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悪妻は今日も高笑う  作者: 桃巴


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5/10

5 アレン

 シーン


 皆の視線を一身に受けてる状況。

 えーっと、とりあえず首を傾げてみる。


「まだ、詳しく状況を把握してはいません。聖女に関しては、母国の家令に調査指示はしてあります。こちらの家令には、ダリアをサポートする態勢を指示しました。えー、どうでしょう? ダリアの夫として及第点に達していますか?」


 シーン


 反応なしってことは、落第なのか。


「申し訳ありません。力不足です。こちらの社交界に関しては、つてがなくカッツ家に頼るしかない状況でして。これから精進しますので、長い目で見ていただきたいな、と」

「うん、うん」


 ロバートが近寄ってきて、右手を出した。

 握っておく。

 左手で肩をポンポンと叩かれる。

 固い握手だろうな、これ。


「キーッヒッヒッヒ。流石俺の最高の義弟だぜ!」


 勢いで肩まで組まれちゃってるし。

 ダリアが高笑いで、ロバートは悪魔笑い? カッツ家は愉快だな。


「な、な、なんで、アレンが知っているのよおぉぉぉぉ!?」

「なんでって……寝言でダリアが『聖女に反旗を翻せっ!』って言ったからね。夫として、愛する妻に加勢するのは当たり前でしょ?」


「そ、そんニャア、寝言など私が、この私が寝言など言うわけありませんわ!」

「うん、そうだよね。つまり、ダリアの明確な指令だって理解してるよ。イチャイチャの眠りに呆けていた私に発破をかけたんでしょ?」


「そ、そ、そうよ。この私が寝言など口にするはずありませんことよ、オーッホッホッホ」

「そうそう、『私ダリアが来たからニャア、好き勝手はできニャアくってよ。ニャアーッホッホッホ』『ムニャア……アレンだけよ、私を好き勝手できるのは、ムフフ』と、私をその気にさせて……本当に、ダリアは私を動かすのが上手だ」


 ボンと真っ赤っ赤。


「いやあ、新婚さんの会話は背中がむず痒いもんだ」


 カッツ侯爵がニマニマしながら言った。

 ボスッ、とまたもやダリアにみぞおちを一撃されていたけれど。


「じゃあ、ホッヘン伯は私が連れていく。紳士の秘密倶楽部的なやつだから。父上、母上と今後について話し合えよ、ダリニャアは」

「兄上!」

「キーッヒッヒッヒ、じゃあニャア」

「もうっ、帰ってくるなぁ」


 強引に連れて行かれるけれど、チラッと振り返ってダリアを見つめる。


「アレンは帰ってきてよね」


 モジッとな。

 ダリアが指モジしながら口にした。

 帰ってくるな、はロバートに言っただけだと言い訳するような感じ。


「我が姫の仰せのままに」


 ダリアのホッとした顔に安心し、秘密倶楽部とやらに向かった。





「ダリアの元婚約者ってのは、ルーク・ギブロといってギブロ侯爵家の嫡男。ギブロ家ってのは元々武芸に特化したお家柄で、主に警護関連に強い家系になる。でも、嫡男のルークは……ちょっとひ弱でさ。ギブロ侯はルークの伴侶に健やかな者を求めたんだ。次代ルークの次の血筋が健康体になるように慮った。かつ貴族位的にもルークの後ろ盾となるような者をともね。つまり、ジャジャ馬でも良いから、いや、ジャジャ馬こそ良いからって」

「ダリアを望んだわけですか」 


 少々お転婆で健やかなダリアで良いと先方が望んでいるのだから、カッツ家的には願ったり叶ったりってことだったんだろう。

 素のダリアを受け入れる前提なのだから。


「ああ。それに、高位侯爵家だし、家はさ」


 カッツ侯爵家は、建国からの歴史がある。

 創始、五公八侯二十伯の忠臣に入る名家。

 何を隠そう、ホッヘン家も創始二十伯に名を連ねる名家でもあって、襲爵するにあたり、創始名家のことは調査済み。


 だけど、全貴族は把握していない。

 それは母国だって同じで、数百、数千いる貴族を覚えることは不可能だしさ。貴族籍有無に関わらず、兄弟姉妹、子や縁者まで覚えきれるはずもない。


「で、ギブロ侯爵家は創始には入っていないけれど、武功により叙爵、陞叙していき侯爵位にまで昇った。でもまあ、侯爵位だけど、功績が武のみだから、名誉侯、中枢貴族でなく中堅貴族ってところ」


