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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

煙草をやめた日

作者: tsuyuri

 私は湊 撫子(みなと なでしこ)

 この春で大学三年生になった。


 軽音サークルに所属しているけど、バンドは組んでいない。

 平日は講義、週末にバイトをして、そんな日々の中、防音の部室をスタジオ代わりに、一人ギターを弾く日々を送っている。


 もちろんサークルに入った当初はバンドを組んでいた。

 今のサークルの部員たちは、真剣に音楽をやろうとしているばかりではない。大半はマンガやアニメの影響で楽器を始めて、趣味ともいえないくらいに楽器に触るだけ。他にもモテたいだとか、飲み会の話題程度。こんなんじゃコピーバンドもできない。

 一年性の時に組んでいたバンドは、三,四年生の先輩ばかりだった。いろんな曲をコピーしてライブをする。先輩たちは心から音楽を楽しんでいて、私も初めてのバンド活動に心躍らせていた。

 でももう先輩たちも卒業してしまって、今の私はサークル内で浮いてしまい、バンドに誘ってくれる人もいない。私もすでにできているグループに入るのは気まずいからしょうがない。


 今日も私は講義を終えて、テキストやレジュメの入ったバッグを肩にかけ、ギグバッグを背負って部室へ向かった。

 ふと、部室前の予定表に目がとまる。


「あ、昨日って新歓だったんだ……」


 新入生歓迎会。

 うちのサークルの新歓は、部員の紹介や、部室の使い方の説明、ちょっとした歓迎ライブのあと、朝まで飲み会というスケジュールが恒例になっている。

 新歓があったことすら予定表を見ないと忘れていた私だ。もちろん参加していない。

 みんな飲み会に参加していたんだろう、スタジオの予約表には私の名前しか書かれていない。


(今日は夜まで使おうかな)


 そう考えて、予約表に書かれている私の名前から表の下まで、思いっきり長い矢印を引いた。

 私は部室のドアに使用中の札をかけ、重いドアノブを下げて部室に入った。

 空調をつけた私は、背負っていたギグバッグからギターを取り出して、空いているギタースタンドに立てかける。最近はエフェクターボードを持ち運ぶのが面倒くさくなって、ギター一本で部室に通っている。シールドは部室に供用のものがあるし、アンプについている歪みとリヴァーブ、気分次第でコーラスのつまみを捻るくらいで十分だ。

 私は部室に置かれているジャズコーラスにシールドを差し込み、それぞれのつまみが『0』になっているのを確認して電源を入れる。


(3時か、4時間くらいは弾けそうかな?)


 時計を確認した私は、バッグを片手に部室を出て、大学構内のコンビニへと向かった。

 何本かのペットボトルの飲み物、夕食用のサンドイッチに少しお菓子を買って、乱雑にバッグへ詰めた。


(これでよしっ。……一服してから戻ろうっと)


 私は重たくなったバッグを肩にかけなおすと、部室棟近くの喫煙所へと足を向けた。

 既に次の講義は始まっている時間で、構内を歩く人もまばらに散っていて、喫煙所には誰もいなかった。バッグから小さなポーチを取り出して、煙草の箱とライターを取り出す。


 ふと、少し離れたところでスマホを片手にきょろきょろしている女の子が目に入った。

 おそらく新入生なのだろう、スマホで学内マップを確認しているようで、画面を見続けて疲れたのだろうか、たまに腕をおろして空を見上げていた。

 女の子は構内では少し目立つ服装をしていた。レースやフリルのついたピンクのブラウスに、後ろにリボンのついた膝上丈の黒いプリーツスカート。いわゆる地雷系や量産型と呼ばれる服装だ。


(可愛い女の子だな。……ああいう服、私には似合わないよね)


 私は煙草を吸おうと女の子から目線を外し、銜えた紙煙草に火をつけた後に顔を上げて煙を吐き出すと、再びきょろきょろしていた女の子と目が合った。

 女の子は少し首を傾げると、部室棟の方向へ向かっていった。

 私は去っていく女の子を視界から外して、二口めの煙草を吸った。


(今日は何を弾こうかな)


