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7 ダリア

「見てよ、あれ」

「あら、まあ」

「いやあねえ。エスコートの仕方を知らないのかしら?」

「そりゃあ、幽霊だもの。クスクス、知らないのよ、人間界のことは」


 ざわざわ

 ざわざわ


「それに、なんなの、あの刺繍」

「守護刺繍なんて、ここを戦場だとでもお思いかしら?」

「そりゃあ、かの武候嫡男と色々あったからじゃなあい?」

「社交界も戦場だと?」

「きっと、社交界復帰の意気込みって感じじゃないかしらん?」

「幸せアピールとか?」

「『私、こおーんなに幸せですのよー』みたいな?」

「えーやだあー、虚栄心? お恥ずかしいこと。クスクス」


 ピーチクパーチクとうるさいことこの上ないわ。

 ええ、でもよろしくってよ。

 雑魚の戯言にノッてあげようじゃないの。

 アレンに目配せすると、意を得たとばかりに頷いてくれた。


『フフフ、かましていきましょうね、アレン』

『ハハハ、もちろんだよ、ダリア』


 瞳で会話したわ。

 王太子とリナリーのようにね。

 瞳は言葉以上に真実を語るもの。


「ごきげんよう、ピー嬢、パー嬢」

「え? あ……?」


 声をかけられるとは思っていなかったみたい。

 皆、左右に目を泳がせ挙動不審になっているわ。

 ショッボイお仲間の集まりだこと。物怖じして誰も返す言葉を口にしないなんて。


「あらまあ、挨拶もお返ししてくれないの? それとも、社交界のルールが変わったのかしら、私が居ない間に。伯爵夫人に声をかけられても無視するのがマナーになったとか?」

「クックックッ、そんな恥ずかしいマナーがあるのか?」


 アレンったら、上手くノッてくれたわ。


「で? ご教授くださらない、そこがピーチク嬢、パーチク嬢」

「なっ!? し、失礼ではありませぬか! ピ、ピーチクパーチクだなんて!」

「じゃあ、なんと例えればよろしかったのかしら? 社交界復帰の洗礼を受けたのだもの、洗礼返しをしてはいけないの? この私に耐え忍べとでもおっしゃるおつもり?」

「そ、そう、いうわけ……では」

「あらまあ、じゃあ、どういうわけでして?」

「そ、それは……」

「それは?」


 口撃の手は緩めませんわ。

 ショッボイ集まりを見回すけれど、誰も口を開かない。


「ねえ、剣を振り上げるなら、戦う覚悟をお持ちになってからにしてちょうだい。剣を振り上げて自身に酔っていらしたのね。まったく、困ったものだわ、幼子のお遊戯会場じゃないのよ、夜会は。矛もなく鞘へも収める度量を持ち合わせていないのなら、その軽ーいピーチクパーチク剣はしまっておくべきね」


 さて、どう出るかしら?

 ねえ、引き下がる?

 それとも、愉しませてくれるの?


「……社交界復帰、おめでとうございますわ。ですが、きっと今の社交界では大きな顔はできませんことよ」

「あら、ご教授くださるようね」

「ええ、もちろん」


 雑魚がいい度胸じゃないの。

 でも、その戦う意思には敬意を払うわ。


「お相手くださり嬉しいわ。社交界復帰してすぐの不戦勝では味気ないものね」

「っ!」

「あらあら、悔しさがお顔に出ておいでよ」

「そ、そのように余裕でいられるのも、社交にブランクがあるからですわ。社交界で愛される華が変わったのをご存知ないようにございますね」


 小首を傾げてみせる。


「公の華と懇意だからと高飛車でおいでかと思いますが、聖の華が咲き誇っておりますのよ、社交界は。社交にブランクがある方では、華の例えはわからないかしら?」


 雑魚らが顔を見合わせてニヤけている。

『はて?』と反対にも小首を傾げたわ。


「華を眺める側なのね、あなた方は」

「え?」

「私は誇れる華側なの。高飛車でけっこう。居丈高で当たり前の私はダリア。その他大勢脇役の眺める側なら、主役の誇れる側をせいぜい引き立ててくださいましね」

「なっ!?」

「あらあら、同じ台詞を言わせないでほしいわ。悔しさがお顔に出ておいでよ。クスッとな」


 この程度の者に聞かせる高笑いは持ち合わせておりませんの。


「勘違い甚だしいな、元婚約者殿」


 やっと、お出ましね。

 ルーク・ギブロ……と、聖の華とやら。


 そこで……

「クックックッ」

 アレンがルークを一瞥し笑う。


 フフフ、何をかましてくれるのかしら、アレンは。


「過去を引き摺っておいでのようで、思わず笑ってしまった。『元婚約者殿』って……クックックッ」

「な、なっ!」


 一気に顔を真っ赤にしたルークに、思わず私も笑ってしまったわ。


「し、失礼だろう!?」


 アレンを指差してルークが喚いたわ。


「人妻をその夫の面前で元婚約者呼ばわりする方が失礼では? 指差しも含めて」


 アレンが即座に返した。

 ウグッとルークが喉を鳴らす。


「あ、あの……私はアンリピと申します。聖女です」


 えー?

