5 アレン
シーン
皆の視線を一身に受けてる状況。
えーっと、とりあえず首を傾げてみる。
「まだ、詳しく状況を把握してはいません。聖女に関しては、母国の家令に調査指示はしてあります。こちらの家令には、ダリアをサポートする態勢を指示しました。えー、どうでしょう? ダリアの夫として及第点に達していますか?」
シーン
反応なしってことは、落第なのか。
「申し訳ありません。力不足です。こちらの社交界に関しては、つてがなくカッツ家に頼るしかない状況でして。これから精進しますので、長い目で見ていただきたいな、と」
「うん、うん」
ロバートが近寄ってきて、右手を出した。
握っておく。
左手で肩をポンポンと叩かれる。
固い握手だろうな、これ。
「キーッヒッヒッヒ。流石俺の最高の義弟だぜ!」
勢いで肩まで組まれちゃってるし。
ダリアが高笑いで、ロバートは悪魔笑い? カッツ家は愉快だな。
「な、な、なんで、アレンが知っているのよおぉぉぉぉ!?」
「なんでって……寝言でダリアが『聖女に反旗を翻せっ!』って言ったからね。夫として、愛する妻に加勢するのは当たり前でしょ?」
「そ、そんニャア、寝言など私が、この私が寝言など言うわけありませんわ!」
「うん、そうだよね。つまり、ダリアの明確な指令だって理解してるよ。イチャイチャの眠りに呆けていた私に発破をかけたんでしょ?」
「そ、そ、そうよ。この私が寝言など口にするはずありませんことよ、オーッホッホッホ」
「そうそう、『私ダリアが来たからニャア、好き勝手はできニャアくってよ。ニャアーッホッホッホ』『ムニャア……アレンだけよ、私を好き勝手できるのは、ムフフ』と、私をその気にさせて……本当に、ダリアは私を動かすのが上手だ」
ボンと真っ赤っ赤。
「いやあ、新婚さんの会話は背中がむず痒いもんだ」
カッツ侯爵がニマニマしながら言った。
ボスッ、とまたもやダリアにみぞおちを一撃されていたけれど。
「じゃあ、ホッヘン伯は私が連れていく。紳士の秘密倶楽部的なやつだから。父上、母上と今後について話し合えよ、ダリニャアは」
「兄上!」
「キーッヒッヒッヒ、じゃあニャア」
「もうっ、帰ってくるなぁ」
強引に連れて行かれるけれど、チラッと振り返ってダリアを見つめる。
「アレンは帰ってきてよね」
モジッとな。
ダリアが指モジしながら口にした。
帰ってくるな、はロバートに言っただけだと言い訳するような感じ。
「我が姫の仰せのままに」
ダリアのホッとした顔に安心し、秘密倶楽部とやらに向かった。
「ダリアの元婚約者ってのは、ルーク・ギブロといってギブロ侯爵家の嫡男。ギブロ家ってのは元々武芸に特化したお家柄で、主に警護関連に強い家系になる。でも、嫡男のルークは……ちょっとひ弱でさ。ギブロ侯はルークの伴侶に健やかな者を求めたんだ。次代ルークの次の血筋が健康体になるように慮った。かつ貴族位的にもルークの後ろ盾となるような者をともね。つまり、ジャジャ馬でも良いから、いや、ジャジャ馬こそ良いからって」
「ダリアを望んだわけですか」
少々お転婆で健やかなダリアで良いと先方が望んでいるのだから、カッツ家的には願ったり叶ったりってことだったんだろう。
素のダリアを受け入れる前提なのだから。
「ああ。それに、高位侯爵家だし、家はさ」
カッツ侯爵家は、建国からの歴史がある。
創始、五公八侯二十伯の忠臣に入る名家。
何を隠そう、ホッヘン家も創始二十伯に名を連ねる名家でもあって、襲爵するにあたり、創始名家のことは調査済み。
だけど、全貴族は把握していない。
それは母国だって同じで、数百、数千いる貴族を覚えることは不可能だしさ。貴族籍有無に関わらず、兄弟姉妹、子や縁者まで覚えきれるはずもない。
