

 包囲網は整ったようだ。


「では、ルーク殿も同じく腕を出していただきましょう」

「あ、ああ」


 モタモタとゆっくりと袖口を上げている。

 苛々するから、途中で一歩踏み出した。


「では、遠慮なく」

「ちょ、待て、まだ」


 お構いなしにシュッと斬りつけた。


「ひぃ、ひゃぁ」


 腰が砕けるまでもいかないが、ヘロヘロとウネウネと気持ち悪く立っている。


「血ぃ、血っ」


 腕に一筋の赤い線。

 なかなか上手く切れたなあと眺めた。


「いやあ、けっこう良い感じに切れました。紙で指を切るならぬ、腕を切る程度に収めたのです。武侯爵なら、『この程度の傷は舐めときゃ治る』程度に」


 ギブロ侯の片眉がピクッと反応した。


「アンリピ! 頼む。早く早く」


 ルーク・ギブロの慌てようったらないな。


「大丈夫ですわ」


 聖女アンリピがルーク・ギブロの腕に手をかざした。


「……ぇ」


 手をかざし続ける。


「どうした、アンリピ!? 愛してるぞ、アンリピ! 早く力を証明してくれ! 傷口がヒリヒリする」

「だ、大丈夫ですから……、……えいっ、はあっ、それっ、とうっ、えいやっ」


 掛け声の連打……滑稽だ。笑えない滑稽さだけど。


「な、なんでぇ?」


 いっこうに傷口が治らないからそりゃあ焦るだろうよ。


「愛が足りないんじゃない?」

「そ、そのようですわ! ど、どうか、皆様方、私にお力を!」


 親衛隊らが聖女を熱心に見つめる。

 若干名、疑念を抱いていそうだけど。

 聖女アンリピは、両手を広げ深呼吸している。それらしく、愛の力を集めているように見せているのだろう。


「ルーク様、ご安心を」

「ああ、聖女アンリピ。私の愛に応えてほしい」


 聖女アンリピがルーク・ギブロの傷口に手をかざした。


「……」

「……」

「……」


 何も、なーんにも変化なし。


「ぅそょっ!」

「図らずも、青天の霹靂が訪れたようですね。流石、我が愛妻ダリア。聖女の如く未来を予想していたとは」

「嘘よっ!! そんなはずは……そんなはずはばいわ! はっ! そうよそうだわ、あの魔女のような真っ赤な女のせいね」


 聖女アンリピが顔を歪ませてダリアを指差した。さっきまでの舌っ足らずな口調がどこへいったやら。


「きっと、魔女に違いないわ! あの悪しき赤魔女が負の気を垂れ流しているからだわ!! 治癒が妨害されたのよ!」


 ダリアを魔女呼ばわりとは、今、完全に私の逆鱗に触れたから。

 

「何をほざいている。お前の力不足だろ」

「なっ、なんですってぇぇっ!?」

「調べさせてもらったぞ、聖女アンリピ。『愛の聖女』だっけ、いや『愛され聖女』だったか。都合のいい解釈で人を騙したな、お前こそ魔女だろう」


 軽く手を上げ合図を出した。

 人集りから八重会の仲間が出てくる。

 ドレスには守護刺繍。

 散々、私とダリアで注目を集めていたから、周囲の陣形に気づかなかったのだろう。

 聖女アンリピを囲むように、八方位を守護刺繍が陣取っていたわけ。

 上空から見れば、封印紋のようだろうな。

 だから、ダリアを制したのだ。持ち場を保つためにさ。


「え? え? ぁの紋、様っ、やだ、な、なんで、嘘、囲まれ」


 聖女アンリピの驚愕と細切れの紡ぐ声。顔色が悪くなっていく。


「何がどうなっている!?」


 ギブロ侯爵が声を上げた。


「痛い、痛いから、治療を」


 ルーク・ギブロが涙声を出しているが、もう誰も彼に注目していなかった。

 皆がギブロ侯爵と同じで困惑している。


「いやあ、皆様方は疑問に思わなかったのか……この国に留めておきたいと思うほどの聖女が、なぜふーらふらと外遊しているのかと。普通、聖女は自国に留めおきたいものでは? なぜ、聖女は放流されたのか……知りたいとは思いませんか?」