 そんなことを考えながら煙草を口から離して、肺に溜まった空気を吐き出す。

 私が煙草を吸い始めたのは、大好きなギターヒーローたちを真似てだった。

 ちいさい頃からお父さんと一緒に見ていた海外バンドのライブ映像。画面に映る人たちは、煙草を銜えてギターを弾いていた。

 きっとお母さんには「女の子が煙草なんて」って怒られそうだから、内緒にしている。


(もしかしたら、新入部員にちゃんとバンドがしたいって子が居たかもなぁ……)


 昨日の新歓に参加しなかったことへの小さな後悔を感じながら、いつの間にか吸っていた二本目の煙草を灰皿に捨てて、部室へと足を向けた。


 部室に戻ると、漏れ出ている小さなギターの音が聴こえた。


(誰だろう?今日は私だけのはず)


 静かにドアを開けて部室の中に入ると、さっき喫煙所から見かけた子と似た服装の女の子がギターを弾いていた。

 肩にかけているギターは私のギター、ムスタングだ。

 普段の私なら、勝手にギターを触られて怒っているだろう。

 でも、不思議と怒りは湧いてこなかった。


(このセッティング、私と同じ……?)


 女の子が弾くギターの音色は、いつも私が弾いている音にとても似ていた。

 部室を出る前、アンプのつまみは『0』にしていたはずなのに、目の前でギターを弾く女の子は、聴きなれた私の音を奏でていた。


(それにしてもこの子、上手だね)


 驚いたのは音色だけではなかった。

 女の子は様々な曲のフレーズの中に、速弾きやライトハンド奏法などを交えて、途切れることなくギターを弾いていた。

 その演奏のテクニックに感心して聴いていると、やっと女の子は私に気づいた。彼女はあわててギターを弾く手を止めた。


「わっ!すみません、勝手に触っちゃって……」


 彼女は焦ったような表情をして、慣れた手つきでギターのボリューム、次にアンプのマスターボリュームを絞ってギターを下ろし、スタンドへ立てかけた。


「ああ、大丈夫。いいよいいよ」


 ギターをおろす慣れた手つきに安心し、静かに微笑んで話かける。そんな私の態度にほっとしたような顔をした彼女は私と目が合うと、突然笑顔になって近づき、私の手を取った。


「お久しぶりです、撫子先輩!ついに私が来ましたよ!」


 満面の笑みで私を見つめる女の子に名前を呼ばれ、その上「久しぶり」なんて言われて、私は混乱してしまっていた。


「うん?どなたですか…?」


 誰なのかわからずに首を傾げる私に彼女は、「ええっ!」と大きく声をあげて驚いたあと、ぐっと顔を近づけてきた。


「撫子先輩、ひどいですよ!忘れないでくださいねって、必ず会いに行くって言ったでしょっ⁉私、楓ですよ!待ってるって言ってくれたじゃないですか。思い出してくださいよぉ……」


 急に大きな声出したかと思えばすぐに落ち込んでしまった楓は、目を潤ませながら泣きそうな声で私に懇願した。


(泣かれたら困っちゃうね……)


 そう思いながらも私は、名前を聞いたことで無事、楓のことを思い出すことができていた。


「あぁなんだ、楓だったのね……。すごく見た目が変わってて、全然わからなかったよ、ごめんね」


 美園 楓(みその かえで)は高校の2学年下の後輩。文化祭でバンド演奏をしたときに、文化祭実行委員をしていた楓から話しかけてきて仲良くなった、私にすごく懐いていた女の子だ。

 高校時代の見た目は、首が隠れるほどの長さの明るい茶髪だった。それが久しぶりにあった今日は、背中まで伸びた長い黒髪に、左右の耳の上から一筋の赤みがかったインナーカラーが入っている。髪型はハーフツインに結ばれていて、もともとのかわいらしさも相まってなかなかに目立つ。


「ふっふーん!私はすぐに先輩だってわかりましたけどね!制服姿の先輩しか見たことなかったですけど、私服でもちゃんと気づきますよ!」


 満足げに話す楓に少し照れくさくなった私は、話題を変えることにした。


「それにしても楓、本当に私を追ってうちに入学したの?遊びに来ただけとかじゃないの……?」


 そう尋ねた私に楓は、部室の隅に寄せていた小さなリュックからパスケースを取り出して、見慣れている学生証を取り出した。見覚えのある茶髪の楓の写真がついている。


「うわ、うちの学生証じゃん……。楓って、ストーカー気質なんじゃない?」

「失礼な、先輩の進学先は卒業式で直接先輩から聞きましたし、ちゃんと勉強する気持ちもあってここに進学したんです!」


 楓は怒ったようなポーズをとって、話し続けた。


「撫子先輩のことだから軽音サークルにいると思って新歓に参加したのに、サークル紹介にもいないし、歓迎ライブにも出てないしで、もう音楽やめちゃったのかなって不安に思ってたら、今日の部室の予約表に撫子先輩の名前があったので、今日会えると思って来たんです」