「で、ギブロ侯爵家は創始には入っていないけれど、武功により叙爵、陞叙していき侯爵位にまで昇った。でもまあ、侯爵位だけど、功績が武のみだから、名誉侯、中枢貴族でなく中堅貴族ってところ」
ダリアの元婚約者ってことで、ギブロ家に関しては少しばかり調べてある。
戦時代に、前線で活躍し叙爵、要人警護、近衛を経て、数代前に王を命がけで守り抜いたことから、侯爵位に陞叙されたって。ロバート曰く名誉侯という理由はそこにある。
だけど、ダリアとの婚約の背景までは詳しくはわからなかった。
それこそ、武功に秀でているギブロ家だからこそ、嫡男ルークのひ弱さは弱点だろう。弱点は大っぴらにしないものだから、内々でしかわからない情報だ。
「ひ弱っていっても、武芸に特化したギブロ家視点だから、たぶん平々凡々以下でちょい劣るちょい弱いって感じだと思う。本当に病的ひ弱なら、次代になれないだろうし」
「確かに。侯爵位まで昇った家系なら、武芸は当主や嫡男でなく、次男三男が担う態勢も妥当だとは思いますね」
「そうそう。現ギブロ侯は、ルークの代で中堅から中枢貴族へとなるべく、その態勢を整えようとしていた。だから、我が家との縁を望んだわけだが」
「当人ルークにその意識が希薄だった?」
「いや、ルーク本人もそのつもりでいた。あの夜会のちょっと前までは、ダリアともそれなりに良好だったし」
「何か心境の変化があったとか?」
「そう、たぶんね。元々、ひ弱な自身に対して、表面には出さないものの、劣等感が溜まっていたんだろうさ。そこに、活躍の場が降ってきた。警護に功績のあるギブロ家に、ある要人を国境まで出迎えにいき、王都まで警護して世話するようにって。危険度の低い、親戚のおばちゃんでも迎えにいくようなもの」
「ルークでもできる程度の?」
ロバートの口ぶりからして、そうだろうな。
「で、その要人ってのが」
「聖女だったりします?」
パチンとロバートが指を鳴らした。
正解ってことだ。
そう繋がるわけか。
「聖女の最初の信奉者はギブロ家。いや、ルークだと思う。ちょいひ弱の身体を、聖女が治癒したようだ。婚約解消に行った際にルークは言ったよ、『鍛え上げられる身体を手にできたから、赤錆の盾は必要なくなる』ってさ」
ギュッと拳を握る。
ダリアを赤錆に例えるなど万死に値する。
「まだ鍛えて上げてもいないのに、気が大きくなっていて、夜会でダリアに淑やかに慎ましくなんて言ったんだろうさ」
「ギブロ侯はなんと?」
ロバートがフンと鼻で笑う。
「ルークの物言いや意見が、カッツ家の顔に泥を塗るものだとわかっていても、あの夜会で扇子で張り倒されたのはルーク。ダリアの発言で恥もかいた」
確かに、乙女の扇子さえ捌けぬ青二才の異名やら、乙女の扇子が当たった程度で倒れる軟弱男だと、ダリアは高笑いしたよな。
「元々、ルークのひ弱さあってのダリアとの婚約だったのが、ルークの身体は丈夫になった。鍛え上げようと意気込んでいる嫡男ルークのやる気を削ぎたくない。それこそ、慎ましくルークを支える御仁が望ましい。何より……公の夜会でやり込められたルークが、そのまま惨めな思いでダリアに傅く未来を避けたい、って感じにつらつらとね」
「よくもそのようなことを、創始忠臣貴族に吐けましたね、ギブロ侯は」
中枢貴族を目指すわりには、対応が伴っていない気がする。
創始忠臣貴族に媚びへつらえとは思わないが、重鎮貴族に対して反感を自ら買いにいっては、中枢貴族になど昇れないだろうに。
武芸に秀でる者の愚直さと言えば、聞こえはいいが、場を収める物言いさえできぬ愚か者とも言える。
いわゆる簡単な処世術も伴っていない。
ロバートが婚約解消に行く前に、カッツ家に来訪することさえできていなかったし。
「まあね。あそこまで考えを詳らかにするあたり、脳筋たる武芸者だと思うよ。簡単なロジックでしょ? ひ弱なルークには健やかダリアが必要だった。丈夫になったルークには鍛錬を影で支える淑やかな御仁が望ましい。安直すぎて笑える」
