天高く届くは女神の抱擁 4
「――――っ!? 今のは……?」
不意に頭に流れ込んで来た映像が途切れ、わたしはハッと周囲を見回す。
すると視界は出発した時はまだ出ていた日もすっかり沈んで、四方どこを見ても綺麗な星空が広がっており、真ん中には大きな月が浮かんでいる。
柔らかな月の光に照らされてホッと息をつくと、わたしはイシュタルの体にぎゅっとしがみつき直した。
金に煌めく鱗を揺らめかせ飛翔する神龍イシュタルの背に乗って、遥か天にあるという〝神の楽園〟へと向かう道すがら。不意に頭に流れ込んで来たある人物の記憶に、わたしは思考を巡らせる。
「あのわたしと瓜二つの声、顔……。黒い髪……」
――間違いない。
女神リリスに〝リィ〟と呼ばれていた者こそ、生徒会長やアダムに憑りつき、わたしの命を狙っていた人物。〝夜の魔女リリス〟だ。
恐らく今見たのは、夜の魔女リリスの過去の記憶。
「でもなんで急に夜の魔女の過去なんて見えたんだろ……?」
『恐らく〝神の楽園〟が近いからでしょう。あの場所にはまだ深く、魔女の痕跡が残っていますから……』
「!」
穏やかで優しい女性のような声が頭の中に響き、わたしは目の前の神龍の表情を覗き見ようと体を前に乗り出す。
「イシュタル、夜の魔女のことを知ってるの!? 神の楽園も!」
『ええ。ほとんどの同胞はかつて己が天使であったことを忘れていますが、私には微かではありますが記憶があります。夜の魔女……。天使の魔力を無尽蔵に吸い尽くす悍ましい能力を使い、神の楽園を滅亡に追いやった元凶。あの悪しき黒い姿は忘れようにも忘れられません』
「…………」
『あ、もちろんリリス様とは別人であることは心得ております。貴女様はかつて私が仕えた神の楽園の創造神、女神リリスの生まれ変わり。お気を悪くされないでくださいね』
「うん、全然気にしてないよ。ちょっと考え事してただけ」
黙り込んだわたしの様子をどう捉えたのか、少しバツの悪そうなイシュタルの声に、わたしは笑って首を振る。
そしてわたしはふと思い立って、自らの黒髪をひと房つまみ上げた。
――しかしそれは、神は白く明るいものを好むという本能を考えれば当然である。白さは多くの力を保有している証。故に最も尊い神である太陽神は髪も瞳も全てが白い。その真反対の黒など、自分自身でさえも己の黒髪が目に入る度に嫌悪の感情が浮かぶほどだ。
わたしは人間だから、髪や目が黒いことの何がいけないのかよく分からない。神託の件があって、わたしも両親から距離をとられていたけど、それとはまた意味合いが違う。
一番偉い神様と真逆の色だったから? そんなので嫌われるなんて間違ってる。
夜の魔女リリスは、学園中を引っ搔き回した上にアダムとピグくんにあんな仕打ちをして、ルナの故郷をめちゃくちゃにした。単純にすっごく悪いやつ! みたいに思っていたけど……。
『お前になど憐れまれなくとも、わたくしは一人でだって生きていけるわ! お前はここから出て世界を創ると言うなら創ればいい!! けれどそこにわたくしを入れないで!!!!』
彼女の受けた痛み、悲しみ。わたしにはなんとなくだけど分かる気がする。
わたしも〝召喚獣を召喚出来ない〟その一点のみで周囲から同じように蔑まされてきた。その時に渦巻いた感情は、どれだけ取り繕ってもやっぱり綺麗なものではなかった。
わたしはアダムと出会って、その傷も少しずつ癒えたけど。夜の魔女にとっては、そんな存在がいなかったのだろうか?
『ちがっ……! リィ、違う! 違うからね!!』
ううん、いたけど気づかなかったが正しいのかな……?
『わたしが人間へと転生し、〝リリス・アリスタルフ〟となったのには理由がある。貴女ならば、〝女神リリス〟では成し遂げられなかったことを必ずや成し遂げられる』
「……わたしなら成し遂げられること」
その為に女神リリスは人間に転生し、わたしが生まれた。神では出来ない、人間だからこそ成し遂げられること。
人間よりも神の方が出来ることは多いような気がするけど、女神の真意は一体なんなのだろう……?