 楓は私がいると思って、軽音サークルに入ったらしい。


「それなのに時間になっても先輩は来なくて、退屈だったので『弾いていいよ』って感じになってるギターを弾きながら待ってたんですよ!」


 私に会おうとしていた楓の言葉にさらに照れてしまった私は、顔が赤くなっているような気がして少し顔を俯かせて、話をそらした。


「そ、そうなんだ……。それより楓、その恰好はどうしたの?」


 正直なところ、私の中の楓は優等生というイメージが強くて、こんな風な目立つ格好をしている楓に違和感を覚えていた。


「えっ?先輩、知らないんですか?東京ではこういうのが流行ってるんですよ。渋谷とか、街行く女子はみんなこういう服を着てるじゃないですか。私も東京デビュー、大学デビューってやつですよ!」

「うーん、楓は制服で優等生っていうイメージが強かったから、すっごい違和感……。楓の好みで着てるなら別にいいんだけどさ。楓の地毛の明るい髪、綺麗で好きだったのになぁ……」


 私の感想を聞いた楓は、「そうだったんですか?」とつぶやいて少し驚いたような反応をしたあと、顎に手をあてて考え込んでいた。

 成績が良くて真面目な子だったし、都会の流行を真剣に勉強した結果がこのファッションだったのだろう。言葉の節々から感じる久しぶりの楓の様子に、私は懐かしさを覚えていた。


「それにしても、すごい上手にギター弾いてたじゃない。いつの間に弾けるようになってたの?」


 私が話しかけると、楓は顎に当てていた手を放して顔を上げ、嬉しそうに笑った。


「えっ、上手でしたか?うふふ、嬉しいなぁ、先輩に褒められちゃった……。高校の頃から先輩に憧れてて、いつか一緒にギターが弾けたらなって思って、先輩が卒業した後の二年間、いっぱい練習したんですっ!音楽好きな先輩と話せるよう、いろんな音楽も聴きましたよ」


 楓が素直に話す言葉に、私は胸がいっぱいになったような気持ちになり、心から嬉しくなってしまった。

 私と一緒にギターを弾きたいという楓の気持ちに、今までギターを続けていた日々が報われた気がした。


「楓っ……!」


 私は飛びつくように楓に抱きついた。


「ありがとう……ありがとう、楓。会いに来てくれてありがとう。私と一緒にやりたいって言ってくれて、本当にありがとう、楓……」


 私は楓の胸元に顔を押し付けて、素直に感謝の気持ちを伝えた。

 楓はびっくりした様子で、緊張からか身体ががちがちに固まっていた。


「せ、先輩っ⁉どうしたんですかいきなりっ……。も、も、もしかして、泣いてるんですかっ⁉」

 楓は抱き着いた私を支えるように、私の背中に腕を回していた。

 私を支えるその腕に楓の優しさを感じながら、抱きしめていた楓から離れて、急に抱きついてしまった恥ずかしさを隠すように話を戻した。


「ばーか、泣いてないわよ!それより楓、何か一緒に弾こうよ。ギター、持ってきてるの?」

「私、今日は持ってきてないですよ?入学してすぐだし、教材とか配布されるプリントで荷物が多くなると思ってたので。個人のロッカーがあるって聞いて、今日受け取ったものはほとんどロッカーに入れてきたので、今はこのリュックだけです」

「それもそっか。まだ始まって2週間くらいしか経ってないもんね。私、気が急ってたみたい」


 大学に入学して最初のうちは、どの講義もオリエンテーションがほとんどだが、慣れてない楓は大変だろう。


「焦らないでください先輩っ!私、先輩に呼ばれたらいつでもどこでも行きますので!今日も、先輩が来るまで待ってようと思ってましたし、それでこのギターを弾いてたので!」


