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7-2・ アーサフⅡ

(行ってらっしゃいませ。御無事で)

 少女は、笑んでいる。

(あなたがリートムの王様?)

 少年が、笑んでいる。幻影は、いつも同じだ。何度も何度も繰り返し浮かび上がっては、苛み続ける。いつになれば逃れられるのだろうか。いつの日か、再び自分がリートムの王という場に戻れれば、心象は砕かれのだろうか。

 ぼんやりと覚える。そうして息苦しい眠りから覚めた時――、アーサフは自分を捕えているのが幻影ではなく現実と気づいた。

 ……

 アーサフは、狭い場所にいた。

 湿り気のある壁に覆われた、何もない、極端に狭い場所だった。そして目の前には、鉄の格子があった。その格子の向こう側からは、二人の男が自分を見ていた。

(……誰――、どこ――。とにかく、落ち着け……)

 覚醒しきってない頭を、懸命に動かしてゆく。今自分に何が起こっているかを、読み取ってゆく。

 自分は、拘束されたのだ。そして目の前の鉄格子の向こうには、自分を拘束した賊がいる。

一人は先程の、犬を操っていた男。そしてもう一人は、壮年の男。

 壮年の男が、自分を無言で見ている。その姿が、まだ覚醒し切っていないはずの自分の目を奪う。……見るからに、引き締まった、力量を感じさせる風体だ。堂々と圧するような男だ。どこから見ても、並の男とは見えない。間違いなく、この者が追剝だか盗賊だかの首領だろうと思える。

「起きたな。で、」

 その首領が、低い声を発した。

「何者だ? 身を検めたが、書簡などは持っていなかった。口上での伝達か。どんな情報だ。それとも、密使ではなく別の任務か」

 落ち着け……。まずはこの状況をとらえないと。だから、なるべく時間をかせげ……。

「私は――ただ、森を横切ろうしていただけだ」

「――」

「身を検めたんだろう? 何も持っていない。金も持って無い……。食料も、あのパンと干肉が最後だ。だから……だから急いでいた、急いで知人の所へ行こうと――。

 何を誤解しているのか知らないが、信じてくれ。解放してくれ……」

「――」

 首領の眼が、じっとアーサフを見据えている。自分の弁を、様子を一分の隙も無く見捕え、吟味し、判じている。息のつまるような緊張感を、アーサフに強いる。

 呼吸七回分の長い沈黙の時間が流れた。その果てに、

「どこの小王に仕えている?」

 誤魔化しは効かなかった。

「まさかただの旅人で白を切り通せるとは思っていないだろう? 豪族だな、しかもかなり上位の者だ。それがたった一人で何をしている? どこの者だ? 出仕する主君は誰だ?」

 どうして判る? とにかく、絶対に自分の素性を知られてはいけない。だがどう答えれば良い? どうすればこの牢から出られるんだ?

「答える気が無いのか?」

 答えられない。押し殺した顔のまま、無言を貫く。その間にも、鋭い視線が注がれる。

と。厳格の表情を変えずに、首領はあっさりと言った。

「答える気が無いのならば、それでも良い。好きにしろ」

 え?

「だが答えない限り、食料は与えない。餓えろ」

 何だって?

「我々の目的は、貴様の主君もしくは貴様の一族から身代金を取ることだ。もし答える気になったら早く言え。答えたら、食料を与える。ただし下手な嘘はつくな。貴様が名と身分を名乗ったら、まず我々は真偽の確認をとり、その上で金の要求に移る。貴様が嘘を付けば即座に分かる。もし嘘だった場合は、最悪の死に様を貴様に与える」

