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6 ダリア

 嘘でしょ……。


「看病疲れの上に心労もあってのことだと思う」


 秘密倶楽部から戻ってきたアレンと兄上、そして、加わった王太子の口から告げられたことに衝撃を受けた。


「本当ですの?」

「ああ、リナリーは声を失った。いや、言の葉を記すことも。筆談さえできない。声を紡ごうとすると口元が震え、筆を持つと手が震える。ただ気丈にも微笑んで立っているのだ。私だけは、リナリーの瞳を読める」


 胸がドクドクと立てぬ音を刻んでいる。

 とても、苦しくて唇を噛む。


「正確にはいつからですか、その状態は?」


 アレンがソッと寄り添ってくれ、王太子に問うた。


「……倒れたときからになる」

「リナリーは、いつ、倒れたのです?」

「私が聖女の治癒で回復したときから」

「嘘!? その倒れたときからずっとってことですの!? その状態で夜会に!?」

「ダリア、落ち着いて」


 思わず詰め寄るように言った私を、アレンが止めたわ。

 昨日の八重会の記憶がバッと蘇る。


 確か、リナリーは……『王太子の愛にお応えでき嬉しい限りです』なんて宣った聖女の手を取り、ありがとうって……感謝した。

 でも、王太子快方の安堵からか、看病疲れでフラッとよろめいて倒れた。

 そして、聖女の治癒はリナリーには発動しなく……『仕方がないことです。例え治癒とはいえ、王太子の愛に応えた私を嫌うのは当然ですもの。私が悪いのですわ』と聖女は言って……、リナリーは力なく笑い、意識を手放した。


 ねえ?

 どこにリナリーを責める要素がありまして?


 ありがとうって、口にしただけじゃないの。


「ダリア、それ以上唇を噛むと血が出るから」


 アレンにソッと頬を触れられて、唇を強く噛んでいたことに気づいたわ。


「だって、悔しくて!」

「その悔しさは糧にして、社交界をひっくり返すんだろ?」

「もちろんよ!」


 スンッと鼻を吸う。

 伝いそうになる涙を止めるように。ちょっと、上を向き居丈高にね。

 でも、アレンにはお見通しだったみたい。

 ハンカチで目元を拭ってくれる。


「へ、平気よ」

「このハンカチの威力はすごいんだ。守護刺繍入りのハンカチだし。いつも、私に力を与えてくれる。刺繍を刺した人の想いがね、とんでもなく清廉で強いから」

「……あ、当たり前じゃない」


 私の刺した守護刺繍だもの。


「そうだ、良い考えを思いついた」


 目元に唇を落とされた、アレンに。


「ニャ、ニャにを!?」


 こんなときにニャにをしているのよ!?


「暑い暑い」


 兄上の声で周囲を見回す。

 ニヤニヤニマニマ顔だらけじゃないの。

 恥ずかしいったらないわ。


「社交界復帰の夜会では、皆同じ守護刺繍をして参加するっていうのはどうでしょう?」

「え?」


 それが良い考えなの?


「声を失い、言の葉を記すことすらできなくなってしまったリナリー公爵令嬢は、紡がれる声や文字は信用できない心情ではないかと思いまして」

「確かに、聖女の声だけがよく通る現状だ、今の社交界は。先の夜会とて、リナリー公爵令嬢はひと言も発していないのに、聖女が『睨まれた』と口にしたことだけがよーく通っているし」


 兄上の言う通りだわ。


「見ず知らずの私ホッヘン伯アレンが、いくら『リナリー公爵令嬢の味方です』と声に出したところで、信用できないと思います。声など目に見えぬ不確かな音。記したところで反故にされるのも文字」


「ああ、王宮の医官らも同じようなことを言っていた。言葉を発しても、記しても、信用してもらえないと恐れ、堰をしていると。発言していなくても悪しように捉えられるのなら、発すればそれ以上に悪用させると危惧し声を失い、文字を記すことさえ怖くなっている心の病だとね。だから、私はリナリーと瞳で会話している」


