大罪を犯し獣はその手に囚われる 7
「アダム……?」
尋常ならない様子のアダムに、わたしは宥めるように腕に触れる。
すると少し落ち着いたのか、アダムは途切れ途切れではあるが口を開く。
「ピグは……俺が殺したんだ」
「え……」
「俺が弱くて、あの女の声に誘われて……。そんな俺を救おうとして……ピグは……!」
「アダム……、何を言ってるの……? 一体いなくなっている間に何があったっていうの?」
アダムの言っている意味が全く理解出来ない。いや、ただ理解したくないだけなのかも知れない。頭が酷く混乱している。
取り乱しているのはアダムも同じで、だからこそ落ち着くような言葉を掛けたいと思うのに何も言葉が見つからず、つい質問ばかりが口をついてしまう。
「ごめん、無理に話そうとしないでいいから」
「いや……お前には全部聞いてほしい。覚えているか? 中等部の時に行った、閉架図書室にあった禁書のことを」
「もちろん忘れる訳ないよ。今日だってその件で学園長達に話を……」
「あれは過去に〝女神の依り代〟となり、化け物と化した人間を封じていたものだったんだ! あの本に巻きついていた黒いリボンをほどいて以来、俺にはずっと声が聞こえていた。俺の醜い本性を暴こうとする女の声が……!!」
「っ!!?」
また激しく動揺し、体がガタガタと震え出したアダムの腕をさすり、わたしは問いかける。
「待ってアダム! あの化け物が〝女神の依り代〟って……、それってどういうこと!? どこで聞いたの!?」
「……頭の中で女が言っていた。自分は女神で、俺は女神の依り代に選ばれたのだと。俺のような悪心も持った人間は、強い依り代になれる。そう言われた」
「…………」
『使い勝手がよかったけれど、この体では悪心が足りない。もう要らない。早く……早く次の依り代を探さなければ……。ああそうだ、あのソバカスの子ども。あれは実にいい依り代になりそうだった……! あれを依り代にしよう! 居場所にはわたしの愛しい天使も一緒にいる! ああ、早く行かなければ』
恐らくアダムの言う女の声とは、生徒会長に取り憑いていた存在と同一と考えて間違いないだろう。
『――いいわ、あの世に行く前に教えてあげる。わたくしこそがこの世の全てを生み出した創造神……〝女神リリス〟よ』
温室でも自らを〝女神〟と名乗っていたけれど……。人間を依り代にして化け物へと変貌させるなんて、とても女神の行いとは思えない。
『〝夜の魔女〟……。彼女の名もまたわたしと同じ〝リリス〟。わたし達は本来、双子の姉妹神だったのです』
やっぱり、その正体は――……。
「……俺、強くなりたかった」
「アダム……?」
震えがおさまった後、不意にアダムがポツリと呟き、それにわたしは視線を目を手で隠したままのアダムの顔に向けた。
「ずっと疎ましかったんだ。俺の方が長い時間お前と一緒に過ごしてきたのに、お前を守れる強さを持ち、一瞬でお前の信頼を勝ち得たあいつが!」
「……っ」
「それでどんどん膨らんでいく醜い感情が恐ろしくて、お前と距離もとろうとした。でもそれだけじゃダメだった。膨らみきった感情は俺自身ですらもう抑えきれなくなって、爆発しちまった。そして気がついたら女の誘いに乗って、ピグまで巻き込んでこんな……」
「…………それは」
つまりさっき見た化け物は女神の依り代になったアダムで、ピグくんはそれを止めようとして消えてしまったということ……?
まさかわたしが発端で、こんなことになってしまうなんて。
「……ごめん」
アダムの様子が変なのはずっと知っていたのに。結局なんの行動も起こせていなかった自分に腹が立つ。
「ごめん……アダム……」
「……なんでお前が謝んだよ? ただ俺が勝手に暴走して自爆しただけだろ」
「っ」
その言葉に何も言えず、わたしはぐっと押し黙る。そうして少しの間互いに沈黙が続き、先に口を開いたのはアダムだった。
「……そうだ、リリス。お前にあいつ――ルナのことを伝えておかなきゃな」
「え?」
アダムが目を隠していた手を下ろし、わたしを真っ直ぐに見つめる。
その真剣な眼差しに、前屈みになっていたわたしの背は自然と伸びた。
「そういえば、ルナ……。確かにここにいると思ったんだけど、いないね。どこにいるのかアダムは知ってるの?」
「ああ、あいつは空に飛んでいった。俺に取り憑いていた女を引き摺り出して、一緒に」
「…………え、そ」
そら……?
――――空!!?