「……。私は……豪族では無い。主君などいない、家族も――いない。信じてくれ……」

「まだ騙せると思っているのか? まあ良い。私の見立て違いだったとしたら、それでも我々には別段構わない。

 とにかく貴様が身元を自白したら、食料をやる。このまま言う気が無いなら、好きにしろ。こちらの手間は、餓死した貴様の死体を森に捨てることぐらいだ」

「そんな事――止めろ……」

「言う気になったら、告げろ」

 男たち二人は立ち上がった。もうアーサフに見向きもしなかった。鉄格子の外側の、通路と思われる場へと早々に歩み去ってしまった。

 本当にアーサフは狭い、何もない空間に、置き去りにされてしまった。



                ・      ・      ・


 その同じ日。

 低地の森から遠く離れた場所。

 そこにもう一人の囚人がいた。

 彼は、両手首を枷でくくられていた。右の足首もまた鎖で、壁につながれていた。そうやって彼はすでに長い日々を獄で過ごしていた。


 ガチャリ、と鍵を開ける音に、顔を上げる。生来の機敏さに基づき、一瞬にして体に警戒心を走らせる。勿論、警戒の必要は全くなかった。

 来たのは、小柄な小僧だ。とっくに顔なじみとなった小僧がいつもの通りに扉を開けて入ってきただけだ。

「よう。今日は雨も霧も無さそうだな。いい日だな」

 嫌味なまでの明るさで言った。

 小僧の顔はびくびくと、露骨な警戒心を帯びている。怯えるのも当然だろう。会った最初の瞬間に、彼はさっそく相手の首を締め上げたのだから。……

「俺をここから出せ! さもないとこのガキの首をへし折るぞ!」

 獄に連れ込まれた正にその日、さっそく襲いかかった。最初の食事を運んできた小僧をねじ伏せ、枷でくくられた両手で首根を押さえつけた。扉の外側へ――通廊へ向かってすさまじい大声で怒鳴った。

「ここはどこだ! 誰の城だっ、とにかく今すぐ俺を解放しろ! 早くしろっ、今すぐにガキを殺すぞ、誰か来い!」

 小僧が凄まじい大声で泣き喚く。

「早くしろ! 誰か来い! 早く! 誰もいないのか、殺すぞ! ガキを見殺すのか! 早く来い!」

怒声と悲鳴と泣き声が混ざって石壁に響くが、誰も応えない。彼は叫び、散々に叫び、叫び続け、その果てにやっと、ようやく扉口に現れたのは、ただ一人の男だった。

「早く枷を外せ! さもないと貴様の目の前でこのガキを締め殺すぞ」

「好きにしろ」

 小僧の泣き声が絶叫になった。彼もまた気を奪われて目を見開いた。

 この城の主とおぼしきその男は、面白くもなさ気に事務口調で続けた。

「その小僧が死んだら、代わりの下働きの子供を連れてくるだけだ」

「――。この、糞野郎が……」

「さらに言えば、その子供から何か聞き出そうとしても無駄だ。つい先日に他所から連れてきた。この地やこの城については何も知らない。無論、貴様の素性や事情も」

「なら貴様が俺に答えろ! 何だよ、これはっ。ただの敗戦の捕虜の扱いじゃないだろう? 一体どうしてだ!

 待て! 行くな! 逃げるな、答えろ! 俺を捕えたのは誰だ、バリマックのカジョウなのか! 他の皆は今どこにいるんだっ、アーサフは無事なのか!」

 男は完全に無視し、通廊へと消えてしまった。

 その日から延々と、延々と、ディエジはこの部屋に枷でつながれ続けていた。

 ……

「俺の名はショーティアのディエジ。ショーティア湖の地の領主。リートムのガルドフ家のアーサフ王に出仕している」

 小僧は、扉に近い場に立ち、床に食事の皿を床に置くと、そこから腕を伸ばして押し出した。怯えた顔のまま小声で言った。

「俺には関係ありません」

「リートムの軍勢が外地に出陣中に、街がバリマック族に急襲されてしまった。リートム王は独り自ら街へ向かい、俺達は離れた僧院に待機していたんだが、正にその日の深夜だ、僧院に突然、素性の分らない軍勢が押し寄せて来た。まさかの事に俺達はあっけなく押さえ込まれてしまい、そこから先は俺も何も分からない。俺は捕縛され、目隠しをされ、そのままここに運ばれて鎖に繋がれた」

「何も解りません。だから何も言わないでください」

「以前にも、他国との小競り合いに負けて捕虜になった。身代金が払われるまでの間、牢へ押し込まれていた。だから判る。ここはおかしい。絶対におかしい。

 なぜだ? なんでこんなに待遇が良いんだ?」

「知りません」

「毎日一度、温かい食事が出る。夜の冷え込みの為の掛布もある。第一、ここは牢では無いだろう? 前の牢は真っ暗で、土床で、しかも水がにじんで湿っていたというのに、ここは板張りの床だ。高窓から光も風も入る。どこかの城砦の普通の部屋だろう?