「到底、中枢貴族になどなれませんね」
腹黒こそ貴族ってもの。
化かし化かし合い、相手の上をいく。
敗者は悔しがらず、相手に称賛を送ってこそ真価が問われる。
負けを認めてこそ、次の勝利に繋がるってこと。
扇子で張り倒された後、ルークがサッと立ち上がり、ダリアの手を取っていたならーー
例えば、
『……その高貴な手を振り上げるほど、私ごときに熱い激情を持っていたとは、強く思われていたことを実感できて嬉しい限り。あなたに見合う強さを私も手に入れましょう……』
ーーなんて対応は、ルークにできないだろうな。
「さて、話していたら着いた」
目的の場に到着したようだ。
屋敷を出て向かった先を見上げる。
離れか、もしくは隠れ家だろうか。
「カッツ家の秘密倶楽部にようこそ」
こじんまりした古い建物だけど、丁寧に管理されているのがわかる。
すでに、使用人が待機している。いや、常駐管理屋敷なのだろう。
「ここは、この国創建時の初代カッツ家屋敷」
「取り壊さずに管理を?」
「ああ、遺物。遺していく建物さ。カッツ家秘密倶楽部の場として使っている。本屋敷で勤め上げた者の第二の職場だ」
ロバートの目配せで使用人が玄関扉を開けた。
一歩踏み入れて見回す。
重厚な空間に圧倒された。
「見事ですね」
ロビーには御旗が飾られているのだ。
それも何十枚と、色々な御旗が。
「王家と、創始五公八侯二十伯の御旗を飾っている」
カッツ家がいかに、この国の創建から関わってきたかを、肌で感じる光景だ。
ホッヘン家の御旗も確認できた。
「まあ、全部の家が存続はしていないけど」
「ホッヘン家も幽霊でしたしね」
互いに顔を見合わせて笑う。
「さあ、本命来訪まで一献やろう」
「本命?」
「そ、王太子」
「はい?」
「カッツ家のこの秘密倶楽部は、王族と五公八侯二十伯の血筋しか参加できない掟になっている」
「……それって、本当の秘密倶楽部ってことですか?」
「ホッヘン伯は話が早くてありがたい」
またも、肩を組まれて紳士の社交部屋に、連れていかれたってわけさ。
襲爵の手続き時に一度お目にかかったっきり。
誰のことか、もちろん王太子だ。
王と王太子立ち会いで、襲爵の手続きをしたから。
あとは、夜会時に遠目で見るだけだったし。
「無理を言ってすまないな、ロバート」
「いえ、こちらもどう動こうか思案していたところだったので」
二人一緒に顔を向けられた。
とりあえず、微笑で応えておく。
「回りくどくは言わない。ダリア嬢、いやホッヘン夫人を前面に立たせたい。打開策はそれしかないように思うのだ。どうか、許可してくれないだろうか、ホッヘン伯」
王太子が頭を下げようとしている。
頭が高いを避けるために、片膝をついた。
「仰せのままに」
「立ってくれ、ホッヘン伯。襲爵したばかりの上に、新婚期間を煩わしい事に巻き込んですまない」
王太子に促されて立ち上がる。
「すでに八重会を動かし、事前に筋を通しておいでではないですか。私にまで心砕く必要はありません」
この王太子、根回し十分でここに赴いている。
それこそ、ギブロ侯やルークとは違い、人の動かし方をわかっているお方だよな。
「我が義弟は、すでに聖女の調査を母国に指示済みですよ。ダリアの社交界復帰にドレスも新調すると。その間で、サポート態勢を整えるがために、情報収集にカッツ家に来訪したぐらいですから。新妻の婚姻後の生家初訪問を表向きにして」
ロバートがニンマリ笑っている。
流石に王太子の面前で、悪魔笑いはしないか。
「いやあ、あのぼんぼん坊っちゃん青二才にダリアはもったいない。義弟がホッヘン伯で良かったよ。キーッヒッヒッヒ」
思ったそばから、悪魔笑いときたものだ。
私も追随しておこう。
「合い言葉は『聖女に反旗を翻せ!』ってことで」




