表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/10

8 ダリア

「奇跡は魅惑の果実。奇跡に魅了され目が眩み、歩んできた軌跡を手放してしまう」


 さあ、皆様方には目覚めていただきますわ。

 360°

 華麗に一回転した。

 新調した真っ赤なドレスの裾がふわりと舞う、真っ赤なダリアが開花するかのように。


 スカートを摘み、優雅に一礼する。


「皆様方は聖女アンリピのおかげで健やかになられたのでしょう。これからも聖女アンリピに健やかを維持してもらうのでしょう。聖女アンリピの治癒という奇跡を安穏と授かり恩恵を受け続けるのでしょう。……では、いったい、いつまで?」


 誰にとも言わずの問いを投げかけたわ。


「よろしいでしょう、皆様方が望む未来が続くと仮定致しましょう。聖女の御子は力を引き継ぐのですわね。ずっと、力は引き継がれ、聖女が聖女を産み続けるの。御子が必ず生まれる、と希望ある未来を皆様方は抱いておられる。ずっと、ずーっと、永遠に」


 パンッパンッ


 二拍手する。

 皆様方がハッとして、私の次の発言を待っているように見つめている。


「負傷しても、病を罹っても聖女アンリピによって治癒される。ええ、素晴らしい世の中でございましょう……なーんて、これっぽっちも思いませんわ。だって、この国の医学は停滞しますから。医者はこの国を見捨てましょうね。でも騎士や兵士、貴族に民もそれでよろしいのでしょ? 聖女アンリピが居れば最高最強でしたっけ? 本当にそうお思いなら恐怖を禁じえませんわ」


 皆に囲まれ、守られている聖女アンリピを視界の隅に確認する。

 フフフ、身動きは取れませんね。


「では、私も仮定の話を致しましょう。奇跡に浸かりきった皆様方に青天の霹靂が訪れますの。聖女アンリピの力が消失する。聖女アンリピが天命を全うする。聖女アンリピの御子は力を引き継がなかった。聖女アンリピは御子ができなかった。まあ、そのどれでも構いませんけれどね……奇跡の日常が突如終わりを告げるの」


 間を取った。

 一呼吸、二呼吸、深呼吸を繰り返しながら見回すの。

 もちろん、360°

 ヴァレリ辺境伯に狙いを定める。


「散々奇跡に甘えきっていた皆様方は、どうなるかしら? ……痛みも負傷もすぐに治癒されていたのに、痛みは続き負傷はすぐに治らない。負傷時の痛み、治療に辿り着くまでの続く痛み、治療の痛み、快方に向かうまでの熱を持った痛み、回復までの鍛錬(リハビリ)の痛み、今まで当たり前に超えてきた痛みを思い出す。いいえ、久方ぶりに体感することになる。そして……再び戦場へと赴く時、剣を交える時、……いえ、剣を交えることさえ怖くなる。だって、多くの痛みが待ち受けると心身が怯えるのだから」


 ヴァレリ辺境伯から声は上がらない。

 石化したかのように固まって立っている。


「私、ヴァレリ辺境伯を、この国を守る武人の方々を誇らしく思っておりましたの。痛みを乗り越え、傷を負ったとて、防衛線に向かうお姿に。どこの誰とて、ヴァレリ辺境伯を一目見れば、会したことのない敵さえも『あのヴァレリ辺境伯だ』と頬の勲章を見て恐れ慄くのです。味方は心が奮い立つのです。『あのヴァレリ辺境伯が来てくださった。もう安心だ』と。胸元の勲章などおまけだわ。身体に、いえ、心身に刻まれた傷痕こそが武人の勲章ではありませんこと? その傷痕こそ愛おしいと思っていただけるお方を、誇らしいと思うお方を、娶ったのではなくて? ーーなぜ、歩んできた軌跡をお捨てになられたのよ!?ーー」