 何でこんなに良く扱われるんだ? 何が目的なんだ? マクラリや他の従臣達も同じ扱いなのか? 俺だけなのか? 彼らは今どこにいるんだ? この城内にいるのか?」

「知りませんからっ」

 言い捨てるや、小僧は文字通り扉の向こうへ逃げるように消え、錠を下す金属音だけが響いた。昨日と同じく。その前の日と同じく。その前の前の日と同じく。

 こうして、日々だけが過ぎていった。

 あの獄長だか城主だかと思しき男は、二度と姿を現さない。それ以外の誰一人も現れない。

 何も無い。何も起こらない。何も解らない。あの空が見える高窓の向こうの世界で何が起きているんだか、皆はどこにいるんだか、自分がこの先どうなるのか、全く解らない。

 アーサフは無事なのか。生きているのか。解らない。

「糞がっ」

 叫びと同時、苛立ちと不安と焦りが同時に体を襲った。神経が焼き切れそうになる感触を覚えた。全身の力を込めて叫ぶ。

「ここから出せ! 糞がっ、いつまでここに閉じ込めるんだ! 出せ!」

(自分はいつまでここで捕囚とされるんだ? もしかして、――まさか)

 焦燥は、もうその段階に押しとどまっていない。絶望に変じ始めている。

(まさか、このまま、鎖につながれたまま一生を終えるのか?)

 恐怖を覚えだす。生まれて初めて、絶望と恐怖の前に屈し始めている。

(そんな事にはならないっ、必ず何か転機が来るっ)

 そう信じて、それだけを期待して、しかし結局一日は無為に終わり、その様な日がただ続くだけだ。無為の日々が何日も、何日も続くだけだ。

「誰か! 頼むから誰か来い! 何でも良いから教えてくれ! 頼む、もう助けてくれ、頼むから出してくれ!」

 絶望に息が潰れそうになる。また叫ぶ。

 高窓の外で空は、少しずつ明るくなっていく。また一日が始まっている。そして無為に終わっていくのだろうか。昨日と同じように。一昨日と、さらにその前と、さらにその前と同じように。

 その通りに、何も起こらない一日は、また終わった。

 夜を迎えていた。何も起こらない無為のまま。


         ・           ・           ・


 夜の無音の中に、僅かな金属音が響いた。

 その微かな音に反応し、目を覚ました。あの小僧が来たのか。もう朝か。また無為の一日が始まるのか。

(違う)

 朝ではない。まだ高窓の外に光は無い。外も室内も闇だ。まだ夜だ。

 素早くディエジは身を起こし、包まっていた掛布を取り払った。一瞬で緊張を覚えた。

 ここに繋がれ、もうとっくに日を数えることも止めてしまった。だが、数カ月は過ぎたはずだ。何もない無為の日々が。それが。

(何かが――起こって――。何かが、ついに、起こるのか!)

 扉が開いた。

 一つだけの蠟燭の明かり。それに照らされ一つだけの影が浮かび上がった。即座、一瞬で判った。見間違えるものか!

 彼に混乱も躊躇も無い。状況を判ずるより早く、体を反応させる。素早い勢いで相手に突進する。

「この――、貴様!」

 しかしモリットを掴み取ることは出来なかった。右足首の鎖が彼の動きを止めた。相手までもう少しという場でもんどり打つように床に転ばさせられ、その真ん前でカラスのモリットは固く立ち尽くしたまま言った。

