女帝の傀儡、傀儡の女帝 9
「成り変わるのが目的……? その為に魔力を奪ったの? じゃあルナが前に言っていた、天使が夜の魔女に滅ぼされたっていうのは……」
「言葉通りだよ。この地に大勢いた天使達は、夜の魔女の奇襲を受けて魔力を奪い尽くされ、地に堕とされたんだ。僕以外、全て残らずね」
「そんな……」
あまりのことに言葉が出ない。
恐らく今わたしは現在よりも遠い過去にいる。
この時点でルナ以外の天使はみんな滅んだというのなら、わたしと出会うまでの間、ルナは一体どんな気持ちでその永きに渡る時を過ごしてきたのだろう……。
考えるだけで胸が苦しくなる。
「ん……? でも待って、天使達は消滅した訳じゃないんだよね? 地に堕とされたって言うなら、まだみんな生きてるんでしょ?」
「……ええ」
わたしの言葉に女神リリスは、少し表情を暗くして頷く。
「生きては、います。ただし空に居た頃の記憶は全て失い、羽根と魔力さえも持たない、最早天使とは言えない別物の存在として……ではありますが」
「それって……」
――〝人間〟。
つまり今も地上で生きる人間のルーツこそが、天使ということ……?
『この世界を創った天の神様が、世界の次に創ったのは人間だそうだ。
しかし人間は神様の想定以上の力を持ってしまったらしく、ついには世界そのものが滅ぼされかねない事態になったらしい。
その失敗から神様は人間から力を取り上げ、力そのものに命を吹き込んだ。人間と力をそれぞれ別の存在に別けたことで世界を守ったのだ。
力はいつからか召喚獣と呼ばれ、人間と互いに共存し合う関係は今日まで続いている』
これはこの国に住まう誰もが知っている、魔法王国ラーの創世神話。
天使が魔力を失う過程が神話とは違うものの、概ね内容は今聞いたことと合致している。
――じゃあ、召喚獣は?
魔力は全て夜の魔女に奪われたと言っていたけど、召喚獣は一体どうやって生まれたのだろう……?
「それこそが今からわたしがしなければならない、最後の使命なのです」
「――――え?」
また、わたしの心を……。
サァッと風が吹き、わたし達の髪を揺らす。
女神リリスの表情は何かを決意したように力強く、反対にその隣に立つルナは、今にも泣きそうなくらい悲しげに顔を歪めていた。
そこに何やら嫌な予感を覚える。
「最後の使命って……、一体何をするつもり?」
「……これよりわたしは奪われた魔力を奪い返す為、夜の魔女リリスの元へ向かいます」
「!?」
向かうって……、一人で!?
穏便に話し合いをしようなんて雰囲気じゃない。
まさか夜の魔女と戦うってこと!?
「はい。女神としての持てる力全てを使えば、完全に倒し切れずとも、彼女の持つほとんどの魔力を奪うことは出来るでしょう。それを二度と夜の魔女に悪用されぬよう、魔力自体に知性を持たせる。これは〝創造神〟であるわたしにしか出来ないこと」
「まっ、待ってよ!! 貴女が居なくなったら……!!」
思わずわたしは女神リリスの肩を掴んで叫ぶ。
しかし掴んだ側から女神の体は光の粒子となり、サラサラと空に消えていく。
ダメ! ダメだよ、女神リリス!!
貴女が居なくなったら、ルナはどうなるの!?
『どこにも行かないで』
わたしを女神リリスと勘違いして、切なげな表情でそう告げたルナの言葉を思い出す。
あんな顔をもう一度見るのは嫌だ!
お願い女神リリス! 考え直して!!
――そんなわたしの声が届いたのか、光の粒子からわたしと同じ声が聞こえてくる。
『……リリス、貴女の気持ちは分かります。わたしにとってもルナは大切な生命。しかし、大切なのはルナだけではない。わたしは、わたしが生み出した全ての生命を愛している。なれば夜の魔女をこのまま野放しには出来ないのですよ』
「…………っ!」
その言葉に、あまりにもわたしと違う考え方に、何も言えず固まる。
確かに彼女は女神。前世といえど、人間であるわたしとは全く違う価値観なのは仕方ないのかも知れない。
でも、だからって納得出来ない!
だってわたしにとって大切なのは、ルナだから……! 灰色だったわたしの世界を変えてくれたルナだからこそ、大切だし辛い顔を見たくない!
そう思うのは当たり前でしょう!!
『…………リリス、手を』
「え?」
そこで粒子が女神リリスの形となり、その手を伸ばしてわたしの手を取る。
すると触れた部分が、何故だかじんわりと温かい。
『夜の魔女にぶつける為の力は残したいので僅かではありますが、貴女にわたしが持つ女神の力を授けます』
「!」
その言葉にハッと女神リリスの顔を見れば、彼女はわたしを見て優しく微笑んでいた。
『わたしが人間へと転生し、〝リリス・アリスタルフ〟となったのには理由がある。貴女ならば、〝女神リリス〟では成し遂げられなかったことを必ずや成し遂げられる』
女神リリスはまた粒子となり、今度こそ遠く、遠くに飛んでいく。
『ルナのこと、頼みました。彼は紛れもなく、わたしにとっても唯一の人』
その声を最後に、完全に粒子は空の彼方へと消えた。