天高く届くは女神の抱擁 6
※夜の魔女視点
リリスが生み出した最初の生命――〝ルナ〟とわたくしが出会ったのは、ほんの偶然だった。
新世界を創造したことを太陽神へと報告する為に、神の国に里帰りしたリリスが護衛として伴っていたのが、ルナだったのだ。
「君は誰? 女神リリスにそっくりだけど、別人だよね?」
「……人に名を尋ねる前にまずは自分からって、リリスには教わらなかったのかしら? まったく躾がなっていないわね」
「違うよ! 女神リリスはちゃんと僕に色んな知識を授けてくれる。ただ僕の理解が足りないだけだ。えっと……、僕はルナ。女神リリスにそう名付けられた天使だ。彼女の護衛で今日は神の国に来た」
「――ルナ? へぇ、いい名を貰ったのね。わたくしはリリス。貴方の創造神と同じ名を持つ女神よ」
己の創造神であるリリスを貶され、分かりやすくムッとした表情を露わにする目の前の年若い男。
なるほど、生まれたてという噂は本当のようだ。すぐ感情的になり、己を律しきれていない。こんなので女神の護衛が務まるのかと思ったが、しかしそれは杞憂でしかないのだろう。
――白い髪に、白金の瞳。
それはおおよその神すら持ち得ない、太陽神にも匹敵する光彩。
白さはその身に宿す力の強大さを示す指標。
つまりこのまだ生まれたばかりの礼儀も知らない男は、ほとんどの神すらも凌駕するほどの力の持ち主ということである。
「え、女神リリスと同じ名前!? 確かに君って顔も声もそっくりだし、もしかして女神リリスと何か繋がりが?? どうしてこんな誰もいない街はずれの森に居たの? 一人で寂しくない?」
「一度に複数の質問をするのもマナー違反って知らないかしら? ……まぁいいわ、そっちこそこんな場所で何をしているのかしら? 護衛なのに主人を守らないで油を売ってていいのかしらね」
「質問に質問で返すのはマナー違反じゃないの?」
「だってわたくしは〝神〟ですもの。神が己より下位の生き物に対してまともに相手をする方がおかしくってよ」
冷たく言い放ってツンとそっぽを向けば、それを見たルナが少々暗く沈んだ顔をしてきゅっと口を引き結んだ。
「……それ、他の神も言ってた」
「?」
「僕は神より下位の生き物……〝天使〟だから、太陽神の神殿に入れないって」
「ああ」
なるほど。つまりルナは太陽神への謁見を許されず、かと言って他の神々にも歓迎されずで、こんな人気のない場所まで辿り着いたということか。
わたくしは頬に手を当てて、大袈裟に溜息をつく。
「それはリリスも配慮が無いわね。貴方をここに連れて行けばどうなるかは、火を見るよりも明らかなのに。もしかして生命を生み出したことを自慢したかった……。それで貴方が嫌な思いをすることも分かってて、連れて来たのかしら?」
「違うっ!!!」
「!!」
そこでさっきの落ち込みようが嘘のように突然ルナが鋭く叫び、その瞬間恐ろしい程の圧倒的な魔力を感じて、わたくしの背筋が本能的な恐怖でぶるりと震える。
するとそんなわたくしの様子を見て我に返ったのか、魔力は一瞬で消え去り、ルナはバツが悪そうにわたくしから視線を逸らした。
「ごめん、つい……。僕、まだ全然感情のコントロールが出来ないんだ。こんなんだから本当は今日も、女神リリスには留守番するように言われてた。でもいつまでも未熟なままじゃ、いざって時にリリスを守れない。だから……」
「自分で志願したって?」
「うん」
「……ふぅん」
――リリスの為。
なんの疑いもなくリリスを信じ、ただ真っ直ぐに慕う。
わたくしはとっくの昔に失ってしまった感情を、この目の前の存在は持っている。その事実がとても眩しくて、なんだか直視できない。
……そして、それと同時にわたくしの中で湧き上がる感情があった。
〝わたくしならこんな風に一途に自分を慕ってくれる存在を、決して一人にはさせない。そもそもわたくしならば神々への義理などすべて捨て置いて、己の創った世界の中で永遠に生きていく。〟
そうだ、わたくしならルナに沈んだ顔などさせない。大事にする。
わたくしなら、わたくしなら――……、
「――ルナ、ここに居たのですか」
頭の中に浮かぶ〝もしも〟が膨らみかけたその時、わたくしと瓜二つの声が妙に凛と耳に響き、ハッと顔を前に上げた。