 この会話の流れに入ってきちゃったわ、聖女とやらが。

 それも、ルークの袖を掴んだ状態で、背後から顔をちょこっと出して。

 ないわ……。

 それが許されるのは、幼子だけ。もしくは、子犬や子猫だけじゃなくって?

 確か、聖女アンリピって二十三歳じゃなかったかしら。

 白けて、呆れてしまう。


「ぁ、そん、なぁ……悲し……挨拶、お返ししてくれないなんて」

「ダリア! 聖女アンリピを蔑ろにするな!」

「君こそ失礼だろう。我が愛妻の名を呼び捨てにするな」


 アレンがピシャリと言い放った。

 ギュッと手を握られる。


「失礼した。……ホッヘン夫人、聖女アンリピの挨拶を無視するのはいかがなものかと」

「まあっ、なんてこと! 先ほどのあれがご挨拶でしたの!? やはり、社交にブランクがありましたのね、私。あれが、今やご挨拶の様式になっていたなんて。そこが、ピー嬢、パー嬢に先んじてご教授願いたかったわ。では、私も倣いますわね」


 アレンの背後にまわって、袖口を摘む。

 ちょこっと顔を出してーの。


「あ、あのぉ……私ダリアと申します。ホッヘン伯が夫人ですぅ。これで合っております?」

「そのような弄りをするのも大概にしたまえ!!」

「ぁ、そん、なぁ……酷い」


 人集りとなった周囲を見回す。

 なるほど、聖女アンリピ親衛隊と言わんばかりの厳しい視線にさらされてしまったわ。


「フフフ、全く同じ挨拶なのに聖女アンリピなら許され、私ダリアは許されないと?」


「お遊びが過ぎますぞ、ホッヘン夫人」


 人集りの中から出てきた人物が諌めた。

 まさか、彼までも聖女寄りだとは思いたくはなかったけれど……仕方がないのかしら?


「お久しぶりですわね、辺境領からお出ましとは、国境線は平穏ですの?」

「聖女アンリピのおかげで、多くの騎士や兵士が負傷を治癒してもらい、確固たる防衛線となっている」


 八重会の仲間レネのお父上ヴァレリ辺境伯と対峙することになったわ。

 おー、怖いこと。

 ううん、全然恐れることはない。


「あら、本当に辺境伯かしら?」

「何を世迷い言を」

「勲章が見当たりませんから」


 目を細めてヴァレリ辺境伯を見て、『うーん』と怪訝な表情を向ける。

 ヴァレリ辺境伯は胸元の勲章を強調するように胸を張ったわ。

 けれど、私は目頭にソッと手を当て、首を横に振ってみせた。


「おっと、大変なことだ。目を悪くされたようですな。残念ながら、その目に治癒は発動しないでしょう」


 ヴァレリ辺境伯がチラッと聖女を見て微笑む。


「あ、たぶん……はぃ。で、でも! 私は私を嫌うお方でも、治癒をしたいのですが……ごめん、なさい。ウッウウッ」


 ウルウル潤々、媚びを売ーるぅ。

 こんなのに、社交界は乗っ取られているの? ちゃんちゃらおかしいことだわ。

 腹が捩れるくらい可笑しいけれど、笑ってはあげませんわ。


「私の知るヴァレリ辺境伯は、顔に大きな勲章(裂傷)をお持ちだったので、偽物かと思ったのですわ。だって、私の尊敬するヴァレリ辺境伯は、辺境を守る責務を放り出し、ノコノコと夜会に出向くようなお方ではなかったのですもの。まさか、国境線よりも華を守ることを優先されるなんて、とぉーっても、おかしくって」


 ヴァレリ辺境伯がグワッと目を見開いた。

 敵に見せるような眼差し。

 呼応するように、周囲からも圧がかかる。

 聖女アンリピに治癒してもらった騎士ら、警備兵も夜会場に配置されているから。


「当たり前だろう。聖女アンリピを守ることこそが、辺境を! 国境線を! 国を強固に守ることに繋がるのだから!」


「皆が治癒されて健やかになるから……なぁーんて、安易なことを抜かすなどありえませんわよね!? 国防を担う矜持はどこへお捨てになられたの!? その身に刻まれた痛みの痕こそが、勲章の証でしょうに! 頬の裂傷のないヴァレリ辺境伯など、認めませんわ!」