「声を出さないで下さい」

「なんで貴様がここにいるっ、ここはどこなんだ!」

「声を出さないでっ」

 モリットは小利口に、相手の手が届かないギリギリの場に位置どり続ける。言う。

「頼みますから大声は止めて下さい。誰かに聞かれたら終わりだ。ここに入るのに俺がどれ程苦労したと思ってるんですか」

「どうやって俺を見つけたっ、いやっ、だからここはどこだ!」

「カスル領の城です」

「カスルって、なんだってそんな遠い領地に……っ」

「ここの城主は、バリマックのカジョウに恭順を示していますから」

「貴様、どうやって俺を見つけたんだっ」

「酷く手間取りましたよ。

 あの修道院に戻ったら、すでに襲撃された後で、リートムの兵士達はみんな居なくなってて。だから本当に苦労して貴方の消息を探し出しましたよ。で、カスル城に居ると分かったまでは良いけれど、今度は中に入るのが大変だった。さすがに忍び込むのは無理だから、まずは金とコネを作り、凄い金額を看守に積んでようやく俺――」

「アーサフはどこだ」

 瞬間、光の中でモリットの顔が変わった。

 表情が、大きく歪んだ。その顔から、容易に推測出来てしまった。数カ月間、心の中で否定し続け、それでももう否定しくきれなくなり始めて、それでも執念のように一縷にすがり付いてきたのに――、

「……まさか、違うよな……、アーサフは……」

 耳に付くような息苦しい無音が、呼吸六回分続いた。モリットは歪んだまま告げた。

「分らない」

「貴様! 分らないってどういう事だっ」

「だから大声は頼み……」

「言え!」

「……。二人で出発した日でしたよ。すぐに勘づかれて、――多分バリマックの兵だと思うけど気づかれて、慌てて逃げたんです、川に飛び込んで……」

「アーサフは捕えられたのかっ」

「いえ、そこで――川ではぐれてしまったんです。だってあの人がまさか泳げないなんて知らなくて、だからその後――」

「逃げたんだろう? アーサフはっ」

「だから分らないんです。俺が岸に上がった時には王様の姿は無くて、それで――」

「逃げ切ったんだろう? アーサフは生きているんだろう? 今!」

「だから分らないって! はぐれてしまったからっ。川でっ」

 モリットの表情が泣き出しそうに崩れ、悔恨を見せつける。

「はぐれてしまったから……だから神様にしか判らないんですよ。

 あの人、いい人で――いい王様で、貴方達が忠誠を捧げる気持ちも解りましたよ。すごい立派な王様だよ、だから俺も、ずっと傍にいて力を貸そうと思ってたのに……なのに、あの時、川に――。

 川から上がった後に必死で、陽が落ちるまで必死で探したけれど、でも、どうしても見つけられなくて――あの時……」

 猛烈な悔しさを見せつける。その思いにずっと苦しみ続けていたことを伝える。

 ディエジはうめくような息を漏らした。

 このガキはアーサフを見失った。誠意は有っても、でも守れなかった。殴ってやりたい! そう思い、しかし抑える。なぜなら、自分も守れなかったのだから。

 自分こそが守れなかったのだから。

「アーサフ――」

 唸るように発した。

 室内に、小さな蝋燭の光が揺れている。夜の無音の中、両者の僅かな息音が響く。夜のしじまの無為の時間が進んでゆく。ディエジは速やかに命ずる。

「今すぐに俺をここから出せ」

「無理です」

「やれ。貴様はここまで来れたんだ。だから今、俺を逃がせ」

「無茶を言わないで下さい。囚人に会うだけならともかく、囚人を逃がせっていう取引に看守が応じると思います? 今夜貴方に会うってだけで、俺がどれだけ金を払ったと思ってるんですか?」

