10 アレン
二週間ほどが経った。
今日もいつも通りの……
「オーッホッホッホ、この私ダリアに勝とうなんざ、ヒャックネーン早ぇってもんさ」
朝作業、ダリアを寝言ごと抱きしめる。
「あたしゃあ、ねえ」
「うん?」
寝言に続きがあるようだ。
「アァルエェぇンの妻よぉん」
「うんうん」
すごい巻き舌だな。
「デュフフフ」
「ん?」
モゾモゾッとな、愛妻の腕が伸びてきて……
「アレン、だいちゅきー」
ムギュッとな、の豊満体温を堪能してーの、
ポンポンと背中をあやすと、スースーと健やかな寝息が聞こえてきた。
「おやすみ」
頭にひとつキスをして、二度寝に入りましたとさ。
秘密倶楽部に参加中。
「ホッヘン伯の健闘を讃えて」
乾杯である。
「いやあ、成敗! ってなもんを経験できて心躍りましたぞ!」
「そうそう! 最後の最後、舞台に出た瞬間は快感でしたな」
「これぞ、創始忠臣だあ! ババーンって」
「ラスボス感満載で痺れましたよ」
創始忠臣らが勢ぞろいして、ガヤガヤ、ワイのワイのと愉しげだ。
「それにしても、我が義弟殿。よく、あんな詳細な調書を手にできたな?」
ダリアの兄、義兄のロバートが肩を組んできた。
「普通、聖女の調書って秘匿じゃなかったか?」
耳元でコソッと訊いてくる。
「母国の連中が、大神殿から調書を拝借しただけです。もちろん、ちゃんと返却しましたよ」
さらりと返答する。
「……やっるなあ」
カチン
と、持っていたグラスにロバートがグラスをあてワインをひと口飲んだ。
私も肩を竦めてグラスに口をつける。
「ホッヘン伯」
声をかけられ見ると、バネトン公爵がグラスを少し掲げていた。
「どうぞ」
ロバートがバネトン公爵に会釈して少し引く。私の横を空けたのだ。
とりあえず、カチンとグラスを合わせる。
バネトン公爵、ロバート、私三人で肩を並べた。
「まずは感謝を。娘を助けてくれてありがとう」
「いえ、私は愛妻を手助けしただけですから」
「そうか……、ところで聖女がどうなるかは気にならないか?」
あの夜会後、魔女堕ち聖女アンリピは、ロバートの仲間ーー守護刺繍の手袋をしたーーに捕らえられ、神殿の幽閉部屋に入れられた。
アンリピに治癒され、傾倒する民らによって逃がされそうになったが、それも予測済みで阻止できた。真実が広まれば傾倒者らも目を覚ますことだろう。
今日、大神殿から引き取り隊が来て、引き渡したばかりである。
罪を犯した聖女や魔女の処遇は、大神殿が請け負うのが慣例で、手出しできない。
バネトン公爵が、この国でのアンリピの所業を大神殿側に説明した。大神殿側は平身低頭だったという。
大神殿が外修行を推奨したばかりに起きた被害だと言ってもいい。
「術剥がし後、幽閉が妥当でしょう。バネトン公は不服でしょうが」
娘リナリー公爵令嬢が被害に遭ったからでなく、国を揺るがしかねない状況になったわけだし。
通常ならさ、魔女堕ち聖女なんて……魔女ってことで、それなりの極刑となってもおかしくはない。
「不服……か。いや、あれ(アンリピ)が存在することで、次代のリナリーには有利となろう。恩恵を受けた貴族らは頭が上がらないからな」
バネトン公爵がニヤッと笑った。
リナリー公爵令嬢の愛の力で治癒されながら、悪評を振り撒いた負い目があるからだと予想できる。
転んでもただでは起き上がらないのが貴族というもの。流石、公の位にある者だなと、笑み返す。
「まあ、術剥がしをして、廃人にならない可能性は低いでしょうし。今まで愛を奪われた被害者の報いを受けることでしょう」
呪いと一緒だ。
呪詛返しは放った呪いの倍で返ってくる。
術も同じ、いやそれ以上だろう。被害者分の術返しが襲ってくるだろう。
「ギブロ家は?」
ロバートが言った。
「今回の一件に関わっていない遠縁に代替わりさせる」
「それも妥当ですね」
三人で顔を見合わせる。
「さてと、面白くない話はここまでだ。皆、再度グラスを掲げよ!」
バネトン公爵が声を響かせる。
「メテウス国へようこそ、ホッヘン伯。大いに歓迎する、乾杯!」
どうやら、正式に秘密倶楽部入会を果たしたようだ。
「ねえ、アレン」
