真名 ―自業自得―
気持ち悪い。
舜はどこにいるの?
真っ暗闇で何も見えない。
どうしてこんなことになったんだろう?
思い出そうとするが心が思い出す事を拒否する。
***
その日初めて舜以外の男の子を部屋に上げた。初めて出来た彼氏の徹君だ。そして初めて触れても怖くないと思った男の子だった。
それがそもそもの間違いだったのだ。
「へえ、女の子らしい部屋だね。舜もよく来るの?」
「全然! 最近は全くないです!」
「そうなんだ。幼馴染として部屋に呼んでもいいけど、彼氏としては妬いちゃうから程々にしておいてね」
「は、はい、勿論です!」
にっこりと微笑まれると胸がときめき、幼馴染でしかない舜にさえ妬いてくれているという事実に嬉しくなった。
そのまま、たわいもない話を続けていると一瞬会話が止まり、次の瞬間に彼と目があった。
そのまま吸い寄せられるように彼の顔が近づいて来る。
いよいよ初キスなのね、と胸をときめかせていると唇が触れた瞬間から心臓の鼓動の高まりが止まらない。
口づけをしたまま彼の手が私の胸にふれた瞬間に胃の奥を掴まれたような不快感が湧き上がって来て吐き気が止まらなくなり、反射的に彼の身体を突き飛ばした。
「どうかしたの?」
「ごめんなさい。よく分からないけど気持ちが悪くなったの」
「いきなりだったからびっくりしたんだよね、ごめんね。初めてだからきっと怖くなったんだよ。優しくしてあげるから心配しないで」
優しく微笑む彼の顔を見ても気持ち悪さが止まらなかった。それよりも一層気持ち悪さが募るようだった。
「本当に気分が悪いの、ごめんなさい。また今度にしましょう。次はちゃんと出来ると思うの」
「いいから。僕に任せておけばいいんだよ」
私を組しだく彼の顔からはいつもの優しい笑顔が消えていた。
今ではもう、触られる事に不快感しかない。力の限りに押し返そうとするけれども所詮は女の力でしかなく敵うはずがなかった。
なぜ男性恐怖症が治ったと思ったのだろう?
なぜこの人なら大丈夫と思ったのだろう?
なぜ彼は舜ではないのだろう?
様々な思いが駆け巡る中、身体中から抵抗する力が抜けた私はそのまま意識を手放した。
そして再び意識を取り戻した時、私は一人で自分の部屋にいた。
部屋の散らかる様子から自分の身に何が起きたのかは完全に理解出来た。それに身体のあちらこちらが痛い。その中でも特に痛むお腹を押さえて床の上に横になったままの姿で身体を丸めた。
クズな男に騙されたのだ。ただ、それだけの話だ。
いつかは失うものを失っただけ、大して価値のあるものでもなく嘆く必要もない。
ずっと傍で支えてくれていた幼馴染よりもクズな男を選ぶ、そんな自分が嫌になる。
舜の事は何とも思っていない。だからといって、わざわざクズを選ぶ自分の馬鹿さ加減に反吐が出る。
さらに自分の身体から発する拒絶反応にすら気付かない。どれだけ私は愚鈍なのだろうか?
もう、何も信じない。何も頼らない。何も考えたくない。
小さな頃、嫌な事がある度に逃げ込んでいた自分だけの世界に閉じこもろう。
嫌な事は何も聞こえない。何も見えない。何も考えなくていい自分だけの世界に――
本作品は短編なのに仕上がらない事に業をにやした作者がぶつ切りで投稿したものです。
終盤までの一気読みを想定していた為に、語り手変更後の時系列については読者様各自の脳内補完でお願いします。