 ダリアの元婚約者ってことで、ギブロ家に関しては少しばかり調べてある。

 戦時代に、前線で活躍し叙爵、要人警護、近衛を経て、数代前に王を命がけで守り抜いたことから、侯爵位に陞叙されたって。ロバート曰く名誉侯という理由はそこにある。


 だけど、ダリアとの婚約の背景までは詳しくはわからなかった。

 それこそ、武功に秀でているギブロ家だからこそ、嫡男ルークのひ弱さは弱点だろう。弱点は大っぴらにしないものだから、内々でしかわからない情報だ。


「ひ弱っていっても、武芸に特化したギブロ家視点だから、たぶん平々凡々以下でちょい劣るちょい弱いって感じだと思う。本当に病的ひ弱なら、次代になれないだろうし」

「確かに。侯爵位まで昇った家系なら、武芸は当主や嫡男でなく、次男三男が担う態勢も妥当だとは思いますね」


「そうそう。現ギブロ侯は、ルークの代で中堅から中枢貴族へとなるべく、その態勢を整えようとしていた。だから、我が家との縁を望んだわけだが」

「当人ルークにその意識が希薄だった?」


「いや、ルーク本人もそのつもりでいた。あの夜会のちょっと前までは、ダリアともそれなりに良好だったし」

「何か心境の変化があったとか?」


「そう、たぶんね。元々、ひ弱な自身に対して、表面には出さないものの、劣等感が溜まっていたんだろうさ。そこに、活躍の場が降ってきた。警護に功績のあるギブロ家に、ある要人を国境まで出迎えにいき、王都まで警護して世話するようにって。危険度の低い、親戚のおばちゃんでも迎えにいくようなもの」

「ルークでもできる程度の?」


 ロバートの口ぶりからして、そうだろうな。


「で、その要人ってのが」

「聖女だったりします?」


 パチンとロバートが指を鳴らした。

 正解ってことだ。

 そう繋がるわけか。


「聖女の最初の信奉者はギブロ家。いや、ルークだと思う。ちょいひ弱の身体を、聖女が治癒したようだ。婚約解消に行った際にルークは言ったよ、『鍛え上げられる身体を手にできたから、赤錆の盾は必要なくなる』ってさ」


 ギュッと拳を握る。

 ダリアを赤錆に例えるなど万死に値する。


「まだ鍛えて上げてもいないのに、気が大きくなっていて、夜会でダリアに淑やかに慎ましくなんて言ったんだろうさ」

「ギブロ侯はなんと?」


 ロバートがフンと鼻で笑う。


「ルークの物言いや意見が、カッツ家の顔に泥を塗るものだとわかっていても、あの夜会で扇子で張り倒されたのはルーク。ダリアの発言で恥もかいた」


 確かに、乙女の扇子さえ捌けぬ青二才の異名やら、乙女の扇子が当たった程度で倒れる軟弱男だと、ダリアは高笑いしたよな。


「元々、ルークのひ弱さあってのダリアとの婚約だったのが、ルークの身体は丈夫になった。鍛え上げようと意気込んでいる嫡男ルークのやる気を削ぎたくない。それこそ、慎ましくルークを支える御仁が望ましい。何より……公の夜会でやり込められたルークが、そのまま惨めな思いでダリアに傅く未来を避けたい、って感じにつらつらとね」

「よくもそのようなことを、創始忠臣貴族に吐けましたね、ギブロ侯は」


 中枢貴族を目指すわりには、対応が伴っていない気がする。


 創始忠臣貴族に媚びへつらえとは思わないが、重鎮貴族に対して反感を自ら買いにいっては、中枢貴族になど昇れないだろうに。

 武芸に秀でる者の愚直さと言えば、聞こえはいいが、場を収める物言いさえできぬ愚か者とも言える。


 いわゆる簡単な処世術も伴っていない。

 ロバートが婚約解消に行く前に、カッツ家に来訪することさえできていなかったし。


「まあね。あそこまで考えを詳らかにするあたり、脳筋たる武芸者だと思うよ。簡単なロジックでしょ? ひ弱なルークには健やかダリアが必要だった。丈夫になったルークには鍛錬を影で支える淑やかな御仁が望ましい。安直すぎて笑える」