 ヴァレリ辺境伯が唇や瞳に力を込めている。溢れ出そうになる何かを抑え込むように。


「柔肌でいたいなら、屋敷に引きこもっていなさいよ! 痛みを……死をも恐れぬ者こそが辺境を守る猛者でしょうに! 奇跡に軌跡が屈しないでよ!」


 静まり返った夜会場。

 私の声はちゃんと届くはず。


「痛みを克服した経験があるからこそ、部下に適切な指示が出せるのだわ。部下を守る判断ができるもの。でも、奇跡に甘えきっていたらどうなるか。『すぐに聖女が治癒するから気にするな』と突き進む。まるで人こそが盾であり剣であるかのように、無謀な戦いをするのでしょうね。攻撃を恐れぬそれは最高最強と確かに言えましょう。聖女が、ずっと、ずーっと、永遠にこの国に存在するのならばね。……この国の弱点ともなり得るの。聖女の存在有無で最低最弱に反転するのだから。フフフ、恐怖を禁じえませんわ」


 パンッパンッパンッ


 三拍手した。


「ちちんぷいぷい」


 私の発した予想外の言葉に、皆が目を見開いたわ。


「私、今、魔法をかけましたの。目覚めの魔法を。皆様方、お目覚めになりまして?」


 静けさを味わう。

 でも、ヴァレリ辺境伯から視線は逸らさない。

 ジッと睨み合う。見つめ合う。信じて待つ。


「目が覚めた。本来居るべき場へ戻る」


 届いたわ!

 ちゃんと私の声は届いた。


「失礼する」


 踵を返すヴァレリ辺境伯をそのまま見送ることはできない。


「お待ちを、ヴァレリ辺境伯」

「なんだ?」


 半身だけ振り向き問われた。


「これを贈らせていただきますわ」

「……ハンカチ?」

「ええ、守護刺繍を刺したハンカチです」


 困惑げなヴァレリ辺境伯に強引に押し付ける。


「戦場の大事な方々に無事を祈って刺すのが守護刺繍です。母から子へ、子から孫へ、永遠に引き継ぐことができる絆の紋様でございましょう。ヴァレリ辺境伯、ご武運をお祈り致します。どうか、この祈りを込めた守護刺繍が辺境の猛者たちを危機から救ってくれますように」


 深く深く膝を折る。

 アレンも胸に手を当て、頭を下げた。


「そなたらに恥じぬ私であり続けようと誓う。では」


 今度こそ、その背中を見送った。


 ……さてと、お待たせしたわね。

 ルーク・ギブロと聖女アンリピに向かって笑んだわ。


「き、詭弁だ!」

「私、は、真心込めて治癒を、致しました! それを、否定しなぃでぇっ」

「そうだ! 私の弱い身体だって、この国で多くの病を患う者も見事治癒した聖女アンリピを敵対視するなど許されざることだ。皆様方、そうは思いませぬか!」

「私は、私を必要とする、たくさんの想いに応え続けたいだけですっ。私の、治癒は……もう必要とされませんの?」


 ルークが周囲に説く。

 聖女アンリピも涙ながらに訴えた。


「さて、私が加勢しよう」


 ギブロ侯爵が夫人と共に出てきた。

 息子のルークが二度も私にやり込められるわけにはいかないからかしらね。


「武人の誇りは最もなことだ。聖女アンリピに頼らずとも辺境を守り抜くが役目だから。だが、多くの貴族や民が……王太子さえも聖女アンリピの治癒に助けられたのも事実。例えそれが一過性のものだったとしても、事実は覆せない。一時の奇跡を望むも我が人生の軌跡だと言えよう。奇跡を手にできる状況を自ら放棄するなど愚行だと思うがね」


「皆があなたのように心強くはありませんのよ? 奇跡に縋りつきたいのです。一縷の望みを捨てろとやせ我慢せよと? 奇跡を望んで何がいけないの? 諦めていたことを手にすることができるのよ。息子は健康な体を手に入れられたわ」

 

