女帝の傀儡、傀儡の女帝 11
「――――!?」
ルナの姿が遠ざかり、わたしはハッと意識を取り戻す。
すると真っ先に目に飛び込んできたのは、玉座のような朱色のソファーに座る生徒会長と彼女の前に立つ兄様だった。
「あらあら、うふふ。わたくしのお茶会へようこそ、アリスタルフさん、エルンスト様も。歓迎いたしますわ。数多の強襲を躱し、よくぞここまで辿り着かれました。さぞお疲れでしょう? まずは紅茶でもお飲みになって」
「ノーブレ嬢、私達はここへ茶を飲みに来た訳ではない。学内の者達をただちに正気に戻し、何故リリスを狙うのか話して貰おう」
「!!?」
これって……、わたしと兄様が温室で最初に生徒会長と相対した時の会話じゃない!? 一体何が起きてるの!?
あの時確かにわたし達は生徒会長によって真っ暗な空間に飛ばされて、現れた生徒会役員達の召喚獣に襲われた筈。
まさかルナと女神リリスに会ったことで、時間が巻き戻った……?
わたしが動揺している間にも、生徒会長と兄様の会話は進んでいく。
「あらあら、王宮付召喚士ともあろうお方が随分と余裕のないこと」
「……っ!!」
生徒会長が兄様をチラリと横目で見て、クスクスと嘲るように笑った。
それにわたしはギクリと肩を震わせる。
いけないっ! このままじゃ、またあの空間に飛ばされてしまう……!
どうして時間が巻き戻ったのかは分からないけど、とにかく生徒会長が魔法を使う前に阻止しなければ!!
『いいかい、リリス。幻覚魔法っていうのは、必ず魔法に標的を嵌める〝トリガー〟が存在する。そこに例外は無い、絶対だ。つまりそのトリガーさえ潰してしまえば、どんなに強力な幻覚魔法だろうと未然に防げるって寸法さ』
幻覚魔法発動のトリガーは間違いなく、生徒会長の召喚獣――レオナルドの〝紅い瞳〟。
ルナの言葉を思い出し、わたしは必死に視線を動かしてレオナルドを探す。
しかしやはりどこにも見当たらない。
どうしよう、どうしたら……!
「っ!」
焦るわたしの手が突然チリっと焼けつくように痛み、それと同時に耳元でルナの声が聞こえた。
『大丈夫。君はもう既に反撃の一手を持ってい……る……。女神リリスのように……、よく……耳をそばだてる……ん……だ』
――耳を、そばだてる。
『夜の魔女にぶつける為の力は残したいので僅かではありますが、貴女にわたしが持つ女神の力を授けます』
「――――っ!!」
そうだ……わたしはあの時、女神の力を授かったんだ! その力がちゃんとわたしに宿っているのは、この手の熱さで実感する。
今のわたしなら、心の声を聞ける。
女神リリスのように……!!
わたしはぎゅっと目を閉じ、生徒会長に向かって両耳の全神経を集中させる。
すると本来ならば聞こえない種の声が、大きくわたしの頭の中に響いてきた。
『……赦さない』
「!」
『赦さない。赦さない。赦さない。どうしてお前ばかりが愛される? 尊ばれる? 真に愛されるべきは、尊ばれるべきはこのわたくし。お前など消えてしまえ。失せろ。滅びろ』
「!!?」
……これが……、生徒会長の心の声……?
それはあまりに暗く、おぞましい憎悪に満ち満ちており、思わずわたしはたじろぐ。
――しかし、
『くら……い。こ……わい』
そんな怨嗟の声に交じって、もうひとつ別の声が聞こえてくるのを、わたしの耳は聞き逃さなかった。
更に耳をそばだてると、その声はよりハッキリと言葉を紡いだ。
『くらい。こわい。おそろしい。エリザベッタさま、エリザベッタさま。おねがい、はやくしょうきにもどって。まえみたいなやさしいエリザベッタさまにもどって』
「…………!」
聞こえてきたのは、まるで幼子のように辿々しい舌っ足らずな声。
そこでようやくわたしは、生徒会長が本来人間ならば持ち得ない筈の量の魔力を保有していることに気がついた。
そしてそれは、覚えのあるレオナルドのものと同じ。
召喚士ならば誰もが召喚獣と同じ魔力を微力ながら発しているから、量の差異までは一見して分からなかった。
けれど、だとしたら……、
「まさか――」
今聞こえた幼い声の主は……レオナルド?