大罪を犯し獣はその手に囚われる 2
※アダム視点
「案外気さくで意外」
そう言ってケラケラと笑うリリスを、俺は怪訝な顔をして見やる。
「気さくって……、別にただ思ったことそのまんま言っただけだろ。何寝ぼけたこと言ってんだよ」
「ううん、そんなことないよ。だって学園に居辛いって、わたしのこと心配してくれたんでしょ? そんな風にわたしの気持ちまで考えてくれた人は初めてなんだもん。すごい気さくだなって思うよ」
「…………」
本当にそんなつもりじゃなくて、周囲にバカにされるこいつが憐れで思わず口から出ただけのことだった。それなのに勝手にいい風に解釈されて、俺は何も言えずに押し黙る。
リリスはそんな俺をニコニコと見つめ、言葉を続けた。
「それにね、才能が無くって辛いからこそみんなを見返してやりたいんじゃない! わたしはぜーったいにスゴイ召喚獣を召喚して、みんなをビックリさせるって決めてるの! だからバカにされたって気にしないし、学園を辞めたりもしない!!」
「!!」
そんなの無理だ、叶う訳がない。そんな言葉が頭の中を渦巻くのに、しかし俺は確かにこの時のリリスの言葉に大きな衝撃を受けたのだ。
こいつは周囲の目や召喚出来ないことを前向きに受け止めていて、決して腐ったりしてない。自分なりに先へ進もうともがいている。
リリスのキラキラとした瞳は俺を圧倒し、召喚獣がネズミであることにずっと恥ずかしさと劣等感を感じて周囲から隠れるように学園生活を送っていた自分がどうしようもなく狭量で、愚かなのだと思わせた。
「キュ?」
すると俺が落ち込んだのが伝わったのか、胸ポケットに隠れていたピグが心配そうな顔をして身を乗り出した。
俺はそんなピグを手のひらに乗せて、小さな頭を指で撫でてやる。
「キュ、キュ!」
「ああ。心配すんな、大丈夫だピ……」
「きゃああああああああああ!!!!」
俺がピグに相槌を打つのと、リリスの絶叫が上がったのは同時だった。
つんざくような悲鳴に耳の奥がキーンと響いて痛い。思わず俺はリリスを睨みつける。
「なんなんだお前っ!? うるせぇぞ!!!」
「っかぁわいいーーーー!!!! 前から思ってたけど、アダムくんの召喚獣ってすっごい可愛いよね!!!! ねぇねぇ、触っていい? いい!?」
「……お、おう……」
俺の怒鳴り声など全く聞こえていないのか、リリスはウキウキと表情を躍らせて、俺にそう聞いて来る。
そのあまりの圧に俺がコクコクと首を縦に振ると、待ってましたとばかりに、リリスはピグにそっと指先を近づけてやわやわと頭を撫でた。
「可愛いぃ~! フワフワだぁ! いいなぁ、こんな可愛い子が召喚獣だなんて、羨ましいなぁ~」
「キューキュー!」
「…………」
褒められて嬉しいのか、ピグはリリスにされるがまま、大人しく撫でられている。
召喚獣の価値はその強さで決まる世の中で、最底辺で最弱のネズミを愛おしそうに撫でる目の前の人物。
いちいちテンションが上がったり下がったり、おかしなヤツだと思うのに、いつしか俺はリリスから目が離せなくなっていた。
こんなに他人と話したのはいつ振りだろうか?
それに気がついたら、なんだか無性にこの時間を終わらすのが惜しくなったのだと思う。
「――なぁ」
「え?」
「……俺も、お前のその練習とやらに付き合ってやるよ。一人でやるより客観的に見れるヤツがいたほーが上手くいきそうだろ?」
「え!? ほっ、本当!? アダムくん!!」
「ああ。……あと、アダムでいい」
「あ! じゃあわたしのこともリリスって呼んで! これからよろしくね、アダム!」
「…………」
俺を見て、嬉しそうに微笑むリリス。
それが俺達の始まりで、それからずっと俺の世界はリリスとピグ、それだけで出来ていた。幸せだった。
――そう、幸せだったんだ。
『アダム、彼はルナよ。……一応わたしの召喚獣なの』
あいつが現れるまでは。