天高く届くは女神の抱擁 1
※夜の魔女視点
それは今から遠い過去の話。
太陽神を筆頭に地、水、火……様々な神々が誕生し、神の国が生まれた。
永遠に続く命、老いない体。超越的な力を持った神々はその有り余る力を持て余し、常に新たな刺激という名の娯楽を求める。
故に生まれたばかりのまだ若い神であった双子の姉妹のことは誰もが興味を持ち、二人のことを面白おかしく噂して回った。
何故二人がそれほど神々の興味をそそったのか?
それは姉の方は大層美しいというのに、妹はとんでもなく醜かったからである――。
* * *
「リリスとリリス。双子なのに、なんでこんなにも違うのかしら?」
「可哀想だけど、生まれる時に姉に良いところを全部持っていかれちゃったんだよ」
「見てよ、あの真っ黒な髪に目。姉は美しい黄金の髪に青く澄んだ瞳をしているのに、あれじゃあ女神じゃなくてまるで悪しき魔女だ」
「女神リリスと魔女リリス。うん、ピッタリなネーミング」
「あ、こっち見た。やだ怖い、呪われちゃうわ」
クスクスとわざわざこちらに聞こえるように囁き合って去っていく神々を横目で見て、わたくしは内心舌打ちをする。
本当に呪われると思うのなら近づかなければいいのに。茶化している時点でそんな力、わたくしには無いことを知って言っているのだ。まったく質が悪く忌々しい。
地面も空も目にするもの全てが白いこの国では隠したところであまり意味をなさないことは分かっているが、それでもわたくしは頭に白い絹のベールを被り目立つ黒髪を覆い隠す。
そしてそのまま足早にこの場から立ち去ろうとした時だった、
「あっ! ねぇ、リィ! 待って!」
わたくしと全く同じ声に呼ばれ、足を止める。
〝リィ〟とわたくしを愛称で呼ぶ存在は、この世で一人しかいない。
「……何? リリス」
振り返れば想像通り、自分と瓜二つの顔をした女が息を切らして立っていた。
先ほどの神々の口さがない言葉もあり、あまり気分の良くなかったわたくしは目の前の女をイライラと睨みつけたが、女の方は気にした様子もなくニコニコと懐から取り出した薄いピンクの小瓶を見せてこちらに近づいて来る。
「あのね、これ、花の女神様から香水を分けてもらったの! リィも使うでしょ? ほら! 甘いお花のいい匂い!」
「…………」
女が己の手首をわたくしの鼻に近づけると、その動きに合わせて美しい黄金の髪がサラリと肩から零れ落ちた。それを目にする度にドロドロと心の中に溜まっていく憎悪に気づかない振りをして、わたくしは目を伏せくんと差し出された女の手首を嗅ぐ。
すると細く白い手首からは、むっと咽せ返るような甘ったるい臭いが鼻をついた。
「ねっ! いい匂いでしょ? 今女神達の間で流行ってるみたいで、みんなこの香水をつけてるんだよ!」
「……へぇ」
わたくしにはただの臭い液体にしか思えないが、分け与えられた香水を素直に喜ぶその姿は、確かに清らかで美しいものを好む神々の心を上手く掴んだのだろう。
女――双子の姉リリスは、その容姿も、性格も、仕草も、すべてが神好みで、女神として生まれてまだ間もないのに、瞬く間に多くの神に受け入れられた。
……対してその片割れである筈のわたくしは、生まれた時から神々の中に居場所はなかった。
しかしそれは、神は白く明るいものを好むという本能を考えれば当然である。白さは多くの力を保有している証。故に最も尊い神である太陽神は髪も瞳も全てが白い。その真反対の黒など、自分自身でさえも己の黒髪が目に入る度に嫌悪の感情が浮かぶほどだ。
故に苛立ちはするが、神々につま弾きにされることは最早当然と諦めていた。自分で自分を受け入れられないのに、それを他人に求める気にはならない。
それに……、
「ねぇねぇ! リィも一緒につけてお揃いにしようよ!」
そう言って半ば強引にわたくしの手を取り、にっこりと無邪気に笑うリリス。
リリスの背後をチラリと見れば、すっかりわたくししか見えていないリリスの様子に、神々が悔しそうな顔をしていた。それに内心、ざまあみろとわたくしは舌を出す。
どれだけも神々がリリスを愛しても、どれだけわたくしを忌み嫌っても、リリスの一番はこのわたくしなのだ。
わたくし達姉妹は〝夜〟から生まれた。
リリスは月と星々の色を纏い、わたくしは漆黒の夜空を纏っている。
わたくし達は二人でひとつ。
どちらが欠けても〝夜〟は完成しない。
そこにほの暗い愉悦を感じ、わたくしは溜飲を下げる。
我ながら随分と屈折していると思うが、しかし最早そう考えることでしか脆いわたくしの心は保てなくなっていたのだ。
だからわたくしにとってリリスだけが心の支え。
――なのに、
『……リィ、あのね。わたし、この国を出て、自分の世界を創ってみたいって思っているの』
そんなわたくしをリリスはいとも簡単に裏切ったのだ。