女帝の傀儡、傀儡の女帝 5
「中も随分と様変わりしたな……」
兄様とイシュタルと一緒に中に入れば、相変わらず多種多様な純白の植物が温室中に生い茂げり、甘い匂いを放つ花々の周りには同じく純白の蝶が華麗に舞っている。
外の騒乱とはまるで別世界といった光景に、前を歩く兄様からも思わずといったように感嘆の声が漏れた。
本当に何回来てもキレイな場所ではあるのだ。この場所に来ると、今までに起きた様々な出来事が思い出される。
『何を言っているの、リリス? ここは君が創った世界。出口なんてある訳ないでしょ』
そういえば体育祭の最後のリレーの時、わたしはレオナルドに幻覚魔法を掛けられて、この温室によく似た場所に行ったことがあったんだっけ。
結局あのルナと名乗った少年のことも、あの場所も、何もかも分からず終いのままだけど、その全てが間もなく明らかになる。何故だかそんな予感がした。
温室の最奥に近づくにつれて自然と緊張で体が強張り、心臓がバクバクと痛いくらいに音を立てる。
しかしそれでもわたしも兄様も歩みは止めない。徐々に見覚えのあるテーブルにティーセット、更に玉座のような朱色のソファーが視界へと映る。
――――そして、
「あらあら、うふふ。わたくしのお茶会へようこそ、アリスタルフさん、エルンスト様も。歓迎いたしますわ。数多の強襲を躱し、よくぞここまで辿り着かれました。さぞお疲れでしょう? まずは紅茶でもお飲みになって」
そう言って優雅に紅茶をティーカップに注ぎ微笑むのは、この状況を作り上げた張本人――生徒会長エリザベッタ・ノーブレその人だ。
「…………?」
でも、何かおかしい。いつもなら必ず生徒会長の足元で寝そべっている、巨大な有翼の獅子――レオナルドがいない。
彼こそが学園中を精神掌握した元凶であると踏んでいたのに、一体どこへ消えたのだろう……?
わたしが訝しんでいると、紅茶を勧める生徒会長を遮って、兄様が背後にイシュタルを従えて彼女の前に歩み出た。
「ノーブレ嬢、私達はここへ茶を飲みに来た訳ではない。学内の者達をただちに正気に戻し、何故リリスを狙うのか話して貰おう」
「あらあら、王宮付召喚士ともあろうお方が随分と余裕のないこと」
兄様をチラリと横目で見て、生徒会長がクスクスと嘲るように笑う。
「――でも、そうね。わたくしもこの瞬間を永い永い時をかけ、ずっと待ちわびてウズウズしていたんだもの」
「!!?」
常とは違う低い声と共にザワザワと生徒会長の体が揺らめき始め、その周囲には禍々しいまでに重苦しいオーラが漂う。
というか、この魔力のオーラ! 忘れもしない……!!
「あの卒業テストで現れた化け物と同じ魔力!!? どうして生徒会長が!!?」
「分からんが、とにかく注意しろ! 何かが起きようとしてるのは間違いない! イシュタル、最大限に警戒だ!!」
「キュオオオオオ!!」
兄様の声に応えるように、イシュタルがわたし達の周囲に光の結界を張る。
――――しかし、
「うふふ、無駄なことよ」
「――――っ!?」
生徒会長の声を聞いた瞬間、周りの景色は黒く塗り潰され、気づけば真っ暗な空間にわたし達は立っていた。
どれだけ見渡しても黒しかない世界にわたしは混乱し、叫ぶ。
「!? 何ここ!? イシュタルが居ないんだけど!!?」
「これは……幻覚魔法か? だが、魔法を使った形跡が一切見えなかったが……」
「うふふ、うふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
戸惑うわたし達の様子を見て、生徒会長が壊れたように笑う。
最早その表情は普段の美しい優雅さなど欠片もなく、ただただひたすらに醜悪で歪んでいた。
「――さぁ、穢れた夜の魔女リリス。今度こそここでお前を完全に葬り去り、あの美しい〝天使〟はわたくしが手に入れる」