卒業テストは一筋縄ではない 2
卒業テストは学園長ランドルフ・レオルグの長い長い挨拶から始まる。
「皆さんの学園生活でこれまで培った力を――……」
そのあまりの長さに場が白け、欠伸をして半ば夢の中の者もいた。更には〝ボンクラ学園長〟と陰で生徒達に付けられているあだ名を野次する口の悪い者まで出て来る始末。
しかし次に王宮からの特別見届け人として兄様の名が呼ばれた途端、
「ご紹介に預かった、王宮召喚士のエルンスト――」
「きゃあああああああーーーーっっ!!!」
最早黄色い悲鳴どころか爆音で、兄様の声が全く聞こえない始末だった。
――そんな賑やかな幕開けから始まった卒業テストは順調に進行しており、円形のコロッセオの観覧席では大勢の生徒が腰掛けて、今まさに魔獣と戦う生徒へと声援を送っている。
そんな様子を隅っこの観覧席でぼんやりと見つつ、ジュースを飲んでいたアダムがボソッと口を開いた。
「なぁ、リリスってさー……」
「うん?」
話しかけられて隣に座るアダムを見ると、アダムは誰かをじっと見ている。その視線を辿れば、コロッセオの一番最前列にある特別観覧席に座る兄様がいた。
「エルンスト様と兄妹ってこと、ぶっちゃけお前自身はどう思ってんの? 言っちゃ悪いが、リリスとは能力的に天と地ほど差がある訳じゃん? 嫉妬とかなかった訳?」
「……なんで急にそんなこと聞くの? アダムとは付き合い長いけど、今まで一度も兄様のこと聞いてきたことなかったのに」
わたしがちょっと嫌そうに言えば、アダムは眉を下げた。
「いや、なんつーか。この間の図書館の件でエルンスト様に会ったろ? そん時にそういやリリスと兄妹だったんだなーって思ったらなんか気になってきて……」
「…………」
図書館での一件を持ち出されると、あの場から逃げ切る為とはいえ、強引に口裏を合わさせた経緯もあるので無下にしづらい。
わたしは観念して口を開いた。
「うーん。兄様ってわたしが3歳の時に魔法学園の寮に入っちゃって、しかもそれ以来全然実家にも帰って来なかったから、嫉妬するほどの接点も無いんだよね。だから兄妹って言われてもピンと来ない。それに兄様のことよりどっちかと言うと――」
わたしは兄様同様、7歳で魔法学園の寮に入った。
それまでは実家で両親と暮らしていたのだが、その期間はわたしにとって、とても辛いものだった。
父様は才能のないわたしに見向きもしなかったし、母様は本当に幼い頃は可愛がってくれたけど、わたしの兄様と同じ金髪だった髪がくすんできた頃からおかしくなってしまった。
だから、だからわたしは――……。
「リリス!!」
いきなりガッと両肩をアダムに掴まれて、わたしは驚いて目を丸くする。
すると目の前のアダムはバツが悪そうにこちらを見ていた。
「え? どうしたのアダム?」
「悪かったな、変なこと聞いて。お前今すごい顔してるぞ」
「え……」
「そうだよな! お前って忘れがちだけど、あの召喚士の名家アリスタルフ家のお嬢様だもんな! なのに召喚獣を召喚出来ないなんて大変だったよな!」
「う、うん……」
「じゃあ俺、そろそろ出番だから行ってくるわ! あ、そのポテト食っといていーから!」
「わ、わかった……頑張って……」
そのまま嵐のようにアダムは去っていき、わたしはまだ少しだけ残っている冷めて固くなったフライドポテトをモソモソ食べる。
失敗した。
努めて冷静に話そうと思ったのに、どうやらつい感情が顔に出てしまっていたらしい。
アダムに余計な心配をさせてしまった。
「吹っ切ったと思ったけど、全然まだまだだなぁ……」
わたしは溜息をついて、ワーワーと騒がしいコロッセオの観覧席の隅っこで、すっかり氷が溶けてぬるくなってしまったジュースを一人啜った。