「なんだい、ダリア」
呼ばれれば、ちゃんと顔を向けるわけで。
ダリアと視線が重なるわけで。
絡み合う視線を弾くようにダリアは口を開いた。
「私、山籠り致しますわ!」
それはもう高らかに言い放った。
高揚しているのか、若干、鼻の穴が膨らんでいる。
控えている執事に目配せする。一礼し静かに出ていく。家令に知らせるはずだ。
さてと、次は何事か。
「ちょっと、聞いておりますの、アレン!?」
「ああ、もちろんだよ。理由を訊いても?」
「修行しようと思うの! 修行といえば山籠りだって相場が決まっているじゃない」
エッヘンとばりに胸を張るダリア。
……うーん。
何がどういうことか、さっぱりわからない。
でも、まあいっか。
後で家令と執事から詳しく聞けるだろうし。
「じゃあ、山籠りの装備を準備しておこう。先の一件で蜜月期間が短かったし、寒い山で人肌で温まる日々も悪くないな。二人で月を眺めながら過ごそうか」
「しゅご、しゅごすのではありませんの! ひとり修行ですもの」
「却下」
「お願いよ、アレン!」
ダリアのお願いは聞いてあげたいけど、山籠りのひとり修行なんて……拷問かよ、残されひとり寝する私にとってさ。
蜜月期間だって短かったんだから、ダリアのお願いは却下一択。
つうわけで、必殺技を出そうか。
「っ、痛む」
腕を押さえる。
「アレン!」
駆け寄ってきたダリアは、心配そうに包帯の巻かれた腕に触れぬように手を添えた。
「待っていてね、アレン! 私が山で修行し、必ず治癒術を得てきますわ! あんなヤバ女が会得できて、私ができないなど決してありませんもの!」
なるほど、なるほど。
そういう思考だったのか。
確かに二週間以上、包帯を外さなかったから、ダリアは自分のせいで傷が治らないと思っていそうだもんな。
「却下だ、ダリア」
「でも!」
「もう傷は塞がっている。ダリアが包帯を解いてもいい」
「え!? 本当?」
恐る恐る包帯が解かれ……傷痕ない肌が露出した。
ダリアはめっちゃ目を見開いて驚いている。
「な、んで!? え? え? さっき、痛むって」
「うん、心がさ。私はダリアと一日だって、一時だって離れたくないのに、ダリアは山籠りするって言うから」
「んっもうっ! アレンったら、アレンったら」
ポカポカと可愛い攻撃もどきをされている。
攻撃ごとグイッと抱き寄せた。
「……心配したんだから」
「うん。私も心配で包帯を巻いていた」
「なぜ?」
「見た通り、傷痕もない。当日にはこの状態だったわけ。王城の医官も驚きの回復だと、あり得ないことだと言った。まるで、奇跡みたいだと」
ダリアが私をギュッと抱きしめ返した。
「考えられる可能性はひとつしかない。守護刺繍入りのハンカチで傷口を縛っていたこと。前に言ったよね。ダリアの守護刺繍入りハンカチは、私に力を与えてくれるって。刺繍を刺した人の想いがとんでもなく清廉で強いからと」
「うん」
「大神殿の奴らがさ、ダリアの守護刺繍の力を知ったら連れて行かれるかもしれないと思って、包帯巻いて隠してた。まあ、つまりさ、結局行き着く答えは、ダリアと離れたくないってこと」
「うん……うん……うん……うっ、うっ、スンッ」
あーあ、泣かせちゃったかあ。
「ぁのね……大好きよ、アレン」
それ反則。
寝言でも現実でも一撃されてしまったな。
山籠りにて。
「オーッホッホッホ」
オーッホッホッホー
オーッホッホッホー
オーッホッホッホー……ホッホー
「耳に心地よい木霊だなあ」
今日もダリアの高笑いが響き渡る、のだった。
完結……
私ダリアの活躍ネタが生まれましたら、続編を描いてもよろしくってよ、オーッホッホッホ。
今年最後の公開完結作品となります。
昨年11月よりなろう活動再開し、合計3作品を公開完結できた楽しい1年でした。
まだ、新しいなろうに順応できておらず、感想欄は近々の2作品のみ受け付けています。
(作品執筆を始めると受け付け停止となります。コメ返しに時間を取られないためです。ご了承くださいませ。誤字報告なしも同じ理由です)
来年に向け新たな作品を脳内構成中。来年もよろしくお願いします。
ありゃした。
桃巴。