「小娘が知ったような口を! その柔肌では我らの背負うものがわからんのだろうなあっ!」


 ヴァレリ辺境伯が自身の右頬を撫でる。

 一瞬目を閉じ、満足げな表情で大きく深呼吸した。


「頬の突っ張りで痛みを覚えることもない。突っ張る頬に違和感を覚えながら食事を摂ることもない。薄皮となった裂傷に冬の冷風、夏の熱風が襲う日々、春秋の乾燥の痒み、季節の変わり目では痛みが疼く。ぬくぬくと屋敷で過ごす小娘にはわからぬだろう! 聖女アンリピの治癒のおかげで、我ら武人らがいかに感謝しているのかを! 完璧な身体で辺境を、国を守れているのだ。今、この国は最高最強の防衛線であーる!!」


 ヴァレリ辺境伯が拳を突き上げた。

 うわあぁーー、といっせいに歓声が上がった。

 取り巻く周囲の圧を一身に……アレンと共に受けている。

 でも、恐れるな! 私はダリアよ。

 アレンがギュッと手を握る。

 小さく頷いて応えた。

 まだ、私の見せ場ですものね。


「クスクス、最低最弱の間違いではなくって?」


 まさに鼻で笑うを体現しましたわ。


「何? 私の耳は今相応しくない言葉を聞き取ったのだが」

「あら、聞こえませんでしたの? 聖女アンリピにお耳を治癒していただいたらよろしいのでは? もしくは、辺境伯を引退なさったらいかがかしら。だって、聖女アンリピに頼らないと国を守れないと明言したようなものでしょうよっ!」

「っ!!」


「ご教授願いたいわ、ヴァレリ辺境伯。聖女アンリピはこの国のお方なの? 各国を巡っておられると記憶していますわ。いずれは、この国を出ていかれるのよね」

「アーッハッハッハ」


 ヴァレリ辺境伯に場を渡していたルークが大笑いでしゃしゃり出てくる。


「社交界復帰したばかりで何も知らないようだな。今や、聖女アンリピは王太子の愛に応えた存在。王家も聖女アンリピに多大な感謝の意を述べた。籠を得た、と言えばわかるだろうか。いや、傲慢な華は気づかぬだろうから、教えてやろう。い、ず、れ、聖女アンリピはこの国の……王家の一員となろう。貴族も民も望んでいることだからだ」


 ルークが聖女アンリピを恭しく促す。


「さあ、中央へ、聖女アンリピ」


 はにかんだように、聖女アンリピが前に出てきた。

 皆、優しい眼差しで拍手を送っているわ。

 聖女アンリピの笑顔が弾けている。


「ホッヘン夫人、これでご理解いただけたかな? 大勢は聖の華にあり。公の華は、より素晴らしい御仁に席を譲ってこそ、この国の公を担う貴族の矜持と思うがね。未だ縋りついているようで、呆れるばかり。夜会にも、少しばかり顔を出しすぐに退散する弱い華だ」


 ヴァレリ辺境伯が見下すような視線で言ったわ。

 リナリーは声を失っているから、顔出ししかできない。取り囲まれてしまえば、対応はできないから。

 それでも、夜会を欠席することなく顔を出す。

 それがリナリーの矜持。

 それを貶すことなど許しませんわ。


「揃いも揃ってお馬鹿さんだこと」


「何をおぅっ!?」とルーク・ギブロ。

「なんだとっ!?」とヴァレリ辺境伯。

 周囲からも射殺さんばかりの険しい視線と罵声が浴びせられる。


 怖いものですか、リナリーと同じく屈しませんことよ。


「聖女アンリピがこの国に留まるからなんなのです? 永遠に治癒の恩恵が続くと? 聖女アンリピは神から不死の祝福も授けられておりますの?」


「そ、それは」とヴァレリ辺境伯が口ごもる。


「まさか、失念していたとは言いませんよね? 今が良ければそれでよろしいの? 日和見主義ですこと」

「それこそ、聖女アンリピが王太子妃となれば解決する。御子は聖女の力を引き継ぐだろう」


 ルークが高らかに言い放った。


「あら、では、聖女アンリピの母上様も聖女であったの? その治癒のお力は引き継いだものですの?」

「ぇ、ぁ、それは……」


 瞳いっぱいに涙をためて小さく首を横に振っている。


「に、睨まない、で、くださぃ。怖いで、す。苦し、ぃ……負の感情を向けないでぇぇ」

「聖女アンリピ、こちらへ」


 ルークとヴァレリ辺境伯が聖女アンリピを庇い退かせた。


 そこで、私はアレンの手を離し、中央へと進み出る。

 聖女アンリピが立っていたその場へと。


 パンッ


 アレンが一拍手放った。

 一瞬の静寂、そして……


「奇跡は魅惑の果実。奇跡に魅了され目が眩み、歩んできた軌跡を手放してしまう」





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