 王太子が悲しげに呟いたわ。


「見えぬ心を、聖女のひと声で邪だとも愛があるだとも判断されてしまうからでしょう。対抗できるのは、ひと目で絆がわかるもの。そう……例えるなら、鉄の結束を、目に見える形にすることが良い考えだと思います」


 アレンが皆を見回して言ったわ。

 鉄の結束か……八重会こそその姿。

 ……声も言の葉を綴る文字さえ失ったリナリーは、先の八重会には参加できなかったけれど。

 空席の理由こそ、八重会のサロン開催で明かされたのだもの。


「鉄の結束を具現化した守護刺繍なら、リナリー公爵令嬢の心に届くのでは? 声は簡単に嘘も真実も紡げるけれど、守護刺繍は時間をかけて刺す絆の紋様でしょ?」

「仲間は、同じ守護刺繍を身に纏うってことね!」


 アレンの瞳を見て頷く。

 リナリーに届くと信じるわ。

 そして、皆にも確認するの。


「皆様、アレンの良い考えに乗っていただけます?」


 王太子はじめ、父上母上、兄上も頷いた。

 改めて、父上に向き直り膝を折る。


「父上、いえ、カッツ侯。バネトン公爵に一筆したためてくださいませ」と。


「それなら、私が伝えておこう」


 王太子が軽く手を挙げた。


「いえ、私カッツがその旨をしたためましょう。聖女の後ろ盾となったギブロ侯爵家に、表立って敵対できなかったことをバネトン公爵家に詫びたいのもありますし、何よりちゃんと表明したいのですよ、『聖女に反旗を翻せ』と。若い者にだけ活躍の場を預けるわけにはいかないのでな」


 父上がウィンクしてみせた。

 何よ、カッコつけちゃって、フフフ。


「私も八重会の仲間にしたためますわ。ですから、各自でそれぞれの仲間に一筆したためましょう。私は、鉄の結束を知らしめてやりますわ。オーッホッホッホ」

「了解だ、私の仲間も聖女を胡散臭いと思っている者が多いし。愉しみだな、キーッヒッヒッヒ」

「最高級の守護刺繍を刺すなんて、久々に腕が鳴るわ。ウヒッーヒッヒッヒ」


 母上のウヒ笑いを聞くのも久しぶりね。


「では……一カ月、いえ、三週間後を目処に準備を終え、一カ月後あたりの夜会でダリアの社交界復帰にしましょう。その夜会は」


 アレンがそう言って、王太子に視線を投げた。


「ああ、私に任せてほしい。王家が主催しよう。一カ月後なら、ちょうど、王都での社交シーズンが終わりとなる。今シーズンの締め会となろう」


 決戦は一カ月後ね。

 待っていなさい、聖女め。

 私ダリアが来たからニャア……オホホ、私が社交界に復帰したからには、好き勝手できなくってよ。

 オーッホッホッホ。





 三週間後。


「見事な守護刺繍だ」


 アレンが感嘆している。

 アレンの上着に、右肩から左脇にかけて守護刺繍を施した。

 私の新調ドレスには、左肩から右脇にかけて対となるように守護刺繍を施している。

 二人並べば守護刺繍が繋がるような凝った仕様になっているの。

 基本の守護紋様を連ねた私独自の刺繍。


「私の守護刺繍が一等だと自負しているわ。皆が悔しがる様子が目に浮かぶようよ、オーッホッホッホ」

「鉄の結束とやらはどこへいったんだい?」


「私たちの鉄の結束は、切磋琢磨する間柄だもの。手を取り合って助け合い、寄りかかって慰め合うなんてよっわーい絆じゃなくってよ。自分にも仲間にも胸を張るような矜持があるの。だから、リナリーは声を言葉を失っても、夜会に立ち向かっているのよ。私たちに恥じぬよう凛としてね」