 そう話す楓に、私は軽く注意をした。


「あのねぇ楓。そのギター私のだし、いくら用意されてても勝手に他人の楽器に触っちゃダメだよ?私だって楓だったからいいけど、知らない人が触ってたらめちゃくちゃ怒ってたよ。気を付けてね?」

「はーい、すいません。気を付けます……ってこのムスタング、先輩のなんですか⁉」


 楓は落ち込んだかと思うと、急に大きな声をあげた。


「えっなに?私がムスタング弾いてちゃだめなの?」

「違いますって!撫子先輩って、高校の文化祭ではレスポールだったじゃないですか。小さい身体に大きなレスポールのイメージがあったので、びっくりしただけです」


 私だけじゃなく、楓も高校時代のイメージに引っ張られていたようだった。


「ああ、あれはお父さんのギターを借りてたの。よーく考えて、高校生の私がギブソンのレスポールなんて買えるわけないじゃない。このムスタングは大学に入学したときに買ったの」


 まあこのフェンダームスタングも、入学祝いにってお父さんに買ってもらったもので、自分でお金を出したわけじゃない。楓に格好つかないので、これは秘密にしておこう。


「そう言われると納得します。撫子先輩、ムスタングも似合ってます!サイズぴったり!」


 私は身長が低くて手も小さいので、ムスタングはレスポールに比べると軽くて、ショートスケールで小さい手でも弾きやすい。

 楓が私の低身長をからかっているように感じたが、本人にその気はないだろう。サイズが云々はスルーして、私も楓に尋ねた。


「楓は何を使ってるの?ギターを弾いてるなんて知らなかったから、あんまりイメージが湧かないけれど……」


 私のムスタングを笑顔で褒めてくれた楓は、落ち込んだように俯いて話してきた。


「私、高2からバイトしてためたお金で、ストラトを買ったんですよ。先輩のレスポールといいペアになれるかなって思って…そしたら、同じフェンダーのギターで被っちゃいました、ごめんなさい…」


 なぜか楓は私に謝った。

 私は楓が謝った理由がわからず、話を続ける。


「どうして謝るの?ストラトとムスタング、全然いいじゃない。世界にはストラト2本とか、レスポール2本とかで同じギターを使ってるバンドがいるよ?違う種類で見た目も悪くないじゃん。それに、仮に楓がムスタングを買ってても、お揃いになるから私は嬉しかったと思うよ?」


 そう問いかけると、楓は元気を取り戻したように顔を上げて、表情は笑顔に戻っていた。


「そうですよね!いろんなバンドがいますからね。それに、先輩とお揃い…うふふ!私、次に買うギターはムスタングにします!」


 いつもの様子に戻った楓に、私は呆れたように小さく息を吐いて、今日の解散を提案した。


「楓、今日はそろそろお開きにしない?もう日も暮れてきたし、講義に慣れてないから楓も疲れてるでしょ?」

「いいんですか?予定表だと、先輩は夜まで居るつもりだったんですよね。私、先輩と再会できて疲れなんて吹っ飛んでますから元気いっぱいですよ!」

「この予定は私一人だったらの話。上京してすぐの後輩を、夜まで帰さないなんてことはできませんので!」

「わぁっ!優しい~!一緒に帰りましょっ、先輩!」


 私たちは軽く部室内を片付けて、一緒に部室を出た。


「そうだ先輩、連絡先教えてもらってもいいですか?高校の時に聞きそびれて、連絡できないまま今日になっちゃったので……」


 楓は恥ずかしそうにスマホを取り出す。


「もちろん。私から送るね」


 そう答えた私も、バッグからスマホを取り出し連絡先を送信する。

 データの通信を終えて連絡先の交換が終わると、私の情報が映った画面を眺めて、楓は嬉しそうに微笑む。


「ふふっ、ありがとうございます」


 画面に映る私のアイコンをチラチラと、微笑んだまま眺める楓と二人で校門に向けて歩き出した。


「あ、ごめん楓、ちょっといい?」

「先輩?」


 私は足を止めて楓に一声かけたあと、校門手前の喫煙所へと足を向けた。楓は不思議そうに首を傾げて、私の後ろをついてくる。

 喫煙所に着くと私はバッグから煙草を取り出して火をつけた。


「やっぱりお昼に見かけたのって、先輩だったんだ……。煙草、吸うんですね……」


 少し驚いたようにつぶやいた楓は、喫煙所内で煙草を吸う私をじっと見つめていた。


「あ、あの時の子ってやっぱり楓だったんだ。…驚いたよね、やっぱり高校時代のイメージと違うかな?匂いついちゃうから、離れて待ってて」


(引かれちゃったかな……)


