女帝の傀儡、傀儡の女帝 6
「さぁ、穢れた夜の魔女リリス。今度こそお前を完全に葬り去り、あの美しい〝天使〟はわたくしが手に入れる」
あの美しい……――〝天使〟!?
『――ねぇ、ここを出るなんて言わないで。確かに〝天使〟は〝夜の魔女〟に滅ぼされ、もう僕しか残っていない。君の天使達を救いたい気持ちは分かる。でも僕は、ただ君とずっと居られたらそれでいいんだ』
天使とは、あのルナと名乗った少年も言っていた〝天使〟??
それをどうして生徒会長も――?
「!? リリス、上を見ろっ!!」
兄様の鋭い声にわたしがハッとして頭上を見上げれば、真っ暗だった空間がみるみると血のように赤く染まっていく様子が視界にいっぱいに広がる。
そして空間すべてが赤に染まった時、地面からゴボゴボと何かが湧き出してくる音が聞こえた。
「さぁ皆さん、リリス・アリスタルフを亡き者にしておしまいなさい」
「……っ!!?」
生徒会長の声に呼応するように、湧き出した何かがみるみると人影となっていく。
しかもそれは、見覚えのある姿ばかりであった。
「この人達って、お茶会で会った生徒会役員の人達!!? まさかこれも幻覚なの!?」
「分からん、――――だが」
「グオォォォォォオオ!!!!!」
考える間もなく生徒会役員達と思しき人影は次々と己の召喚獣を顕現させ、わたしと兄様は囲まれてしまう。
「召喚獣は紛れもなく〝本物〟だ」
「うふふ、ご明察よ。……ねぇ、知ってるかしら? 白って無垢で純粋で素直なの。とっても染まりやすい。だからわたくし、白が大好きよ」
「……? いきなり何を言って……」
意味が分からず、わたしは生徒会長を訝しむ。
しかしそこで唐突に、以前温室で交わした生徒会長との会話を思い出した。
『最も尊い神の色である白に近い色素を持つ者ほど、神に愛されていると言われているの。その為、濃い色素の者よりも薄い色素の者の方が上位の召喚獣を召喚し易いのよ』
『つまり銀髪薄紫瞳の、白に近い色素を持つ生徒会長は、特別に神に愛されているということですか?』
――そうだ、上位召喚士ほど白に近い色素を持ち、神に愛されている。
けれどその〝愛される〟の、真の意味は?
『生徒会の集まりのことをエリザベッタ様は〝お茶会〟って呼んでいるの。お茶会には時々ゲストを招いてて、それもかなり珍しい召喚獣持ちの子しか招待されないって噂だよ』
入学式の時、アンヌがそんな風に言っていた。生徒会にはS組であってもなかなか入れない。そしてS組を創ったのは生徒会長なのだと。
それらが意味することは――。
「まさか…… ! S組というのは、生徒会に入れる染まりやすい上位召喚士を選別する為のクラスだったということ!?」
「うふふ。ええ、そうよ。全てはこの時の為、わたくしには多くの手駒が必要だった。その為にもこの娘の出自、地位は本当に役に立ったわ」
「……?」
なんだか不自然な言い回しが妙に引っかかる。
――けれど、
「グオオオオオオオオオオオ!!!!!」
「っ!?」
取り囲んでいた召喚獣達から突如ぶくぶくと禍々しい魔力が溢れ出し、わたしと兄様は追い詰められていく。
「くっ! 幻覚の世界ではイシュタルを召喚することも出来ない……! ――リリス、とにかくこの場を切り切け、体勢を立て直すぞ!」
「っ兄様!!」
兄様はそう言うなりわたしの腕を引っ張って、召喚獣達の隙間を縫うようにして一気に走り抜ける。
すると背後からは何がおかしいのか、不気味にクスクスと笑う生徒会長の声が聞こえた。
「うふふ、一体どれだけもつかしら?」
「グガァァァァァァァァ!!!!!」
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
召喚獣達が断末魔のような恐ろしい叫び声を上げ、地響きを立ててわたし達を追いかけてくる。
あまりの光景に走る足が震えるが、なんとか叱咤して動かす。
だがしかし、
「あっ!!」
「ぐっ……!」
禍々しい魔力をまとった召喚獣達の足はわたし達の想像よりも遥かに速く、あっという間に先を越され、また取り囲まれてしまう。
「グオォォォォォオオ!!!!!」
そして獰猛な唸り声を上げ、召喚獣達が一斉にわたし目掛けて飛び掛かった。
「――――っ!!!」
「リリスッ!!!!!」
……一瞬、何が起きたのか分からなかった。
見えたのは、わたしを庇うように抱きしめて召喚獣達に攻撃を直接受け止めた兄様の姿――――、
「いやぁっ!! 兄様!!?」
どさりとわたしの足元に崩れ落ちた兄様の体を慌てて抱き起せば、おびただしい鮮血がわたしの手を濡らす。
「……っ! 兄様、兄様……、うそ……うそ……」
バクバクと激しく音を立てる心臓。
召喚獣達の獲物を狙う荒い息遣い。
生徒会長の不気味な笑い声。
「うそ……」
すべてが遠く感じる。
……いや、
「いや、いやっ、こんなのいやぁっっ!!! 助けて……! 助けてよぉ!! ルナ、ルナぁぁっ!!!!!」
兄様の体を無我夢中で抱きしめて泣き叫び、そこでわたしの意識はプツリと途切れた。