天高く届くは女神の抱擁 9
「あれ? どうしたのリリス? そんな唖然とした顔して」
真っ白な髪に、白金の瞳。昼間別れた時から寸分も変わっていないその姿。
きょとんとした顔で何事もなかったようにそうのたまうルナに、思わずわたしは唇を尖らせた。
「だってルナが何度呼んでも反応しないしから、わたしすごい心配したんだからね! なのにそんな平然とした顔でひょっこり現れるんだもん! そりゃ唖然とした顔もするでしょーが!!」
高ぶる感情のままに怒鳴りつけると、ルナは眉を下げて苦笑する。
「ごめんごめん。もっとすぐに終わらせるつもりだったんだけど、ちょっと手間取っちゃって……。でもまさか女神リリスの歌を聞けるとは思わなかった。すごいね、召喚獣達は天使であった頃の記憶を失ってる筈なのに、こんなにも集まって」
ぐるりと周囲を見渡すように歩いて、ルナが言う。そしてわたしに背を向けたまま「ねぇ」と、声を掛けられた。
「リリス、君はもう自分の前世のことを知ったのかい?」
「え……」
一瞬なんと言っていいのか回答に詰まったが、ややあっておずおずと頷く。
「……うん。アダムが居なくなったって聞いて、色々あった時にね。自分でもちょっと信じられないけど、わたし過去の女神リリスとルナに出会って、そこで告げられたの。――わたしは女神リリスの生まれ変わりだって」
するとルナの足がぴたりと止まった。
「へぇ? 君が女神リリスの生まれ変わり?? ……それは変だなぁ」
「え」
てっきり同意されるとばかり思っていたのに否定され、わたしは驚いてルナの後ろ姿を見つめる。
「ルナ……?」
なんだろう……、この違和感。よく見たら、なんだかいつもと違って様子がおかしい。
だって普段は金に煌めく魔力が、今は禍々しい紫に見え……――。
「――あの、ルナ」
「リリス、君は」
わたしの言葉を遮って、ルナを言葉を被せる。そしてゆっくりと振り返り、ルナが口を開いた。
『――君は穢れた夜の魔女リリス。女神の筈がないだろう?』
「…………っ!!?」
『リリス様ッ!! そこから離れて!!!! っあ!!!』
「イシュタル!!?」
わたしの背後からルナ目掛けて飛び出そうとしたイシュタルの頭上に光の檻が降って来て、あっという間に閉じ込められてしまう。
「グォォッ!!」
「ギャゥゥ!!」
そしてそれはイシュタルだけでなく、神殿に集まっていた他の召喚獣も同様で、みんな檻から出ようと藻掻いている。
「――!? この光の檻って……!?」
見覚えのある檻にギョッと叫ぶと、それを見てルナは愉快そうに笑い出した。
『ふふふ、温室ではまんまとしてやられてしまったんだもの。お返しは何倍にもして返さなきゃね』
「!!? この声……!!」
己と瓜二つの声にゾッと嫌な予感で背筋が震え、わたしは弾かれたようにルナに向かって叫んだ。
「まさか今度はルナに憑りついたの!? 夜の魔女リリス!!!!」
『うるさいっ!!! 女神リリスはわたくしで、夜の魔女はお前だ!! リリス・アリスタルフ!!!!』
「……っうあ!!」
ルナの体を乗っ取った夜の魔女が勢いよくわたしに飛び掛かり、わたしはそのまま地面へと倒れ込んでしまう。
「くっ……!」
必死に体制を立て直そうとするが、しかしそれよりも早くルナの両手がわたしの首に回り、ギリギリと力を籠められた。
「……っ!!」
『どう? 己の召喚獣に絞め殺される気分は? 魔法であっさりなんて物足りない。お前にはこうして死の恐怖をじわじわと味わわせながら、ゆっくり殺してあげる』
「っ」
歪んだ表情で笑うルナの顔を直視出来ず、顔を背けてなんとか手を離させようと藻掻く。
苦しい。力が入らない。
まずい、このままじゃ……。
頭の中に死が過ぎった瞬間、耳元で「キュッ!!!」という鳴き声が聞こえた。
「キュキューーーー!!!!」
『っ!?』
ピグくんがバリバリと電気をルナに向かって放つ。
するとルナ――いや、夜の魔女がうるさそうに顔を歪めて、わたしから手を放した。
その隙を狙って、わたしはルナの体の下から抜け出す。
『待てッ!!!!』
「来ないで!!!!」
咄嗟に腰から短剣を引き抜いて投げつけるが、あっさり魔法で粉々に粉砕されてしまう。
『逃げても無駄よ!!』
「きゃっ!!」
しかし抵抗も虚しく、あっさりとまた両腕を掴まれて地面に倒れ込んでしまう。
するとピグくんがルナに飛び掛かって、その指に噛みついた。
「キュキューッッ!!!」
『っ!! このっ、脆弱な生き物風情がッ!!!』
瞬間、ルナの指先から竜巻が巻き起こり、ピグくんが吹き飛ばされて地面に叩きつけられてしまう。
「キュウ……」
「ピグくんッ!!!! やめて!! ピグくんに酷いことしないで!!!」
『そう思うなら、大人しくしておくのね。お前がこれ以上抵抗すれば、召喚獣達がどうなっても知らないわよ? このルナの力を持ってすれば、ここに居る全ての召喚獣をこの世から完全に消し去ることも、造作もないのだから』
「…………っ!!」
その言葉に血が上っていた頭が急速に冷え、体が強張る。
すると大人しくなったわたしを見て、夜の魔女はルナの顔でニヤリと口角を上げた。
『……ふん、最初からそうしておけば手間取らなかったのに。さぁお前達、よく目に焼き付けておきなさい!! お前達の愛した創造神が今一度、このわたくしの手で葬り去られるところをね!!!』
ぐるりと檻に囚われた召喚獣達を見回し、冷たいルナの両手がわたしの首に触れる。
『女神リリスッッ!!!!』
そして召喚獣達の悲鳴のような叫び声が頭に響いた瞬間、わたしの中にまたどっと何かの記憶が濁流のように押し寄せて来た。