「良い関係だ。羨ましいよ」


 アレンが柔らかくフッと笑った。


「アレンの仲間はやっぱり母国に居るのよね?」

「ああ、聖女の調査に協力してもらったよ」


 アレンが報告書とやらを掲げた。


「何か、こちらがつつけるようなネタはありまして?」

「まあね、作戦を練らないといけないな。ただ、『愛の聖女』『治癒の聖女』っていうのは本当だ。神殿で認定されている」

「厄介だわ。きっと、私たちは聖女に嫌われ、敵認定される。社交界と敵対してしまう。それでも」

「『聖女に反旗を翻せ』だろ?」

「ええ、最後に高笑いをするのは、私よ」



 そして、カッツ家会合から一カ月後。

 今夜、王家主催今シーズンの締め会となる夜会が開かれる運びとなった。


「ねえ、アレン」

「なんだい、ダリア」

「な、んでもない、わ」


 緊張しているわけではなくってよ。

 ただ、久しぶりの肘のエスコートで、ちょっとだけ、ほんっとうにすこーしだけ、手の温もりが欲しかったりなんかして。

 ……なーんて、アレンがきっと望んでいることを、私は察しているの。そう、きっとそう。私が手繋ぎしたいわけじゃないわ! アレンのためよ!


「ゆ、許してあげようぞ」

「ん?」

「わ、わらわの手を取ることを」


 うきゃー、変な口調になってしまっているわ。

 アレンが目を瞬いているし、ああぁぁ、なんてこと、今さら元に戻すのもおかしいし……突き進め、私。


「いいのじゃ、ほれ。そちの気持ちはよぉーくわかっておるのじゃ」


 右手を出す。出すしかないじゃないの。

 私の口が紡いじゃったのだから。

 異国のわがまま姫のようだわ。


「我が姫の仰せのままに」


 アレンったら、ニパッと嬉しそうに笑ってニギニギしてくれた。


「流石、ダリア。私たちが目立つほど作戦が功を奏すからだろ? 手繋ぎエスコートで社交界復帰なら、注目の的ってことか」

「そ、そ、そうよ! 悪目立ちして、私たちが注目を浴びる作戦よ」

「悪目立ち? いやいや、甘目立ちでしょ。もしくは砂糖多目立ちとか?」


 アレンが私の手に唇を落とす。


「おいおい、あっまーいな」


 背後からの声は、兄上ね。

 振り返って睨む。

 ……どこにあるの? 絆たる証が見当たらないわ。


「ここだ」


 兄上がポケットから手袋を出して見せた。

 手の甲部分に守護刺繍が施されている。


「ここぞって時まで隠しておく。隠密行動できるようにさ」


 作戦のためには、聖女の目をくらます必要があるものね。


「ロバートや、そう口にするのなら、潜んでおきなさい」


 父上の参上ね。つまりは、母上も参上。

 自信満々で母上の出で立ちを見る。母上の刺繍にだって負けないわ。

 ……流石は母上ね。

 バーンと大きな守護刺繍だわ。父上は上着の胸元前面に。母上はスカート前面に。

 もうね、これでもかってドドーンて感じ。


「あらあら、まあまあ……フッ、ダリアも腕を上げたものね。二人で繋がる愛の紋様を見せつけるなんて。愛され聖女のお株を奪うって感じね」

「あーら、母上も……ウフフ、全面戦争ならぬ、前面刺繍をかますなんて、ギブロ家の度肝を抜くこと間違いなしじゃない」


 この勝負、どちらが勝ちとも負けとも判断できないわ。

 母上と鋭意な笑みで頷き合って、互いの守護刺繍を讃えたわ。


「行きましょう、アレン」と私。

「行くわよ、あなた」と母上。


 見せつけてやろうじゃないの、愛し愛されるホッヘン夫人をね。


 いざ、夜会場へ。





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