天高く届くは女神の抱擁 2
※夜の魔女視点
何故わたくしが姉であるリリスに裏切られたと感じたのか。
それはある夜の出来事がキッカケだった。
「――ねぇ、リィ。この国はすごく窮屈だと思わない?」
「え?」
夜空に浮かぶ美しい月を二人並んで眺めていると、不意にリリスがそうわたくしに問いかけたのだ。
「窮屈ってどういう意味? 他の神が煩わしいということかしら?」
言っている意味が分からず、思わずわたくしは問いに問いを返す。
確かに生も死もなくただただ享楽を貪るだけのこの神の国は、平和ではあるが狭苦しく閉塞感を感じる。故に神々は刺激を求めてわたくし達を恰好の興味の的とし、面白おかしく騒ぎ立てているのだから。
しかし嫌われ者のわたくしとは違い、神々から慕われるリリスがそんなのことを言い出すなんて、わたくしは少々驚く。するとリリスは焦ったように両手を顔の前で横に振った。
「ううん! そんな、煩わしいなんてこと滅相もないよ! そうじゃなくて、神はみんな良くしてくれるけど、でもそれにずっと甘えていたらそのまま堕落しちゃいそうな気がするんだ。だから……リィ、あのね。わたし、この国を出て、自分の世界を創ってみたいって思っているの」
「――――は?」
〝言葉を失う〟とは、こういうことなのだろうか?
「自分の世界……ですって……?」
わたくしはリリスの言葉に、頭を鈍器で思い切り殴られたかのような強い衝撃を受けた。
だってわたくし達は、共に〝夜〟から生まれた双子の姉妹神。
二人でひとつ。リリスの一番はわたくし。
そう思えばこそ、この心の内にドロドロと溜まっていく憎悪を抑え込み、わたくしは心の均整を保てていた。
なのにリリスは、そんなわたくしから離れていくつもりなの――……?
「違うよ、離れてなんかいかないよ! 聞いて、本題はこっからなの! ねぇ、リィもここを出て、一緒に創らない? わたしと新しい世界を」
「え」
その言葉に、渦巻いていた負の感情があっという間に鎮まっていく。
てっきりリリスはわたくしのことなど捨てるつもりなのだと思ったから、この時のわたくしの表情はさぞや間抜けなものだっただろう。
そんなわたくしにリリスはにっこりと微笑んで、手を取られる。
「だってここはリィにとって生きづらいでしょ? リィの心の悲鳴、もうこれ以上聞きたくない。だったらここを出て、わたし達の世界を創ればいい。そしたらリィが傷つくことはもう、なんにも無いのだから……」
「――――っ」
心の……悲鳴…………??
瞬間、リリスの一番がわたくしだという考えは、とんだ思い上がりだったのだと理解した。
そうか、この女はずっと同情していたのだ。神々につま弾きにされ、忌み嫌われるわたくしを憐れんで。だから――、
『……リィ、あのね。わたし、この国を出て、自分の世界を創ってみたいって思っているの』
『わたし達の世界を創ればいい。そしたらリィが傷つくことはもう、なんにも無いのだから……』
「バカにしないでっ!!!!」
燃え上がるような羞恥と怒りに突き動かされるまま、わたくしはリリスに握られていた手を思いっきり振りほどいた。
「リィ……?」
手を振り払われ、激しい怒りを湛えたわたくしを見て、リリスが戸惑った顔をする。その表情はわたくしが何を怒っているのか、まるで理解出来ないという表情だ。
――この女はいつもそう。
他者を心の底から尊み、慈しみ、愛おしむ。女神の中の女神。けれど他人の心を読むことに長けているからなのか、途轍もなく傲慢。
自らの考えがいつだって正しいと思い込み、けれどその正しさが時として相手を傷つけることなど微塵も理解していない。
「お前になど憐れまれなくとも、わたくしは一人でだって生きていけるわ! お前はここから出て世界を創ると言うなら創ればいい!! けれどそこにわたくしを入れないで!!!!」
気がつけば考えるよりも早く、そう叫んでいた。