 奇跡は人の目を盲目にさせる。

 ダリアが魅惑の果実と表したように、失念してしまうのだろう。

 奇跡とは本当にたちの悪い魅了だ、ヴァレリ辺境伯でもそうだったように。


「私は母国に連絡し内密に調べるように指示しました。知っての通り、この国で創始忠臣二十伯に名を連ねるホッヘン家当主ですが、母国でも爵位を有しております」


 ざわざわとするのは、私が別の爵位を有しているのを知らなかったからだ。別に隠していたわけではない。

 ただ、聖女アンリピと私の社交界デビューが同時期だったから、貴族らの注目は聖女アンリピに向かっただけのこと。

 幽霊伯爵には興味がなかったのだろう。


「聖女アンリピの調書を手に入れました。それによると、『愛の聖女』『治癒の聖女』だと、確かに大神殿で認定されている。補助追記によると」

「やめて!」


「『未熟な聖女』」

「黙れ!」


「聖女として治癒術は会得しているが、万民への愛、慈しみが薄く軽度な治癒に留まっている。修行をしても聖心が育まず未熟なため、治癒力は向上しない。だが、人からの好意で治癒力が強まる傾向にある。人からの愛ではなく、人への愛が育てば大聖女の可能性あり。よって、神殿での修行より、外へ修行旅を推奨。それから、最近加筆された内容は」

「言うな!」


「『愛され聖女』として各国を巡っている。愛を欲するばかりで治癒力の向上はさほど果たしていないようだ。その焦りもあり、魔女の甘い囁きに堕ちる。『他者の愛を奪えばいい』と、『その術を教えてやろう』と。禁忌の術を会得。いわゆる、聖女の魔女堕ちである」

「うるさいうるさいうるさい!」


「瀕死の子どもを抱えた母親に治癒を乞われ、子どもを想う母親の愛を奪い、治癒を成功させるが……子どもへの愛情をいっさい無くした母親となった。命に変えてでも子どもを助けたいと想う命懸けの愛を全て奪い取ったからだ。その有り余る愛を手に入れ、治癒を施し回る。行く先々で、大きな愛を略奪しては愛が途切れそうになると次の地へ。厄介なのは、愛を奪われた者は口が利けなくなり、治癒巡りの恩恵受けた者らはアンリピに傾倒する。傾倒者らが逃亡を手助けし捕縛できない」


 アンリピは、フゥフゥと息荒く恨みがましい顔で睨んでいる。

 化けの皮が剥がれたわけだ。


「さて、皆様方が授受した治癒の源は誰であったか。アンリピは治癒術を使っただけ、その源であるのは他者から奪った愛の力。調書の最後に記されたアンリピの名称は『略奪愛の魔女堕ち聖女』だ」


 誰もが押し黙る中、アンリピの荒い呼吸だけが響いている。


「気づいておられるのかな、皆様方? 声を失った愛のお方が居ることを。散々悪評を振り撒かれながらも、逃げることなく夜会に顔を出していたそうです。不思議で仕方がない。口を利けないのになぜ悪評が立ったのか。アンリピが『睨んだ』とのひと言だけで事実とされ、アンリピが『王太子の愛に応えた私を嫌うのは当然』と告げれば、それもまかり通る。否定しようにも、声を失っている。それを誰も気づかなかった、奇跡に魅了されたから。ずっと、愛も奪われ続けた。だが!」


 そこで、ゆっくり周囲を見回した。

 最後にそのお方リナリー公爵令嬢に留める。

 私の愛妻ダリアが寄り添っている。


「愛は奪われ続けたが、枯れることはなかった。常に大きな愛が注がれていたからだろう!」


 今度は王太子に視線を留める。

 リナリー公爵令嬢をずっと想い続けた大きな愛がそこに在る。奪わても奪われても、それ以上に注がれ続けた愛が。


「守護刺繍の陣形で、愛の略奪術を阻止しています。どうぞ、勇気を持ってその御心を声にお乗せください」

「リナリー、さあ」


 王太子がリナリー公爵令嬢を促した。


「……ぁ」


 小さな声だった。漏れ出るような、喉が揺れただけの。

 だけど、堰を壊すには十分だった。


「ぁぃして、ぃますわ」


 掠れて弱い声音だが、強い想いだとわかる。

 第一声は愛を注ぎ続けてくれた王太子に応えた言葉だったから。


 その時、

「退けぇぇぇぇ!」

 とアンリピがルーク・ギブロの襟首を掴み投げつける。


 皆の注目が王太子とリナリー公爵令嬢に集まっている隙に、反対側を突破しようと試みたのだ。

 守護刺繍の陣形が崩れる。

 アンリピがニヤリと笑み突っ走る。


 だが、そうは問屋が卸さない。

 陣形の隙を埋めるように、守護刺繍が並んだ。


 バチバチバチ


 守護刺繍の陣形に弾かれ、アンリピが痛みにのたうち回った。


「奇跡より軌跡を重んじる者がいるのだよ」


 カッツ侯爵だ。

 全方位を守護刺繍が埋め、守護の輪となっている。

 陣形の隙を埋めたのは……創始忠臣の方々だった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