女帝の傀儡、傀儡の女帝 8
「女神リリスが創造した世界で起こった、〝夜の魔女〟との永き戦い……?」
不穏な物言いに、わたしはゴクリと唾を飲み込む。
〝夜の魔女〟……。神託にも、生徒会長の言葉にも度々出て来るが、一体どんな人物なのだろう?
てっきりわたしのことを指していたのかと思っていたが、わたしが女神の生まれ変わりだと言うのなら、それは違うということで合ってるんだよね……?
「そうですね……。まずは〝夜の魔女〟とはなんなのか、順を追って話しましょうか」
女神リリスはそう呟いて、サワサワと気持ちのいい風が吹く一面緑の草原を見渡し、次に彼女の隣に立つルナを見た。
「ここは地上より遥か天にある空の世界。元は何も無かった場所なのですが、わたしはここに大地を興し、生命を生み出しました。……その生命こそが」
「――僕を筆頭とした〝天使〟」
「!!」
女神リリスの言葉をルナが引き継ぐ。
――〝天使〟。
それは以前ここに来た時もルナが言っていた……。
あの時は確か、
『〝天使〟は〝夜の魔女〟に滅ぼされ、もう僕しか残っていない』
――そう言っていたのだっけ。
「はい、その通りです」
またわたしの心を読んだ女神リリスが、痛ましげに目を伏せる。
「空での活動に適応するよう羽根を授け、そして知性を与えた生命――〝天使〟。わたしは彼らに個々の名をつけ、共にこの地で暮らすようになった」
「個々の名? それって……」
今でも教会で与えられる、神の祝福に近いことをしていたということだろうか?
そういえば目の前のルナも、前に〝ルナ〟という名は女神リリスに名付けられたと言っていた。
「名を与えることでその者の自我が芽生え、個性が生まれるのです。長い年月を経て、天使達はわたしの手を離れて独自に進化を果たし、当初わたしが想定した以上にこの世界は栄えました。――まさに〝神の楽園〟と称する程に」
「〝神の楽園〟……」
その言葉にわたしの心臓がドキリと跳ねた。
否が応でも、生徒会長と彼女が作った温室が思い起こされる。
「――ねぇ、リリス。今はこの場所には〝色〟があるでしょう?」
「あ、ああ……そうですね。実はわたしこの場所に似た場所を知ってますが、そこは全部真っ白なんですよ。同じ〝神の楽園〟って呼んでましたが」
「ここも元は全てが白かったのですよ。植物も生き物も、何もかも」
「え」
わたしは弾かれたように、女神リリスを見る。
それは前から不思議に思っていたことだ。生徒会長の温室とそっくりなこの場所の唯一の違い、色……。
元は白かったというのならば、どうして。
「どうして白じゃなくなったの?」
「夜の魔女がこの世界の生命の根源たる魔力を奪い尽くした結果……かな」
「!?」
ハッと女神の隣に立つルナに視線を向ける。するとルナは自身を指して、言葉を続けた。
「僕を見れば分かると思うけど、魔力というのは元々白く光帯びていて、保有量が多いほど色素が薄くなるんだ。そしてそれを根こそぎ奪い取られた場合、自身が生まれ持った本来の色が剥き出しになる。だから今この場所にあるものは、みんな色付いているんだよ」
「つまりルナの白い髪と白金の瞳は魔力が発光してるからで、本来の色じゃないってこと? でも夜の魔女はそんなにたくさんの魔力を奪って何がしたいの? 結局、夜の魔女ってなんな訳?」
「それは――……」
わたしの矢継ぎ早な質問にルナが口を開こうとするが、それを隣にいる女神リリスがスッと手で制して、わたしを真剣な眼差しで見つめた。
そのあまりに強い視線に思わず後退りそうになるが、その前に女神リリスに両手を取られ、ギュッと握り込まれる。
「〝夜の魔女〟……。彼女の名もまたわたしと同じ〝リリス〟。わたし達は本来、双子の姉妹神だったのです」
「え……」
考えてもみなかった言葉に、わたしは驚き目を丸くする。
同名の双子の姉妹神??
それって……つまりどういうこと?
「混乱させてすみません。しかし、聞いてください。夜の魔女リリスの目的……。それはわたしを亡き者にし、わたしに成り変わることで、この世界の創造神になることなのです」