 そう思った私の不安は杞憂に終わった。

 楓は小走りで喫煙所に入って、私の隣にしゃがみこんだ。


「煙草吸ってる先輩、普段と違ってかっこいいです!いつもの撫子先輩は、ちっちゃくて可愛らしいイメージですけど、煙草を銜えてると大人の女性って感じがします。ギャップってやつですね!」


 煙に当たらなければ匂いはつかないと言ってしゃがみこんだ楓は、今までと変わらない、輝くような笑顔で私を見つめた。

 その笑顔は、オレンジ色の夕陽に照らされてとても綺麗だった。

 その楓の笑顔に私は胸の中がぎゅっとつかまれたような感覚になって、吸いこんだ煙草にむせてしまた。


「ゲホッ、ゴホッ!」

「先輩!、大丈夫ですか⁉」


 私は軽く咳ばらいをして息を整えた。


「ごめんごめん、ちょっとむせただけ。ほら、もう吸い終わったよ。ごめんね待たせて。帰ろっか」

「でも、顔が真っ赤ですよ?」

「夕陽のせいじゃない?」


 楓の笑顔に見惚れてしまって顔が熱い。そのせいで赤くなっているのだろう。私は照れ隠しに夕日のせいにしてごまかした。

 私たちは学校を出て、駅までの道を並んで歩き出した。

 道すがら私たちは大学での履修の立て方や簡単な講義がどれか、お互いの最寄り駅や住んでいる場所について話した。すると、それぞれの最寄り駅は一駅離れていたが住んでいる部屋はその駅の中間ほどに位置していて、かなり近くに住んでいることがわかった。


「先輩の部屋、遊びに行きますね!」

「いや、私が先に楓の部屋に行っちゃおうかな?」


 楽しく話していたらあっという間に駅にたどり着いていて、私たちは一緒に同じ電車へ乗り込んだ。

 帰宅ラッシュで混雑している電車内では、私たちの会話は止まっていた。


(もうすぐだね)


 車内の電光掲示を見上げていた私は、最寄り駅に近づいてきたためバッグからパスケースを取り出した。

 すると楓が突然、「私も、先輩の駅で一緒に降りたいです……」と小さな声でつぶやいた。


(もうちょっと話したいのかな?)


 そう思った私は、駅に到着すると「着いたよ」と声をかけて、楓の手を引いて人込みをかき分けるように電車を降りた。

 改札を出ると、駅前は帰宅する学生や大人たちでいっぱいだった。


(楓の家はここからどのくらいかな?)


 そう考えた私は、バッグからスマホを取り出してマップアプリを開いた。楓の帰りやすいルートを検索する。


「撫子先輩……」


 楓は不安そうな顔をして、小さな声で私の名前を呼んだ。おそらく勢いに任せて一緒に降りたもの、帰り道が心配なんだろう。


「ちょっと待ってね、大通りとか、できるだけ明るい安心な道を探してるからさ」


 楓を安心させようと声をかけると、楓は突然私の手を引いて歩き出し、駅を出るとあたりを見回して、何かを見つけたかのように再び歩きだした。

 楓は人通りの少ない道へまっすぐに歩き、街灯の明かりにうっすらと照らされた自動販売機の横の隙間に私を押し込んだ。


「楓……?」


 私が名前を呼ぶと、楓は改札を出たときと変わらない不安そうな表情で私の手を握ったまま、震えた声で話し始めた。


「先輩……、私たちってまだ、バンドじゃないですよね?」


 質問の意図がわからないまま、楓の様子に私も緊張したまま答える。


「ま、まあ、まだ音合わせもしてないし、仮って状態にもなってないんじゃないかなぁ……?」

「そうですよね、まだですよね……。私、撫子先輩に伝えたいことがあるんです」


 楓は意を決したような真剣な顔で、想いを口にした。


「私、高校の頃から……もしかしたら中学の頃から先輩のこと、好きだったんです。バンド内恋愛は不和のもとって言いますよね?バンドを組む前の今なら、セーフじゃないですか?


