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大罪を犯し獣はその手に囚われる 3

※アダム視点



 何故だ。



「ゼー、ゼー、ゼー……」



 体が、燃えるように熱い。


 汗ではない何か別の液体が身体中から吹き出して、ぼたぼたと地面に大きなシミを作る。

 理由は分からないが異様に重たい体を引きずり、俺は当てもなくただひたすら休める場所を探した。


 俺は一体どうしたというのだろう?

 何故か診療所のベットで横になっていると思ったら、急に体が熱をもち始め、そのあまりの熱さにじっと寝ていられずに診療所を飛び出して来てしまったのだ。


 そうしてどれくらい歩いただろうか? 気づけばあっという間に校舎からは遠ざかっていて、俺はいつの間にか木々の生い茂る、鬱蒼とした場所にポツンと立っていた。


 ……ここなら誰もいない。休めそうだ。


 腰を落ち着けようと視線を動かしたその時、ガサリと地面を踏みしめる音がして振り返る。

 すると忌々しい顔が視界に入った。



「――やあ、アダム・ウィルソンくん」


「ゼー、ゼー、ゼー……」



 …………? 声が……。


 何故お前がここに居る? リリスはどうした? そう聞こうと口を動かすが、どれだけ絞りだそうとしても声が出ない。そんな己に疑問を抱くが、しかし目の前に立つこの男(・・・)に湧き上がる感情を前にすれば、声が出ないことなんて些細(ささい)なことだった。


 この男――ルナがリリスの召喚獣となってからというもの、あいつを取り巻く環境は大きく変わり、今や誰もリリスを落ちこぼれなんて言わない。寧ろあれほどバカにして嘲笑い、散々蔑んできたというのにコロッと態度を一変させて、さすがアリスタルフ家の血を引く者と今ではリリスを褒め称える始末だ。



『それにね、才能が無くって辛いからこそみんなを見返してやりたいんじゃない! わたしはぜーったいにスゴイ召喚獣を召喚して、みんなをビックリさせるって決めてるの! だからバカにされたって気にしないし、学園を辞めたりもしない!!』



 リリスが召喚獣を召喚する為にどれだけ努力をしてきたか、どれだけ心無い声に傷つけられてきたのか、何も……何も知らない癖に。



『アダム、彼はルナよ。……一応わたしの召喚獣なの』



 ――けれど憤りを感じていたのは、俺だけだったようだ。


 リリスも最初は周囲の変化に戸惑っていたようだが、次第に慣れたのか同じS組のアンヌ・ミィシェーレを筆頭に、俺以外の人間と関わることにも臆さなくなっていく。



『んー……、現状この分厚い石壁を壊す術はわたし達には無いから、無闇に動いてもしょうがないし……。それにルナがきっと探し出してくれるよ』


『不思議だよね。最初は絶対に信じないって思ってたのに、ルナと一緒に過ごしていく内に、絆みたいなものがわたし達の中にも出来てきたことを実感するんだよ。だから今はルナを信じられるというか……。こういうのがアダムとピグくんみたいな、召喚士と召喚獣の繋がりなのかなって思うんだ』



 そしてなにより、ルナとの関係が日増しに濃密になっていくのが傍から見ていてもよく分かった。



 ――悔しかった。


 俺の方が長くリリスの側に居たのに、俺よりも信頼されているこいつが。



 ――妬ましかった。


 最底辺のネズミしか召喚出来ない俺に対して、圧倒的な強さを持ちリリスを守ってやれるこいつが。



 悔しい。妬ましい。忌々しい。


 ああ、憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!!!!!



『そうだ、憎め、もっと憎悪しろ、そうすればお前は間違いなく――強くなれる』



 耳元でじっとりと囁くような女の声が響き、一人の女が頭の中に現れた。その女が俺に向かって手を差し出している。

 真っ黒に塗り潰されて、顔も見えない不気味な女。

 けれど俺は躊躇することなく、導かれるようにその女へと手を伸ばす。


 何故だろう……? 俺にはこの目の前の女がリリスに(・・・・)見えたんだ(・・・・・)



「キュ、キュ!」


「…………?」



 するとそんな俺の足元に小さなハリネズミがいるのが見えた。

 まるで女のところに行くなと言うように、俺の足にしがみついて離れない。

 俺がこの足を一振りすれば簡単に吹っ飛んでしまうような、小さく、脆く、最弱の召喚獣。



「――――キュ」


「――――……」



 ――さよならだ、ピグ。もうお前は要らない。



「グガアアァァァァァァァァアア!!!!!!」



 その瞬間、地を這うような(おぞ)ましい咆哮が聞こえ、ビリビリと大地を揺らす。

 咆哮の主は誰なのか、何故似たような背格好だった筈のルナが見下ろすほどに小さいのか。


 そんなこと、もうどうでもいい。

 ただ、強くなりたい。


 ……リリスを、守れるように。



「ごめんね。君を巻き込み、そんな姿(・・・・)にしてしまったのは――僕だ」



 こちらに右手をかざし、悲しげな表情をするルナが視界に映る。

 その姿は、表情は、覚えがある。

 あの、卒業テストの時に現れた化け物。あの時もこいつはこんな風に右手を掲げていた。


 ――そうか、俺は今……。


 己がどうなったのか、それを理解する前に、それきり俺の意識はプツリと途切れた。



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