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第二章 第3節 序

 ――今からひと月ほど前、如月先生から久しぶりに一緒に飲まないかと誘われ、私は単純に還暦を迎える先生は久しぶりに教え子と飲み交わしたいのだろうと思い、私は少し早いが還暦祝いを持って先生が指定した料亭へと足を運んだ。

「やあ、航路君! すまないなあ、いきなり。まあ、座ってくれ」

 先生にお会いするのは7、8年ぶりだろうか。久しぶりにお会いした先生の頭は白く染まりつつあり、そしていくぶん額が拡がっていた。あえて変わったといえばそのくらいの印象で、肌艶はずいぶん良く、内から出る若々しさを十分に持っていた。

 そんな先生は私より随分先に来ていたと思われほろ酔い加減であった。私が還暦祝いの品を渡すと「この馬鹿。こんなものを持ってきて。還暦なんて変なもの思い出させるな」と言いながらも笑って受け取り、そのあとしばらくお互いの近況を報告し合った。


 1年前に公布された『自己尊厳死容認法』の原案作成に先生は深く関わっていた。そして来年、法が施行されるとともにその事業、ライフ・ケア事業と呼ばれるものが始まる。そしてその事業の責任者をしていることを聞かされた。私は率直なところ自殺を国が容認する事態を異常と受け止めていたが、先生によれば自殺者数がここ半世紀まったく減ることもなく推移している。その上少子化のため日本の人口減少に歯止めがかからず、国力は乏しくなる一方とされている。それをかなりの荒療治であるがあえて認めることで自殺を減らそうというのである。

「すみません、多々議論があり、その結果の法案可決であるわけですが、やはり私は理解に苦しみます。私はそれで自殺者が減るとは考えられません。先生が進めてみえるライフ・ケア事業というものは自殺の幇助としか思えませんが」

「そうだな。それで実を言うとな、航路くん。今日はその話をしたくて君を呼んだのだ」

「……?」

 私は、まったく意味がわからなかった。『自己尊厳死容認法』を世間では『自滅支援法』と揶揄しているし私自身そう捉えている。もっと他に方法があると思い、まだまだ議論が必要だとは感じていた……そう、私は感じていただけなのだ。この法律が私自身に直接関わることなどあるわけはないと他人事でいた。法の施行が決まっているところで今さら私に先生は何を語ろうというのだろう? 純粋な興味として先生の話は聞きたかったが、その話のために私を呼んだということには少し怯えを感じた。

「君が知ってのとおり、私はつまらない駆け引きをやらない性分だ。故にまずは要件を率直に伝える。そして私の話を聞いてくれ」

 先生から先ほどまでの陽気な笑顔が消え失せ、赤ら顔であるものの眼鏡の反射越しに見える眼光は強烈なものだった。そしてその目は私に両手を強く握らせ、本物の怯えだということを私に教えた。

「航路君。君にライフ・ケア・ステーション名古屋事業所の所長を務めてもらいたいんだ」

その言葉は私の想像の範疇を大きく超えたものでありすぎた。そしてそのあまりにも唐突な言葉に私は迷うことなく口から出てしまった言葉はこうだ。


「嫌です」


 先生は私の返事に面食らったようだ。私の言葉に目を丸くした。そしてすぐ先生らしからぬ大声で笑われた。

「おいおい、航路君。君も強くなったなあ。いきなり嫌ですとはなあ。いやあ、しかし、嫌ですは傑作だなあ」

 そう言って尚も笑いながらお猪口に口をつけた。言った私はその先生の反応に自分が急に恥ずかしくなり、頭を深々と下げ「失礼しました!」と声を張り上げた。

「いやいや、いいんだよ。私自身、突拍子もないことを言ったからな。それも何の説明もなしに。まあまあ、航路君、ちょっと聞いてくれ」

 先生はそして私に語った――


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