卒業テストは一筋縄ではない 3
『21番。アダム・ウィルソン』
放送部によるアナウンスが流れ、いよいよアダムの出番がやって来た。
「――はい」
返事をしてコロッセオの右側から出てくるアダムの表情はいつもより強張っていて、わたしの方まで緊張してきてしまう。
「我が声に応えよ! 神の御使いよ!!」
「キュキューーッ!!」
詠唱と共にピグくんが現れ、元気に鳴いて飛び出した。相変わらず小っちゃくてもふもふ。かわゆい。
「ぶはっ! あいつの召喚獣ネズミかよ~! 最底辺じゃん!」
ピグくんの愛らしさにうっとりしていると、無粋な野次が斜め前の席の男子から聞こえて、内心イラッとくるが堪える。
こんな男子よりも今はアダムとピグくんだ。
アダムはピグくんを肩に乗せ、コロッセオの左側から出てくる魔獣を待っている。
「ニャーゴー……」
すると現れたのは、ニャーゴーと普通の猫よりも少し低めの鳴き声を出す、猫型の魔獣だった。
一見すると魔獣は召喚獣によく似た外見をしているが、召喚獣が透き通るような金色の魔力なのに対して、魔獣の方は黒に近い濃い紫色の魔力なのが特徴だ。
「ちょっ、ネズミに対して猫とかっ! 絶対コレ狙ってるでしょ!? 笑わかさないでよ!!!」
するとまたもやさっきの男子が、まるで草でも生やしてそうな下品な笑い声を上げて叫ぶ。
それにさっきは堪えたが、わたしのこめかみがピクピクする。ダメ、もう我慢の限界だ。
わたしはおもむろに冷めて固くなったポテトを取り出し、そしてごく自然に件の男子生徒の後頭部に狙いを定め、思いっきり弾いた。
「てッ!!?」
悲鳴を上げた男子生徒は、後頭部をさすって何が起きたのかと周囲をキョロキョロと見回す。
ざまぁ。見事なクリーンヒット。成敗完了である。
「キュキュキューーッ!!!」
なんてくだらないことをやってる間に、ピグくんと猫型魔獣の戦闘はいよいよ大詰めを迎えているようだ。よかった見逃さなくて。
お互い消耗しているのか、じりじりと睨み合いが続く。
――そして、先に動いたのは猫型魔獣の方だった。
「ニャーゴーーーッ!!!」
一気にケリをつけるつもりなのか、勢いよく水鉄砲を口から噴射する。
「今だ! ピグ! サンダー!!」
アダムが指示した瞬間、ピグくんがキュッと鳴き、同時にピカッと小さな体が光った。
「ギニャーー!!!!」
ピグくんが放ったサンダーで猫型魔獣はもろに感電し叫び声を上げる。そしてプスプスとこんがりキツネ色になった猫型魔獣は、そのままコロンと地面に転がった。
『勝負あり! 勝者アダム・ウィルソン!!』
「やったーー! アダムおめでとーー!!」
アナウンスが流れ、わたしは誰よりも大きく声援をアダムに送る。ブンブンと手のひらに乗るピグくんを撫でているアダムに大きく手を振れば、アダムもこちらへと振り返してくれた。
アダムの大一番を見て、なんだかわたしも勇気が湧いてきた。わたしの場合は秘策が受け入れられるかどうかに掛かっている。頑張らねば。
そう考えて、わたしはあるものが入っている通学鞄をぎゅっと抱きしめた。
――そこからはあっという間だった。
観客席に戻ってきたアダムとピグくんを労い、一緒に他の生徒の戦いを観戦をして応援したり、巨大な虎やドラゴンの召喚獣に歓声を上げたり。
長いと思っていたわたしの順番もそうやって過ごす内に、いつの間にかもう間近に迫っていた。
『60番 リリス・アリスタルフ』
そしてついに、わたしの名がアナウンスされる。
「――はい」
コロッセオ右側入口から中央へと歩きながら、わたしは観客席に居る見知った顔達を見渡す。観客席の上部にはアダムが居て、目が合えば頑張れと頷いてくれる。
特別観覧席の兄様は、ちょうど学園長とマグナカール先生に挟まれるように座っていて、その表情は相変わらず人形のようだ。
しかしこちらに向けるその眼差しはとても強く、わたしはゴクリと唾を飲み込んだ。
『リリス・アリスタルフさん。召喚獣を召喚してください』
アナウンスの声を聞き、わたしは静かに深呼吸する。そして通学鞄から出して持ってきた、今は腰に差してあるあるものに触れて前を向く。
覚悟は決まった。
――さあ、わたしの戦いが始まる。