「到底、中枢貴族になどなれませんね」


 腹黒こそ貴族ってもの。

 化かし化かし合い、相手の上をいく。

 敗者は悔しがらず、相手に称賛を送ってこそ真価が問われる。

 負けを認めてこそ、次の勝利に繋がるってこと。


 扇子で張り倒された後、ルークがサッと立ち上がり、ダリアの手を取っていたならーー

 例えば、

『……その高貴な手を振り上げるほど、私ごときに熱い激情を持っていたとは、強く思われていたことを実感できて嬉しい限り。あなたに見合う強さを私も手に入れましょう……』

 ーーなんて対応は、ルークにできないだろうな。


「さて、話していたら着いた」


 目的の場に到着したようだ。

 屋敷を出て向かった先を見上げる。

 離れか、もしくは隠れ家だろうか。


「カッツ家の秘密倶楽部にようこそ」


 こじんまりした古い建物だけど、丁寧に管理されているのがわかる。

 すでに、使用人が待機している。いや、常駐管理屋敷なのだろう。


「ここは、この国創建時の初代カッツ家屋敷」

「取り壊さずに管理を?」

「ああ、遺物。遺していく建物さ。カッツ家秘密倶楽部の場として使っている。本屋敷で勤め上げた者の第二の職場だ」


 ロバートの目配せで使用人が玄関扉を開けた。

 一歩踏み入れて見回す。

 重厚な空間に圧倒された。


「見事ですね」 


 ロビーには御旗が飾られているのだ。

 それも何十枚と、色々な御旗が。


「王家と、創始五公八侯二十伯の御旗を飾っている」


 カッツ家がいかに、この国の創建から関わってきたかを、肌で感じる光景だ。

 ホッヘン家の御旗も確認できた。


「まあ、全部の家が存続はしていないけど」

「ホッヘン家も幽霊でしたしね」


 互いに顔を見合わせて笑う。


「さあ、本命来訪まで一献やろう」

「本命?」

「そ、王太子」

「はい?」

「カッツ家のこの秘密倶楽部は、王族と五公八侯二十伯の血筋しか参加できない掟になっている」

「……それって、本当の秘密倶楽部ってことですか?」

「ホッヘン伯は話が早くてありがたい」


 またも、肩を組まれて紳士の社交部屋に、連れていかれたってわけさ。




 襲爵の手続き時に一度お目にかかったっきり。

 誰のことか、もちろん王太子だ。

 王と王太子立ち会いで、襲爵の手続きをしたから。

 あとは、夜会時に遠目で見るだけだったし。


「無理を言ってすまないな、ロバート」

「いえ、こちらもどう動こうか思案していたところだったので」


 二人一緒に顔を向けられた。

 とりあえず、微笑で応えておく。


「回りくどくは言わない。ダリア嬢、いやホッヘン夫人を前面に立たせたい。打開策はそれしかないように思うのだ。どうか、許可してくれないだろうか、ホッヘン伯」


 王太子が頭を下げようとしている。

 頭が高いを避けるために、片膝をついた。


「仰せのままに」

「立ってくれ、ホッヘン伯。襲爵したばかりの上に、新婚期間を煩わしい事に巻き込んですまない」


 王太子に促されて立ち上がる。


「すでに八重会を動かし、事前に筋を通しておいでではないですか。私にまで心砕く必要はありません」


 この王太子、根回し十分でここに赴いている。

 それこそ、ギブロ侯やルークとは違い、人の動かし方をわかっているお方だよな。


「我が義弟は、すでに聖女の調査を母国に指示済みですよ。ダリアの社交界復帰にドレスも新調すると。その間で、サポート態勢を整えるがために、情報収集にカッツ家に来訪したぐらいですから。新妻の婚姻後の生家初訪問を表向きにして」

 

 ロバートがニンマリ笑っている。

 流石に王太子の面前で、悪魔笑いはしないか。


「いやあ、あのぼんぼん坊っちゃん青二才にダリアはもったいない。義弟がホッヘン伯で良かったよ。キーッヒッヒッヒ」


 思ったそばから、悪魔笑いときたものだ。

 私も追随しておこう。


「合い言葉は『聖女に反旗を翻せ!』ってことで」





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