 楓は真剣な表情のまま、私に告白した。


「撫子先輩、好きです。私と付き合ってください」


 突然の楓の言葉に、私は驚きの感情を隠せずに聞き返す。


「え、ちょっ……。本気なの?楓……」

「本気です、本当です。からかってなんかいません、先輩、大好きです」


 楓は表情を変えずに、気持ちを言い終えた口を結んで私を見つめ続ける。

 その楓の様子と、初めて受けた告白に私は、嬉しいような、恥ずかしいような気持ちになって楓の視線から外れるように俯く。


 楓からの告白の言葉に、私の頭の中は楓と再会した今日一日の出来事がフラッシュバックしていた。

 二年ぶりに会ったのに、すぐに私だと気づいた楓。

 私を追って同じ大学に入学し、軽音サークルに入って一緒に弾きたいと言ってくれたことや、お揃いのギターという話に、嬉しそうにしていた様子。

 そして、煙草を吸っていた私を、今までと変わらずに受け入れてくれた、夕日に照らされた笑顔。

 この一日を思い返すだけで、楓からの好意に気づかないわけがなかった。


 ただ、私は自分の気持ちには気づけない鈍感だったようだ。


 私の返事を待つ楓に向かって顔を上げると、楓は瞳に涙をにじませて今にも泣きそうな顔をしていた。

 私は楓の頬にそって触れる。


「その、あまりに突然だったから、驚いちゃった……。楓の気持ちはすごく伝わったよ。ありがとう」


 楓の頬に添えていたに、瞳から涙が伝ってきた。


(ああ、不安なんだろうな)


 そう感じた私は、楓の涙を添えた手で拭って、言葉を続ける。


「楓の告白に答えるね。私の気持ちも急だったから信じてもらえないかもしれないけど……、私も好きだよ、楓のこと」


 楓は驚いて目を見開いた。

 口から漏れている吐息が震えている。今にも声をあげて泣き出しそうだ。


「もし、楓がよかったらなんだけれど……。私と真剣にお付き合いしてくれないかな?」


 楓の瞳から、感極まったようにぶわっと涙が流れる。あふれる涙を気にもせず、楓は私を強く抱きしめた。


「うわあぁぁんっ!撫子先輩……ありがとうございます、大好きですっ!」


 声をあげて泣いたまま私を抱きしめる楓の頭をそっと撫でた私は、慰めるように答える。


「もう、泣かないでよ楓……。これから、よろしくね?」

「うぅ、グスッ……こちらこそ、よろしくお願いしますっ」


 私は抱き合ったまま、楓が落ち着くまで頭をなで続けた。


 少し経って、落ち着いた楓はずっと抱きしめたままだった腕を緩め、少し身体を離して改めて私をじっと見つめた。


「先輩……。キス、してもいいですか?」


 楓の言葉に驚いた私だったが、心のままに素直に返事をする。


「うぇっ⁉なんか、今日は一日楓に驚かされてばっかりな気がする……。うん、いいよ、キスしても」

「やったぁ!ありがとうございます、先輩っ!」


 楓は嬉しそうに少し跳ねて、私の腰に添えられていた手で私の体が近づくように優しく引きよせた。

 ゆっくりと近づく楓の緊張した表情に見惚れながら、私はそっと目を閉じる。


 私と楓の唇が触れた。


 唇が重なって、どのくらいの時間が経ったかはわからなかったが、キスをしている間はいつまで続くんだろうと思ったのに、楓の唇が離れると(もうおしまい……?)と、名残惜しさを感じた。

 とろんとした瞳で嬉しそうに私を見つめていた楓は、抱き合って密着していた身体をすっと話すと、照れ隠しなのだろうか、少し早口になって口を開いた。


「ファーストキスはレモンの味とか、さくらんぼの味って言いますけど、私のファーストキスは煙草の味ですね。うふふっ!」


 楓は頬を赤く染めて、満足そうに笑っていた。

 私のファーストキスは、楓の涙の少ししょっぱい味がした。

 私が煙草をやめた日。それは、私に初めての恋人ができた日だった。





読んでいただきありがとうございます。

初めて書いた小説です。

もっとこの二人のお話を書きたくなりました。


エピローグも投稿してるので、そちらも読んでいただけると嬉しいです。

評価、感想もいただけるともっと嬉しいです。

よろしくお願いします。

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