 ギブロ侯爵と夫人の言葉に皆が頷く。

 奇跡という魅惑の果実を捨てきれないのね。


「フフフ、果たして本当に奇跡だったのかしら?」

「おいおい、今さら疑うとは滑稽だ。少なくとも、今、周囲にいる皆様方は治癒の恩恵を受けている」


 ルークがすぐさま反論する。


「だって、疑いたくもなるわ。私、治癒を実際に目の当たりにしていないから……信じられませんわねえ」


 ニヤリとルークが笑った。


「目の当たりにすれば信じるのだな?」

「ええ、もちろんよ。聖女アンリピに傅くわ」

「言質は取ったぞ! ここに居る皆様方が証人だ」

「まあ! では、見せていただけるのね、聖女アンリピの奇跡を!」


 聖女アンリピに満面の笑みを向けたわ。


「ぇっと、はぃ。でも……治癒が必要なお方は?」

「そんな者は決まっているじゃないか」


 アレンが予定通りに声を上げる。


「ルーク・ギブロ殿、ご自身を差し出せばいいのでは?」

「え?」

「簡単なことです。一刀受ければ済む話でしょう。この場ですぐに聖女アンリピが治癒するのでしょうから」

「なっ!?」


 ルークが驚愕する。


「王城を血で汚すわけにはいかぬ。そんなことさえわからぬようでは、創始二十伯を名乗れぬぞ!」


 ギブロ侯爵が厳しい口調で言った。

 睨み合う私たち。

 互いに一歩も引かない。


「それは、私が許そう」


 均衡を破ったのは王太子。

 王太子がリナリーと一緒に出てきたわ。

 二人も手を繋いでいる。

 リナリーと視線が交わる。


『お待たせ』とリナリーの瞳が語ったわ。


「長らく社交界から遠ざかっておりました。お久しゅうございます」


 二人に膝を折った。


「新婚の蜜月は既定路線だ。社交界の洗礼も同じく、であるな?」


 王太子が周囲を見回す。

 この騒ぎを許容すると示すように。


「あ、の! 私聖女アンリピ、頑張ります!」


 ……ええっと、この聖女アンリピ、場の流れをぶった切るのがお得意なのね。

 自身のペースに持っていきたいかのよう。

 でも、願ったり叶ったりよ。


「さて、聖女もやる気のようだ。ギブロ侯、公の場での証明となる。後ろ盾であるギブロ家がその身で証明せよ」

「……はっ! 証明できましたなら、王家の一員に聖女アンリピを推したいと存じますが」


「王家に見返りを望むか。ずいぶんと思い切ったものだな」


 王太子がリナリーの腰を抱き寄せた。


「抱き寄せる手はもう片方空いておりますゆえ、臣下として有益なる者を推すのも役目と存じます」


 ギブロ侯爵が物怖じせずに発した。

 勝負をかけたのだわ。

 中堅貴族から中枢貴族へとなるための……賭けのようなもの。

 ここ一番の大勝負だと踏んだ。


 祖先が王を守るため身を投じたと同じように、身を賭けるのだから、見返りとて過去と同じく然るべきと、ギブロ家にはそれを口にする権利があると。

 堂々としているのが、その証拠だわ。


 ……脳筋ですこと。


「ルーク、次期ギブロ侯爵として、その身を投じ一太刀受けよ」


 ギブロ侯爵の言葉に、一気に青褪めるルーク。同情しちゃうわ。

 というわけで、心優しい私は援護しましょう。


「そんなあ……ルーク殿では無理でございましょう。だって、やっと健やかになられたばかりで……鍛錬もねえ? ちょっとかじった程度のお方、言わば青二才。あら、青二才に失礼だわね、だって一年だって鍛錬していないのに。打たれる経験しかなく、血を見ればどうなることやら。いくら、武侯爵が期待しても……卒倒を拝みたいわけではないのでしょう? 思い出してくださいませ、紙で指を切った程度でも大騒ぎするルーク殿ですもの」

「やってやる!! 後で吠え面かくなよ!!」


 はい、簡単だったわ。

 心優しい私は、尻込みする青数カ月の尻をちゃんと叩きました。

 アレンが横で笑いを堪えているわ。

 ……リナリーも目が笑っている。


 さあ、聖女アンリピの化けの皮を剥がしましょう。

 アレンに引き継ぐわ。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