「金なら払う」

「え?」

「俺が自領の城に戻れたら、貴様に金を払う」

「本当に?」

「払う。戦役で捕虜になった場合の身代金と一緒だ。正当な金だから払う。

 とにかくここはおかし過ぎる。何でカジョウは俺に身代金の要求をしないんだ? 何も無く、ただ閉じ込められているだけなんておかしい、気味が悪すぎる、なぜなんだっ」

「俺に訊かれても分かりませんよ。そんな事より、本当に俺に礼金を払ってくれるんですか? それに礼金以外にも、かなりの金額が必要になりますよ」

「払う。出来るんだな。いつ逃げられる?」

「本当に本当ですね? 約束ですよ、聖者に誓って、本当に払ってくれるんですね?」

 狡猾の眼で見据えてくる。だがそれがなんだ。今頼れるのはこの泥ガラスだけだ。無為の恐怖にはもう耐えられない。

「しつこい! 払うと言ったぞっ、だからここから出せ!」

 蠟燭の光が揺れ、カラスが僅かに笑った。

「分かりました。ちょっと調べて、動いてみます」

「出られるのは何時になるだ!」

「そんなの今は分かりません。これから色々と調べて確実な策を練らないといけないから」

「だからそれはいつ分かるんだっ」

「だから分からないって。お願いだから、気長に待ってて下さいよ。失敗したら貴方も俺も地獄落ちになるんだから。そんなの嫌だ。分かってるでしょう?」

 焦りに自分の顔が歪んでいるのが分かる。それでもカラスを強く見捕える。少なくとも今、無為は終わりかけていると、自らを説得する。

「――貴様を、信じる」

「そうしてください。俺もなるべく急いで、でも慎重に事を進めますから。じゃあ、ディエジさん。俺は帰ります」

「待て! 次はいつ会えるんだっ」

「分からないって何度繰り返させるんですか。俺を信じるって言ったばかりでしょう?」

「――」

「でもね。多分次に会うときは、一緒にここから出る時ですよ。俺がそうしますから。神と聖者の御加護を祈ってて下さい」

 言い切り、にんまりと笑ったのだ。

 途端、あっさり素早く歩み出す。それ以上ディエジが声をかける間を与えなかった。振り返りもせず扉を抜け、その扉を閉じ、後は再び錠が降ろされる音だけが響き、あっという間、室内には虚ろな無音が戻った。

 そして、ディエジは初めて気付いた。自分の指先が冷たくなっていた。

 自分の心臓が強く拍動していると気付いた。恐怖と絶望が消えた訳ではない、逆に増したんだと気付いた。

 長い無為の時間の果て、やっと世界が動き出した。


 ――直後。

 ディエジが自分の左胸に手を当てて鼓動を確認していた時。

 獄を出て薄暗い通廊から角を右に曲がった場所で、カラスのモリットはニッコリと笑った。その笑みのままに言った。

「何だよ、その顔は?」

 苦虫を噛み潰したような目のカスル城主が、通廊を塞ぐように立っている。そのまま真っ向から訊ねてきた。

「何を考えているんですか?」

「何をって?」

 城主が手に持つ灯火が、通廊を抜ける夜風にちらちらと揺れている。その光を受けて、モリットの笑みも奇妙に揺れ動いている。

「あの捕囚を生かしておいて、しかも貴方がわざわざ接触までしている事をコノ王が知ったら、どうなると思っているんですか?」

「どうだろうな? 俺は怒鳴られるかな?」

「そんな軽い事態では無いでしょうに。元々あの捕囚は即座に処刑するようにとの指示だったものを、なぜその通りにしないのですか」

「殺すだけならいつでも出来るだろう?」

「ならば今すぐに殺すべきです。貴方は王の計画に綻びを入れている。その自覚が無いのですか? なぜです? 何を考えているんですか?」

「何も考えてないよ」

「そんな返答があるのですか? 私には全く理解できない。コノ王に――御自身の父親に背くという大罪を何故敢えて犯すのですか? 私には理解できない。狙いは何なのですか、イリュード王子っ」

 と。モリットの笑みが消えた。呼吸二回の間の無表情の後に、奇妙な眼で相手を睨んだ。

「俺はカラスのモリットだ。間違えるな」

 揺れる光に、どこか底深い、淀みを帯びた眼だ。だが、武人的な無神経の気質のカスル城主は、平然と返す。

「カラスとは何の事です? それより私が知りたいのは、貴方がなぜ御父上に背こうとするかという事です。理由を教えて下さい」

「――。面白いからだよ」

「面白いとは? 意味が私には理解が出来ません、イリュード王子?」

「モリットだ」

 もうそれ以上をモリットは言わなかった。面白くもない粗忽な武人など、さっさと見捨てた。いきなり相手の横を小走って抜けると、そのまま闇の城内の奥に消えた。しつこく“王子!”っと声がける声が、一度だけ通廊に響いて消えた。

 カスルの城砦に、夜の闇と無音が戻った。



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