大罪を犯し獣はその手に囚われる 5
「ダメだよ、リリスちゃん!!」
「え」
普段のぽやぽやとしたアンヌからは考えられないくらい、ハッキリと否定されてわたしは驚きに目を見開く。
「リリスちゃん! 自分が命を狙われてるってこと忘れたの? それに行ってもし危険な生き物だったらどうするつもり? まさか一人で戦うの!? ダメ! そんなの絶対ダメ!! せめて学園長やエルンスト様を呼ばないと……!」
「アンヌ……」
今にも泣きそうな顔で、アンヌはわたしの腕を離すまいと掴んでそう言う。
その必死な姿にぐっと胸が苦しくなるが、だからといって行かないという選択肢はない。わたしはアンヌの不安を吹き飛ばせるように、努めて明るく笑って見せた。
「アンヌ、ごめんね。もちろん狙われてることを忘れた訳じゃないよ。でも大丈夫! 一人じゃないんだよ。あの声のする場所には、ルナも居る気がするの! だからわたしは行く! 絶対に無事に戻って来るから、アンヌはここで待ってて!!」
「リリスちゃん……。そうなの? ルナくんが……?」
アンヌは戸惑ったようにわたしを見つめる。そして止めてもわたしは聞かないと悟ったのか、アンヌはそっとわたしの腕から手を離した。
「う~、分かった! もう止めない! ルナくんが居るのなら、安心出来るし……。実はルナくんね、リリスちゃんが学園長室に行った後、様子がおかしかったの」
「ルナが?」
「うん、なんだかボーっとしてて、わたしが話しかけてもずーっと窓から外を見ていたかなぁ。それからすぐにマグナカール先生に伝書魔法が届いて、アダムくんが診療所から消えたって騒ぎになったな。そしたらいつの間にかルナくんまで居なくなってて……」
「そっか……」
『リリス、僕のことは気にしないで行ってきなよ』
普段は絶対言わないことを言い出した時点で、おかしいとは思っていたけど……。まさかルナはこんな事態になることを見越していたのだろうか……?
だから呼んでも来てくれなかった?
『だからわたしは何があってもルナを信じたい。だけど兄様がわたしを想ってルナを疑っているのも分かっているから、兄様のことも否定しない。それがわたしの答えだよ!』
ううん、考えるのはよそう。あの時兄様に言った言葉はわたしの嘘偽りない気持ちだ。ルナが神託の〝神の御使い〟とは毛頭思っていない。
そしてそれはルナの過去を知ったことによって、確信したと言ってもいい。
だからきっとそれ以外。まだわたしが知らない何かをルナは抱えている……そう思えた。
それがわたしの神託のことなのか、女神のことなのか、夜の魔女のことなのか、はたまた全てか、分からないけど――。
「リリスちゃん!」
「!」
アンヌに呼ばれて考え込み俯いていた顔をハッと上げれば、ふわふわのストロベリーブロンドを靡かせて、アンヌがわたしにぎゅうっと抱き着いてきた。
「アンヌ……」
「リリスちゃんが強いのは分かってる。でもやっぱり心配だよ。だから約束して、絶対無事に帰ってくるって!」
「……うん。もちろん、約束する……!」
ポンポンとそのふわふわな髪を撫でて、わたしもアンヌを抱きしめ返す。
するとアンヌはぐすんとちょっとだけ鼻をすすった後、クスクスと笑った。
――さぁ、行こう。
全ての答えはきっとこの先にある。
「リリスちゃん! 本当の本当に気をつけてね!!」
「うん、アンヌも気をつけてね!」
アンヌに見送られてわたしは森の中へと入り、女神に授けられた耳を頼りに、慎重に進んでいく。
……すると、
『悔しい。妬ましい。忌々しい。ああ、憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!!!!!』
「……!? この声……!!」
唐突に聞こえきた声に、わたしは思わず足を止める。
悲痛なまでの心の叫び。これは――……、
「…………アダム?」
――バキッ、バキバキバキッ!!
「!?」
思わず声が漏れた時だった。
突然木々がへし折られるように倒れ、森の奥の方で巨大な何かが蠢く。それにハッと視線を上げると、目に飛び込んで来たのは――。
「うそ……」
「グガアアァァァァァァァァアア!!!!!!」
鋭い牙。黒光りする体毛。
忘れもしない。中等部の卒業テストに現れた、あの巨大な体躯に二つの犬の頭をもつ化け物が、今またわたしの前に現れたのだ。